16
ダンジョン学園の寮のお風呂にD缶を持って入ると、先客がいた。
鏡さんと花蓮ちゃんだ。
「あれ? もうお風呂に入ってるの?」
「そうっす。さっきまでダンジョンに潜ってて汗をかいたんっすよ」
「私も同じ理由よ。ところで、桃華、なんでD缶を持ってきてるの?」
「えっと、占い師の人(?)に洗面器に入れて五分くらいかき混ぜたら開くかもしれないって言われて――」
私がそう言うと、二人は顔を合わせ、
「桃っち、それはさすがにガセっすよ」
「そうね。D缶の開く条件はD缶ごとに違って、それは誰にも分らないって言われているわ」
「うん、私もそう思うけど念のためにね」
湯船に入って洗面器でお湯を掬ってD缶を入れてかき混ぜる。
「ぐるぐるー、ぐるぐるー」
お湯の上に半分だけ浮かんだD缶が横向きに回転するのを見ながらずっとかき混ぜる。
「お風呂に玩具を持ち込んでいる子どもみたいね」
「そうっすね。うちも子どもの頃はお風呂にいろんなものを持ち込んだものっすよ」
「遊んでるんじゃないよ!」
「遊んでるようにしか見えないっすよ」
うん、まぁ私も少し楽しくなってきた。
だけど――
「もう十分くらい経ったんじゃないっすか?」
「少しのぼせてきたわね」
一緒にお風呂に入って洗面器を見ていた鏡さんと花蓮ちゃんもタオルで前を隠して浴槽の縁に腰を掛ける。
「やっぱりガセっすよ」
「そうなのかなぁ……あっ!」
「どうしたっすか?」
「占いの人、水を張ってって言ってたんだよ。お湯じゃダメなのかも!」
「いや、違いがあるっすか?」
「試してみるよ」
私は洗面器の中のお湯を棄てて、洗い場で水を入れる。
そして、さっきのお湯に浸かりながら洗面器の中の水を混ぜる。
「ぐるぐるー、ぐるぐるー」
混ぜるったら混ぜる。
洗面器の中にできる渦をじっと眺めながら。
「ぐるぐるー、ぐるぐるー、ぐるぐるー」
渦を見ていると目が回ってきた。
あれ? 目だけじゃなくて頭もぐるぐるしてきた。
「桃っち、のぼせてるっすよ! 早く上がるっす」
「らいろふらいろふ」
あれ? 呂律が回らない。
そして、くらくらとしてきた。
『全然大丈夫じゃないわよ! 花蓮さん、左から持って。脱衣所まで連れていきましょ』
『もう、世話が焼けるっすね』
朧げに、二人のそんな会話が聞こえた。
気付いたときには、私は脱衣所の長椅子にバスタオルを布団のように掛けられて寝かされて、私は扇風機の風を浴びていた。
失敗しちゃった。
お風呂は好きだけどのぼせやすいんだよね。
いつもは注意してたんだけど、今日は洗面器の中の水を回すのに夢中になって油断しちゃった。
「二人ともごめんね」
「気にしないでいいっすよ。はい、牛乳っす」
「ありがとう……なに、これ、美味しい!? どこの牛乳?」
「バイト先で貰ったっす。なんでも売るほどあるらしいっすよ」
「え? 花蓮ちゃんのバイト先って、確か鍛冶工房なんだよね?」
「そうっす。事情はよくわからないっすけど、なんか定期的にキノコとかお肉とかいろんな食べ物を貰うっすよ。あまりにも量が多いんで、寮のおばちゃんにも渡してるっす」
そういえば最近、やたらと寮のご飯が美味しくなったっけ。
花蓮ちゃんのお陰だったんだ。
「あ、D缶っ!」
「D缶なら洗面器の中っすよ?」
「急に立ち上がったらまた倒れるわよ」
鏡さんに注意されて、そっと立ち上がる。
うん、もう大丈夫だ。
私は布団のように掛けてくれていたバスタオルを身体に巻いて、浴室に戻った。
洗面器の中にD缶が浮かんでいた。
私はそれを持ち上げ――
――ポチャン。
何かが落ちた。
え? D缶の底が抜けて――じゃなくて蓋が――
「D缶が開いたっ!」
上下逆に持ってたみたい。
「開いたのっ!?」
「D缶が開いたっすかっ!?」
「うん!」
私は底――じゃなくて蓋の空いたD缶を二人に見せた。
本当に開いた!
こんなことまでわかるなんて。
ソフトクリームなんて食べずに占いの館に行ったほうがよかったかもしれない。
「それで中はなんだったっすか?」
「えっとね――あっ」
飴玉だった。
それを見た瞬間――
「……(ガタガタガタガタ)」
私は身震いが止まらなかった。
「ど、どうしたっすか!? 桃っちの様子がおかしいっすよ。かが――」
「……(ブルブルブルブル)」
「鏡も様子がおかしいっす。ただのダンジョンドロップじゃないっすか」
うん、そうだよ!
