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「イーヴァルディの子シンドリとブロックの兄弟が作ったスキーズブラズニルは全ての神々を乗せられるほど大きくなることもあれば、小さな袋に入るほど小さくなることもでき、帆を張ればどこからか風が吹いて、いつでも走ることができます」
紅先生が黒板に書きながら説明をして、私はそれをノートに写す。
普通の学校では絶対に教えてくれない内容。
これは北欧神話の話だ。
ダンジョンの中のアイテムや魔物には神話に関係のあるものが多く、こうして授業で学ぶ。
スキーズブラズニルはダンジョン内で発見されたことはないそうだけれども、ダンジョン内で見つかった北欧神話のアイテムはいくつかあるらしい。
たとえば、海の上や空を走ることができるロキの靴や見た者に恐怖を与えるエギルの兜などだ。
日本国内では発見されたという話は聞かないけれど、神話や伝承に関するアイテムはいくつも見つかっている。たとえばチーム救世主のベータさんが使っている火鼠の外套の火鼠は中国の伝説に登場する獣で、日本では竹取物語にその名が登場するし、彼が使っている布都斯魂剣や布都御魂は日本の神話に登場する剣が元になっている。
ただ、この授業……本当に大変だ。
とにかく、横文字が多いし、聞きなれない言葉が多い。
「授業はここまでです。今日の内容はテストに出ますから、しっかり覚えてくださいね」
紅先生はそう言って、私たちが板書を終えたのを確認して黒板消しで文字を消して職員室に戻った。
昼休み、食堂に移動してご飯を食べる。
私はニンニク抜きの餃子と炒飯、ゆかりんは豚汁と焼き魚と炊き込みご飯、スミレちゃんはカルボナーラ、鏡さんはちらし寿司とサプリだ。
「美味しそう。ゆかりん、ちょっとその焼き魚ちょうだい」
「ええで。そのかわり桃華ちゃんの餃子一つもらうで」
おかずのトレードをする。
「大丈夫やった、桃華ちゃん? 授業中頭から煙でてたで」
魚の骨を綺麗に取りながら、ゆかりんが尋ねた。
「あんまり大丈夫じゃない……覚えること多すぎるよ。テストで赤点だったら補習もあるって言われてるし」
「まぁ、北欧神話なんてうちらには関係ないと思ってたからなぁ……その点、スミレは余裕やろ?」
「どういうこと?」
スミレちゃんって北欧神話マニアなのかな?
「スミレは記憶力が高いから、このくらいすぐ覚えられるんよ」
「へぇ、いいなぁ、スミレちゃん。私はすぐ忘れちゃうから」
「山本さんの考え方は正しいです。そもそも、人間の頭は忘れるようにできているから」
「え? そうなの?」
「はい。パソコンのデータのようなものです。だから、大切な情報はしっかり保存しないと記憶として残りません」
「保存! そうか、私は保存をしていないから覚えられなかったんだ……で、どうやって保存するの?」
「いろいろと方法はあるけど、何かと連動して記憶するとか。絶対に覚えておける記憶と覚えておきたい事柄を結び付けて、これと言えば、あれ――みたいに」
「なるほど!」
私は餃子を食べながら、ノートを広げる。
「つまり、オウバクエキスと言えば、スキ-ズブラズニル、ゲンノショウコといえばシンドリとブロックみたいな感じで?」
「はい、そうですね! ところで、オウバクエキスとゲンノショウコってなんですか?」
「陀羅尼助丸の成分だよ。オウバクエキスはキハダなどの植物の周皮を除いた樹皮から50%-1,3ブチレングリコールの水溶液にて抽出して得られた植物エキスで、その主成分の塩化ベルベリンは主に大腸菌やチフス菌、コレラ菌に対して殺菌性を持っているだけじゃなくて――」
「待って待って待って、え? 桃華ちゃん、それ全部覚えてるの?」
「うん! だって、陀羅尼助丸は毎日飲むものなんだから、その成分を知っておかないと怖いじゃない! あ、他にも肌荒れ防止効果もあるんだよ! 私、元々汗疹とかできやすい体質だったんだけど、陀羅尼助丸を飲んでからそういうのもなくなったんだ!」
ってあれ? なんかみんな引いてない?
