27:演説
『正しい答えが人生の全てじゃないさ』
★
深夜。
エル・グリーゼのみんなと一緒に大聖堂の『最初の部屋』まで侵入したユウは、一人で放送室に向かって走っていた。
途中に人の気配は一切ない。
(クルトとイルマにはアイナに気を付けろと言ってある。後は俺が上手くやるだけだ。)
防音扉の並ぶエリアに到着すると、ユウはリリィから貰った地図を片手に目的の放送室を探した。
一つ目、二つ目。
(あった、ここだ。)
中に人がいないかを確認しつつ、ユウは三つ目で目的の部屋を引き当てた。
(マイクは……、これか。)
動力は電気ではなく魔力だろう。
だが大体の使い方は想像できる範囲内だ。
ユウはリリィから貰ったマジックアイテムを取り出して試しにボタンを数回押してみた。
ボタンを押すたびに、放送中のランプがついたり消えたりする。
(よし、使えそうだ。)
ユウは一度放送をオフにすると、用意したカンペを取り出して大きく深呼吸した。
「あーあー、いーいー、うーうー、えーえー、おーおー。あえいうえおあお。」
素人なりに発声練習をしてから、覚悟を決めて放送をオンにした。
大聖堂内にざらついた音声が響き渡る。
『夜分遅くに失礼。女神教の諸君、そしてホーリーウインドの諸君。我が名はシャア。腐敗しきった女神教を粛正するため、女神アインスから遣わされた者だ。』
もちろん名前は偽名だ。
粛正という言葉のイメージに合っている気がしたのでこれで行くことにした。
今後のことを考えれば、こんなところで本名を言うわけにもいかないだろう。
できるだけゆっくりと、緊張が伝わらないように、読み間違えないように注意しながら話す。
『諸君。諸君は疑問に思ったことはないだろうか? 女神教の言うことは本当に、女神様の意思を反映しているのだろうかと。答えは否!女神教は自分達の都合の良いように女神様の言葉を捻じ曲げ、利用している! 諸君! 女神教ではなく、女神様を信じる諸君! 今こそ、私と共に、真の背教者たる女神教を打倒し、本当の女神様の言葉を世に広めようではないか! 立てよ信者達! ジーク、アインス!』
……どこかで聞いたような演説だ。
ちなみに最後のジークアインスの部分はアドリブで、途中から気分が乗って来たユウは人類が宇宙に進出したノリで叫んでしまった。
「……ふう。」
ユウは金色のマジックアイテムのボタンを押して放送を切ると、息を整えて我に返った。
振り返ってみると非常に恥ずかしい。
(これ、ステラ達にも聞こえてるんだよな……?)
無事に帰ったら冷やかされそうだと思いながら、ユウは放送室の扉を開けた。
「放送室だ! 急げぇぇぇぇ!」
「背教者だ! ぶっ殺せぇぇぇぇぇ!」
大聖堂の地下に響き渡る怒声に、ユウは思わず立ちすくんだ。
完成度が高い演説だとは思っていないが、どうやら演説の効果は絶大だったようだ。
(これで見つかったらシャレにならんぜ……。)
きっと、それはもうさぞやすごい殺し方をしてくれるに違いないと思いながら、ユウは大急ぎで近くの部屋に入った。
鍵を掛けて息を殺す。
(そういえば鍵の確認してなかったな。)
幸いに鍵が開いていたので助かったが、これで逃げ込める部屋が無かったら万事休すだっただろう。
(ここは……、物置か?)
部屋の中に置いてある荷物を確認してみると、ホーリーウインドや普通の女神教関係者達が来ているような服が大量に積まれていた。
どうやら全て新品のようだ。
(これ、使えるかも?)
そう思った直後、大音量の怒声を撒き散らしながらホーリーウインドの団体が到着した。
その場で固まるユウ。
「どこだ?! いないぞ!」
「まだ近くにいるはずだ! 探せ!」
怒りの赴くままに周囲を探し始める狂信者達。
「おい! この部屋、鍵がかかってるぞ!」
「構わん! ぶっ壊せ!」
木を鉄で補強した扉に斧が叩き込まれる。
ユウが見ている前で、ドアノブのところが壊された。
開く扉。
正面から遭遇した両者の視線。
「……」
「……。こ、こんにちわー。」
「……いたぞぉぉぉぉ!」
狭い入口を通って数人がユウに斬りかかった。
さらにその後ろからも次々と部屋に入ってくる。
ユウにとってホーリーウインドと戦ったのはこれが初めてではないわけだが、彼らの気合いの入り方はこれまでとはわけが違っていた。
剣が、斧が、槍が、微塵の抵抗も許さずにユウの体へと殺到する。
「――!」
ドス! ガシュ! ドシュドシュドシュ!
