20:ターニングポイント
『鎖に繋がれ、重りを括りつけられた大人達。しかし彼らの人生は決してつまらないものではない』
★
「どうぞ?」
「夜分遅くに失礼いたします」
(……ん?)
ユウはサントスの声を聞いて引っかかった。
態度がまるで別人のように丁寧だ。
「あら、どうされました?」
「はっ。白の預言書通りに侵入した賊がこの付近に姿を隠したようですので、もしやと思いカタリーナ様の無事を確認しに参りました」
彼女の名はカタリーナと言うらしい。
サントスの態度を見る限り、女神教でもある程度の地位にあるようだ。
(白の預言書って、なんのことだ? あの男から情報が漏れたんじゃないのか?)
”白の預言書通りに”
まるでユウ達が今夜侵入することを予め知っていたような口振りだ。
「そうでしたか、それはお疲れさまです。私は大丈夫ですが、他にどなたか犠牲になった方はおられませんか?」
「いえ、今のところはまだ。」
「それは幸いです。サントスさんも気を付けてくださいね?」
「はっ。お心遣い感謝いたします。確認したのはひ弱な男一人だけですが、他にも仲間がいるかもしれません。念のため、部屋には鍵を掛けてお過ごしください」
「わかりました。あまり気乗りはしませんが……、サントスさんが言うのならそういたしましょう」
心なしか、”サントスさん”の部分が少し強調されていた気がする。
それに気を良くしたのかどうかはわからないが、サントスは勢いよく身を翻して部屋を出ていった。
再び部屋の外に怒号とドアを開く音が響き始める。
「……もう大丈夫ですよ?」
部屋に鍵を掛けた美女がクローゼットに隠れたユウに声を掛けた。
その柔和な声に抗う気にもなれず、恐る恐る外に出た。
「サントスさんに侵入者と間違われてしまったようですわね」
苦笑いを浮かべながら、カタリーナと呼ばれた美女は棚のある方に歩いていく。
「何かお飲みになりますか? といっても紅茶しかありませんけど」
彼女は棚からカップを取り出してソファまで戻ると、紅茶を注いでテーブルの向かい側に置いた。
そこに座れ、ということらしい。
ユウは促されるままにそこに座った。
「すみません、助かりました。えーっと、カタリーナさんって呼んだらいいんですか?」
「はい、それで構いませんよ?」
カタリーナのその返事を聞いた瞬間、ユウは自分の失策を自覚した。
先程のサントスとのやり取りを見る限り、彼女が女神教内で高い地位にあることは明白。
それがどれぐらい高いかは置いておくにしても、少なくともそこら辺の女神教の人間よりも上であることは間違いない。
彼女が誤解してくれている通りに女神教の関係者、それも新人として振る舞うのであれば『さん』付けはおかしいだろう。
「……やっぱりカタリーナ様の方が?」
その反応を見たカタリーナがくすくすと笑う。
「別にそこまでする必要はありませんよ? あれはサントスさんが勝手に呼んでいるだけですから。福音を与えられた者同士はあくまでも対等です」
「はあ……、じゃあカタリーナさんで。」
(福音……?)
ユウはあいまいに答えながら、内心で彼女が口にした単語を反芻した。
”福音を与えられた者同士”
まるでユウもそこに含まれているかのような言い方だ。
だが、その次に彼女の口から発せられた単語がユウをさらに混乱させた。
「ターニングポイント、ですか」
「…え?」
「ユウさんの福音です。……驚きました?」
カタリーナはいったい何を言っているのか。
ユウの頭の中で様々な可能性が巡る。
(ちょっと待て。なんで俺の名前を知ってるんだ? 名乗ってなんてないぞ?!)
「カウンセラー。それが私が女神様から頂いた福音の名です。他の方の名前や福音名、その効果を見ることができるんですよ?」
「見れるん、ですか……。」
それらしく頷きながら、ユウは頭の中を整理していく。
(ターニングポイントが俺の福音、カウンセラーがこの人の福音。そしてこの人には俺の福音が見える……。なんとなく話がわかってきたぞ。)
ユウは考える時間を稼ごうと紅茶に口をつけた。
淹れてからまだそれほど時間が経っていないのか、割と熱い。
(たぶん、福音を持っている人間は女神教内である程度の地位を約束されるんだ。で、この人は俺の事を”福音を貰って女神教に入ったばかり”だと思ったわけだ。だから俺が侵入者だとは思わなかったと。)
腑に落ちる結論に辿り着いたユウは冷静さを取り戻した。
それならばと、こちらからも話を切り出す。
「カタリーナさんにはどんな風に見えてるんですか? その……、俺の福音が。」
ターニングポイント、という単語が一瞬出てこなかったので、福音という言葉で誤魔化した。
「ちょうど、頭の上ぐらいに文字が浮かび上がって見えます。読み上げてみましょうか?」
「お願いします。」
その言葉はユウ自身も意外なほどすんなり出てきた。
どこかでその情報を求めていたのだろう。
「順番に行きますね? ユウ=トオタケ。ターニングポイント。能力者が死亡した場合、死を回避可能な時点まで時間を戻す。残り回数三回。また、能力者自身がこの能力の存在に言及した場合、相手に虚言だという判断を強制する。」
「……え?」
一瞬で血の気が引いた。
”残り回数三回”
その言葉がユウの脳内でリピートされる。
しかも後半はなんだ?
相手に虚言だという判断を強制する?
ユウは以前死に戻りのことをステラ達に話した時のことを思い出した。
理論上不可能だとか有名な嘘つきの話があるとか言われたはずだが、そもそも最初から信じて貰える可能性は無かったということか?
それもこの能力自身によって。
死に戻りの残り回数と相談不可能という二つの事実を同時に突きつけられたユウの顔は強張っていた。
カタリーナはその様子に気が付いていないのか、感慨深そうな表情を浮かべている。
「時間を戻す、ですか。残り回数が三回ということは、三回死んでも大丈夫ということですね。回数制限があるとはいえ、単に見るだけの私の福音とは――、……あ、いえ、女神様に頂いた福音への不満はいけませんね、忘れてください」
誤魔化すように紅茶を飲むカタリーナの前で、ユウは再び脳をフル回転させていた。
(話を信じて貰えないのはまだいいとして……、回数制限?! 残り回数三回って、今までのペースで死んだらそんなのすぐに――。)
ユウはカタリーナの視線に気が付いてハッとした。
底無しの思考の渦から抜け出して、慌てて取り繕う。
「どうされました? 顔色が優れないような?」
「いや……、サントスさんになんて言おうかと思って……。このまま勘違いされたままだと、もしかしたら大事なターニングポイントを使うことにもなりかねませんし。」
「ああ、確かにそうですわね」
カタリーナは得心がいったという顔で微笑んだ。
「では、私の方からも言っておきましょう。別に悪い方ではないんですよ? ただ、一度決めたらまっすぐというか……、愚直な方だというだけで」
微笑みが苦笑いに変わる。
どうやら、彼女もサントスの扱いには困っているらしい。
「はは……。」
だが今のユウにはそれを笑い飛ばすだけの余裕がない。
なんとか作り笑いをするのが精いっぱいだった。
「あ、じゃあそろそろ行きます。お茶ごちそうさまでした。」
「あら、大丈夫ですか?」
「まあ……、なんとかなるでしょう。」
ユウはカタリーナにお礼を言ってから部屋を出た。
もちろん周囲にサントスがいないことを確認して静かにだ。