「ほら、鏡さんだってサプリメントを飲んでるでしょ? それと同じことじゃない?」
「私は足りていない栄養をサプリで補ってるだけで、そこまで詳しくはないわよ」
鏡さんは複数のサプリを水で飲んで言った。
「ところで、あなたたちレベル19になったのよね?」
「うん」
私たちはレベル19になった。
ステータスを確認する。
――――――――――――――――――
山本桃華:レベル19
所持P:5982
体力:195/195
魔力:0/0
攻撃:56
防御:63
技術:58
俊敏:69
幸運:10
スキル:状態異常耐性(弱)
――――――――――――――――――
普通、ここまでレベルが上がるのに何ヵ月もかかるというのに、一カ月足らずでここまでレベルが上がった。
ダンジョン学園という環境はいいと思う。
新しくスキルを覚えられなかったのは残念だけど、うん、調子はいいと思う。
槍の扱いにもだいぶ慣れて来た。
「鏡さんは?」
「私はレベル22よ。それで相談なんだけど、三人がレベル20になったら一度四人で天王寺のダンジョンに遠征に行ってみない?」
「天王寺? あそこって、確か押野グループが独占して宿泊客しか泊まれないダンジョンじゃなかったでしたっけ?」
「ダンジョン学園にはいろんな企業が支援しているの。たとえばEPO法人天下無双もその一つ。多額の資金援助を受けているだけじゃなくて、私たちダンジョン学園の生徒は事前に申請すれば、押野グループが独占しているダンジョンにお金を払わずに入ることができるの」
「え? そうなの?」
「ええ。学校の編入時の説明書に書いてあったわよ」
そういえば、協賛企業がいっぱいあって、その企業からの協力情報もいろいろと書いてあった気がする。
「スミレ、覚えてる?」
「はい。鏡さんの言う通り、押野グループのダンジョン使用は認められています。本来、ダンジョン学園以外のダンジョンは十八歳未満は立ち入りができませんが、ダンジョン学園でレベル10まで上げた人間はその制限が撤廃され、普通のダンジョンでも安全マージンに応じた階層まで入ることができるそうです」
えっと、確かレベル10になったら2階層に、レベル20になったら一気に5階層まで潜れるんだっけ?
私たちのいまの狩場は四階層だから、一つ深い階層まで潜れることになる。
「でも、どうして? レベルを上げたいならダンジョン学園でも十分じゃない?」
「そうね。一番の理由は、自分の身体がどれだけ動くか確かめたいのよ」
「え?」
「ダンジョン学園の方が魔物は強いみたいだし、ダンジョン学園で学んだ経験は外でも必ず通じる。でも、一つ違うことがあるでしょ?」
違うこと?
魔石じゃなくてDコインが出るから、お金を稼げるってことかな?
そこで頑張ってお金を稼げるのなら、新聞配達のアルバイトをしなくて済む?
「ダンジョン学園の外のダンジョンで体力が0になったら死ぬのよ?」
「「「あ」」」
私だけでなく、ゆかりんもスミレちゃんも声を上げた。
当然だけど、ダンジョン学園で体力が0になったことはない。
でも、危なかったことは一度だけある。
初めて二階層に潜ったとき、ゴブリンに囲まれたことがあった。
あの時は死ぬかと思ったけど、同時に死なないとわかっていた。
ダンジョン学園の中では体力が0になっても身代わりの腕輪が壊れるだけで本当に死ぬわけではない。
でも、ダンジョン学園の外のダンジョンではその恩恵はない。
体力が0になったら死ぬ。
そのことを理解した上で、私たちは本当に動けるのか?
鏡さんはそう言いたいのだろう。
たぶん、大丈夫だと思う。
大丈夫……だよね?