D缶の中に入っていたのはダンジョンドロップ――飴玉だったんだよ。
でも、私たちはダンジョンドロップが怖かった。
ちょっと前、花蓮さん以外の全員でダンジョン局にバイトに行った。
ダンジョンドロップを最後まで舐めると、スキルを覚えることがある。
その検証のためのバイトだ。
ただ飴玉を舐めるだけの簡単な仕事のはずだった。
ただ、一日に何十個も飴玉を舐めるときの恐怖は忘れられない。口の中の感覚がマヒする時の感覚が私にも鏡さんにも残っている。
それから、私たちはダンジョンドロップに拒絶反応を抱くようになったのだ。
結局、その時、スキルを覚えられたのは本城さんだけだった。基礎鞭術を手に入れたって喜んでいた。
「へぇ、でもD缶からダンジョンドロップのようなお菓子が出たって話は聞いたことがあるっすけど、普通は何十個も入ってるはずっすよ。一個だけ出るダンジョンドロップって珍しいっすよね? スキル玉の可能性はあるんじゃないっすか? 舐めてみたらどうっす?」
「舐めるの? 私が!?」
「え? いや、他にいないっすよね?」
「でも、これ、青い飴だよ! ダンジョンドロップで青い飴って言ったらソーダ味とラムネ味とびわ湖ブルー味の三種類しかないけど、この鮮やかな青はびわ湖ブルー味だよ!」
「びわ湖ブルー味っ!? ラムネとソーダの違いも気になるっすけど、その突拍子もないワードは!? 何の味なの? ブルーハワイみたいな味っすか?」
「原材料の一部にバタフライピーっていうハーブを使ったのど飴だよ。最初に食べたときは美味しいって思ったけど、何十個も食べたら飽きたよ。むしろハーブの僅かな苦味がくどくなってきたよ」
「じゃあ、舐めないっすか?」
「…………それは」
私は洗面器の底に沈んでいるダンジョンドロップを見る。
綺麗な洗面器だし、水で洗えば舐められる。
でも、私はこれを舐めていいのか?
でも、あの時何十個も何百個も舐めてスキルを覚えられなかったのに、D缶から出たからって覚えられるとは――
「舐めなさい、桃華」
「鏡さん?」
「今朝までのあなたはどこか不安そうな顔をしていた。私がてんしばダンジョンに誘ったその時からね。でも、さっきのあなたはどこか吹っ切れた顔をしていた。覚悟を決めたんでしょ?」
鏡さんが私の目を見て言う。
「だったらもう逃げたらダメ。いまは立ち向かう時よ」
「鏡さん……私――」
「大丈夫、私がついているわ」
「うん、私、頑張る!」
鏡さんに励まされ、私は覚悟を決めた。
「いや、飴玉を舐めるかどうかの話っすよね?」
花蓮ちゃんはそう言うけれど、私にとってダンジョンドロップを舐めるっていうのはそれだけ覚悟が必要なんだよ。
洗面器の中のダンジョンドロップを手に取り、さっと水で洗い、口の中に入れる。
うん、私の舌は配合されたハーブの僅かな苦味を感じ取れるくらいにまで研ぎ澄まされていた。
でも、私は逃げない。
最後まで舐め続ける。
そして――
舐め終わった。
うん、口の中には欠片も残っていない。
「舐め終わったよ、鏡さん」
「ええ、頑張ったわね、桃華」
「いや、飴玉を舐めただけっすよね? それに、あたしら、舐めながら着替え終わってるっすし」
さっきまでお風呂にいた私たちだけど、いまは既に着替え終わって食堂の席に座っていた。
飴玉を舐め終わるまで十分以上裸のままお風呂にいる方がおかしいからね。
「それで、どうだったっすか?」
「どうって、なにが?」
「いやいや、スキルっすよ。覚えられたっすか?」
そうだった。飴玉を舐め終わった喜びですっかり忘れていた。
ステータスを確認しようとした、その時だった。
「桃華っ!?」
「桃っち!?」
突然二人が叫んだ。
その言葉に私はステータスの確認が遅れる。
「どうしたの? 二人とも」
私の質問には答えずに、花蓮ちゃんはスマホを取り出して何故か私の写真を撮った。
パシャリと音がする。
そして――
「桃っち、これを見るっすよ」
これって、私の写真だよね?
と思ったけど――
「え? なにこれ?」
顔は私の顔だった。
髪型も同じだ。
だけど、髪の色が違った。
薄い水色になっている。
「なにこれえぇぇぇぇぇぇえっ!?」
今日、私は渦潮魔法という聞いたことのない魔法を覚え、同時に覚醒者になっていた。
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山本桃華:レベル20
所持P:6051
体力:203/203
魔力:50/50
攻撃:65
防御:71
技術:62
俊敏:74
幸運:11
スキル:状態異常耐性(弱) 渦潮魔法
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