24:裏切り者
『死ねるさ、君のためなら』
★
もうじき朝日が昇り始めようかという時間に、ユウは一人でアジトへと戻った。
夜なので物音が響かないように静かに扉をノックする。
念のため周囲を確認したが、誰もいない。
「お帰りなさい。……ユウさんだけですか? 他のみんなは?」
中からはアイナがドアを開けてくれた。
ユウが一人で帰って来たことを訝しむ。
「ああ、俺だけ別行動になったから先に戻って来たんだ。」
「そうなんですか。よかった、てっきりユウさんしか戻って来れなかったのかと思っちゃいました」
アイナは安心したような表情で扉を閉めた。
「……あれ? そういえばクルトとイルマは?」
門番の役割はクルトとイルマのはずだったのだが、アイナが出てきたことをユウは疑問に思った。
「それが……、二人とも何も言わずにどこかに行っちゃったみたいで……。今は私が代わりに」
「何も言わずに? ……引っかかるな。」
普段ならともかく、今は事情が事情だ。
何か不測の事態が起こったのか、だとすればさらに厄介なことになっている可能性が高い。
ユウの背中が焦りで強張った。
「お腹空いてますよね? 何か食べますか?」
「うん、なんでもいいから軽めのやつ頼むよ。」
ユウは居間として使われている場所に行くと腰を下ろした。
(あとはステラ達が戻ってきてくれることを祈るだけだな。)
イルマとクルトがいなくなったというのが気になるが、ここで下手に動けば今までと同じだと自分に言い聞かせた。
目的の達成ができなかったとしても、できるだけ情報を集めてから死ぬ。
ステラ達に何かあっても――、いや、ステラに何かあっても耐えなければならない。
(……待てよ? もしかして途中までしか戻れないなんてことは無いよな?)
ここにきて、嫌な予感がユウの頭をよぎる。
死に戻りで復活する時点がいつのまにか前進していることはもう何度もあった。
ステラ達が失敗して死んだと仮定して、ユウが情報を集めるためにこのまましばらく生きてから死んだ場合に、彼女達が生きている時点まで戻れなくなる可能性がある。
(くそっ! それもリリィに聞いておくんだった!)
リリィはループも認識できているし、福音についても知っていた。
ユウのターニングポイントに関しても詳しく知っている可能性はある。
(今から会いに行くか? ……いや、そもそもどこにいるかわからないし、知ってる保証だってない。)
リリィに会いに行くという選択肢を否定した直後、ユウはトイレに行きたくなった。
きっと彼女に貰って飲んだレモンティーの影響だろう。
あまりのタイミングの良さに、これもリリィからのメッセージなのではないかと思えてくる。
アイナの様子を確認すると、彼女が食堂として使われている部屋でせっせと食事の準備をしているのが見えた。
まだ少し時間が掛かりそうだったのでゆっくりとトイレに向かう。
「……あれ?」
途中でクルトの部屋の前を通りかかったとき、ユウは扉が少し空いていることに気が付いた。
部屋には灯りがついたままのようだ。
(閉め忘れか? よっぽど急いでたんだな。)
やはり何かあったのだという考えが確信に近づく。
とりあえず閉めておこうと扉のとってを掴んだ直後、隙間の奥に人の足のようなものが見えた。
――嫌な予感がする。
静かに扉を開けて中を確認すると、部屋の光がうつ伏せに倒れた男を照らし出していた。
その背中に突き立てられていた短剣が光を反射して輝いている。
「――! クルト!」
ユウは思わず叫んだ。
倒れていたのは、このアジトに残って番をしているはずのクルトだった。
首筋には金色の蝶が一匹止まっている。
ユウは慌てて近づいて彼の体を揺さぶった。
「おい! クルト! しっかりしろ!」
体は既に冷たくなっていて呼吸は無かった。
体温がこれだけ下がっているという事は、死んでからかなり時間が経っているということだ。
もしかするとユウ達が出発した直後に殺されたのかもしれない。
「どうなってるんだ……。」
立ち上がってクルトの死体を見下ろし、呆然とするユウ。
そして――。
ドスッ!