ユウは全身を容赦無くメッタ刺しにされ、そのまま壁に縫い付けられた。
抵抗するどころか声を出す時間すら与えられることなく、痛みと出血のショックで既に意識は吹き飛びかけている。
体の自由は既に効いていない。
「砕け散れ、背教者がぁぁぁぁ!」
そしてダメ押しとばかりに振り下ろされた大槌。
それがユウの頭部を完全に叩き潰した。
大聖堂の外、天頂には白い月が儚く輝いている。
★
「とりあえず、今晩が勝負なのは間違いないんですよね? それじゃあ、お昼と夜は力の付きそうなもの作りますね!」
これで何度目かもわからないアイナの言葉。
だがそれもこれが最後だろう。
(これで……、全部使い切ったか。)
もうターニングポイントによる死に戻りはできない。
ユウは直前の死に様も忘れて、ただその事実だけに囚われていた。
これが正真正銘の最後。
そう考えただけで背筋が凍りつく。
後戻りの出来ない死。
本当の意味での死。
本質的な意味での恐怖がユウの心に訪れた。
ミーティングが行われていた部屋を無言で出る。
「ユウくん、どうしたの? 顔が青いよ?」
ステラがユウの異変に気が付いて近づいて来た。
「いや、大丈夫。」
辛うじてそれだけを答えることが出来たが、その様子はとても取り繕えているとは言い難い。
「本当に大丈夫? ダリアに見てもらう?」
心配そうなステラの視線を意識すると、不安が少しだけ和らいでいくような気がした。
不安定になりかけた精神に安定が取り戻されていく。
「大丈夫、大丈夫だよ。」
そう、大丈夫だ。
まだ終わったわけじゃない。
ユウはチャンスは残っていると自分に言い聞かせ、まだ震えたままの両足に力を込めた。
アイナが買い物に出発したのを確認してから、リリィの所へと向かう。
目的は放送室を使うためのマジックアイテムだ。
アイナの方は放置することにした。
もはや彼女の尾行はリスクに見合った選択ではないことはわかりきっている。
ユウはいつも通りの場所でリリィを見つけると、無言で正面に座った。
「……いよいよ、これが最後ね」
リリィが紅茶を飲みながら呟いた。
テーブルの上にはもちろんサンドイッチが乗っている。
「放送室は使えなかった? 結構いい手だと思ったんだけど」
「いや、その後でしくじった。隠れたんだけど、敵に無理矢理ドアを開けられて見つかったんだ。」
「そう……」
リリィが珍しく憂鬱な表情で溜息をついた。
「ねえ……」
「ん?」
「いいのよ? 別に逃げたって」
急に何を言い出すのかという目でユウはリリィを見た。
「もう十分やったじゃない。最後の一回ぐらい逃げたって大して変わらないわよ」
「それは……。」
今まで何回死んだかなど覚えてはいない。
そもそも回数なんて数えてすらいない。
それぞれの死の価値がどれだけのものだったのかと言えば、つまりはその程度のものだったということなのだろう。
冷静に考えれば彼女の言う通りかもしれない。
このままここから逃げ出して、まだ行ったことのない街で冒険者でもして暮らせばいいのかもしれない。
それとて命の危険はあるが、それでもこのまま進むよりは遥かに人生を謳歌できるだろう。
だが――。
「いや、行くよ。」
ユウはなぜかその選択肢を選ぶ気にはなれなかった。
体の全てが、心の全てがその道は駄目だと言っている
「そう……。じゃあ仕方ないわね」
リリィは諦めたような、あるいは憐れむような目でユウを見た。
前回と同じように手書きの地図と金色のマジックアイテムをユウに差し出す。
「無事に終わったら、もう一度来なさい? ……色々と言わないといけないことがあるから」
「言わないといけないこと? ……実はリリィもベーコンサンド食べたかったとか?」
「違うわよ……。こんな時に天然ボケかまさないで」
(違うのか……。)
これが今生の別れになるかもしれない。
二人は互いにそのことを言い出せないまま、無言で時間を過ごした。
「……そろそろ行くよ。」
「ええ……。頑張ってね」
「ああ。今まで色々とありがとう。」
ユウは地図とマジックアイテムを受け取ると、静かにその場を立ち去った。
「ホント、そういうところはアイツにそっくりね……」
リリィは遠くなっていくユウの背中を見ながら、一人で呟いた。