「――?!」
突然の事態による混乱から立ち直るよりも早く、その背中に剣が突き立てられた。
剣は胴体を貫通し、ユウの視界の隅でその先端が光る。
貫通した臓器は心臓。
――つまり致命傷。
痛みで体が強張り、真後ろにいる相手の姿を確認することもできない。
そして突き立てられた剣が乱暴に引き抜かれ、血が体の前後に勢いよく噴き出した
そこには相手に対する敬意の類の感情が微塵も感じられない。
少なくとも正々堂々の戦いを誇りとするような戦士ではないことは明らかだ。
抗いきれない激痛で崩れ落ちながら、ユウはなんとか背後の敵に視線を向ける。
「……アイ、ナ?」
倒れた衝撃に歯を食いしばって耐えた後、荒い呼吸で相手を見上げたユウ。
それを侮蔑の表情で見下ろしていたのは、先程までユウのために食事の用意をしてくれていたはずの少女だった。
予想外の人物に、思わずユウは目を見開く。
「ふん。穢れた口を開くな、背教者が」
「うっ!」
アイナがうつ伏せに倒れたユウを乱暴に蹴り上げた。
胸の前後から大量の血が溢れ出す。
死に至るまでの時間はそうないだろう。
ガスッ!
「――!」
アイナは仰向けになったユウの心臓付近を容赦無くぐりぐりと踏みつけた。
――さらなる激痛。
ユウはその痛みで死ぬより先に意識を失いそうになる。
「まったく。やっと始末が終わったと思って戻ったら、一匹逃げたって言うんだから。余計な手間をかけさせてくれるわ」
「アイナ……、なんで……?」
「口開くなって言ってんでしょうが!」
アイナは不機嫌そうにユウの顔面を蹴り飛ばした。
ダメ押しとばかりに鼻血が噴き出す。
そこにはユウの知っている妹キャラの面影は微塵もない
「……まあいいわ。どうせこれで終わりだし、答えてあげようか? ……なんだったっけ?」
「なんで、俺達を……。」
「裏切ったかって?」
大量の血液を失った体はもう機能停止寸前だ。
それでも、少しでも情報を集めてから死のうとユウは拳を握った。
爪を肉に食い込ませて痛みで意識を留めようとする
「別に裏切ってなんかないわ、最初からそのつもりだっただけ。元々は囮としてU&Bに潜り込んでたところにアンタ達が来たの。最初はそのまま帰ろうと思ってたんだけど、話を聞いたらアンタ達がゴーストロッドを壊そうとしてる連中だって言うじゃない。だからこうして処理したってわけよ。おわかり?」
「じゃあ…、今までのは全部……。」
「そう、演技。ちょろいもんよ、健気で家庭的な妹キャラやっとけば速攻で信用されるんだから。男は特にね」
「そんな……。」
自分が必死になって助けた相手が敵だった。
そしてその敵を味方の側に引き込んでしまったのは自分だ。
(自業自得……、なのか?)
失望か、あるいは絶望か。
その選択肢を前にしてユウは意識を失った。
天頂には白い月が無言で佇んでいる。
★
「とりあえず、今晩が勝負なのは間違いないんですよね? それじゃあ、お昼と夜は力の付きそうなもの作りますね!」
意識を取り戻した直後のユウの耳に、アイナの声が聞こえてきた。
ついさっき自分を殺した少女の声。
そう、敵の声が。
ユウは今すぐに斬りかかりたい衝動を押し殺した。
目の前に敵がいるからといって、この場で我を忘れて斬りかかるほど間抜けではない。
ここで仕掛けても周りに止められるであろうことは目に見えているし、そうなればそれこそ相手側に利することになってしまう。
(落ち着け、落ち着くんだ俺。そうだ、円周率を数えよう。3.141592……。あ、ここまでしかわかんねーや。)
いくらか落ち着きを取り戻したユウは先に部屋を出た。
「……? ユウくんどうしたの? なんか変だよ?」
「へっ?」
これが愛の力かどうかはわからないが、ユウが苛立ちを隠している様子にステラはすぐ気が付いた。
この状況をどうひっくり返してやろうかと考えを巡らせていたユウは、ステラに声を掛けられて我に返る。
「いや、別になんでもないよ。」
情けないぐらいに毒気を抜かれて顔を赤くしたユウ。
一緒に歩いていたリアとラプラスはなんとも言えない表情をしている。
「本当に大丈夫? 顔が赤いけど、熱とかない? ダリアに見てもらう?」
ステラがユウの額に手を当てた。
そわそわしながら、一層顔が赤くなるユウ。
(俺、やっぱりステラのためなら死んでもいいわ。)
ラプラスが二人に聞こえないようにしながらリアに耳打ちした。
「リア様。こいつ、ここでぶっ殺してもいいですか?」
「ラプラス、気持ちはわかるが我慢しろ。……気持ちはよくわかるがな」
「俺はお前らも一緒に叩き潰したいよ……」
ラプラスの少し後ろにいたラルフが遠い目をしながら呟いた。
ちなみに彼の人生において彼女がいた時期というものは存在しない。




