19:どうせなら美人の方がいい
『結局のところ、信じたいものを信じろと言うしか無いのさ』
★
サントスはゴーストロッドのある部屋につながる通路を塞ぐようにして立っていた。
この辺りからゴーストロッドに辿り着くための道はここだけ。
ここを通らないで行こうとすればかなりの遠回りを強いられることになる。
ちなみにユウ達がいるのは彼から見て十字路の左側だ。
(さて、預言書にあった襲撃は今夜。ネズミがここと通ってくれるといいが……、ん?)
何かがぶつかったような音が左からしたので、サントスは何かを思ってその方向を見た。
(あれは……?)
視線の先では少年が背を向けて向こう側へと歩いている。
どうやらさっきの物音は、彼が腰に差している剣が壁にぶつかった音のようだとサントスは判断した。
(潜入任務から帰って来たのか?)
その少年の正体はもちろんユウなわけだが、その行動があまりにも堂々としていたので冒険者に扮した任務を終えた者が帰って来たのかもしれないと思った。
あるいはこれからそういった任務に向かうのかもしれないと顎を撫でる。
(……一応確認だけしておくか)
これから任務に向かうのだとすれば時間を取らせるのも悪い。
そう思ってサントスは少年の背後から声を掛けた。
少し距離があるので声を張り上げる。
「おい! そこのお前!」
背後からサントスの声を聞いた少年が一瞬ビクっと反応した。
首から上だけで恐る恐る振り向いた。
『自分を呼び止めたのか』と聞く代わりにユウが自分を指差したので、サントスは大きく一回頷いた。
(……見ない顔だな。新入りか?)
この段階に至ってもユウが侵入者である可能性に考えが及ばない辺り、このサントスという男もなかなかの鈍感力である。
だが直後がユウが走って逃げだしたのを見て、流石の彼もその可能性に思い至った。
「待て! 逃がさん!」
サントスは瞬時に地面を蹴りだすと、弾丸のような加速でユウの後を追って走り始めた。
念のため、ユウが元来た道を通り過ぎる際に横目で確認する。
ステラ達は柱の陰に隠れていたので、その姿を見つけることはできなかった。
侵入者をユウ一人と判断してその追跡に意識を傾ける。
そんな二人の様子を伺うリア。
「……行ったな? 私達も行くぞ、ユウの犠牲を無駄にするな?」
ユウとサントスの姿がが見えなくなったのを確認してから、リアはステラ達に手で合図した。
先程までサントスが立っていた通路に向かって四人が走り始める。
「リア、ユウくんはまだ死んでないよ……」
「それは……、すまん」
ステラはリアの横を走りながら小声で呟いた。
しかしリア達はもうユウがサントスの餌食になる前提で話している。
彼女達は彼の強さを知らないとは言え、筋肉の塊のような男が全力で追いかけていったのだから、そういう結末を想像するのが自然な流れだ。
「ユウ、お前の犠牲は無駄にはしないぜ。安らかに眠れ」
ラルフは走りながら手で十字を切った。
どうやら彼の世界にも聖十字はあったらしい。
★
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
「待てぇぇぇぇ!」
「待てるかぁぁぁぁ!」
ユウは大聖堂地下の通路を全力で走っていた。
背後からは大きな足音と共に筋肉の塊……、もといサントスが迫る。
声を出さない方が良いと頭ではわかっているが、恐怖で叫ばずにはいられない。
サントス以外の敵がいないのがせめてもの幸いか。
(どうする?! どうすんだよこれぇぇぇぇぇ!)
右へ左へ。
何度も通路を曲がって追撃を撒こうと試みるも、なかなか振り切ることができない。
元々の走る速さ、そして体力の差によって二人の距離がどんどん縮まっていく。
(こうなったら……、どこかの部屋に隠れるしかない!)
背後に迫るサントスとの距離から言って、チャンスはおそらく一度だけ。
もしも選んだ扉に鍵がかかっていたら終わりだ。
(頼むぜ……!)
ユウは通路を右へ左へと曲がり、目に止まった扉に手を掛けた。
(開いてくれ!)
願いを込めて取っ手を回す。
果たしてユウの願いが通じたのか扉が開き、奥に光が見えた。
大急ぎで中に入り扉を閉めて息を殺す。
「……。」
扉に耳を当てて向こう側の様子を伺うと、直後にサントスと思われる大きな足音が通過していった。
(はあ、上手くいった。)
「あら、どうされたのですか?」
安堵の溜息を吐いたユウに、背後から女性の声が掛けられた。
慌てて振り向くユウ。
「あ、いや、えーっと……。」
(やっべ、どうしよう。)
なんと言い訳をしようかと咄嗟に考えるも妙案が思いつかない。
この時間に部屋が明るかった時点で人がいる可能性を考えるべきだったと後悔しながら、ユウは声の主を確認した。
年齢はおそらくソフィアと同じか少し上ぐらい。
白地に青の衣類を身に着け、薄い金色に輝く綺麗な髪を垂らした清楚な美人がソファに腰かけていた。
知的で落ち着いた雰囲気はどこか神々しささえ感じさせる。
服に金色が入っていないということはホーリーウインドではないのだろう。
目の前のテーブルには紅茶の入ったカップが置かれていた。
量を見る限り、どうやら飲みかけのようだ。
「初めて見るお顔ですね。新しく入られた方ですか?」
「え、ええ。まあ……。」
女性はユウの持っていた女神教のプレートを見てから柔和な笑みを浮かべた。
ステラ達に見せてからそのままの流れで握りっぱなしにしていたのだが、それが功を奏した格好だ。
「どこに行ったぁ!」
「――!」
部屋の外にサントスの声が響く。
それを聞いて反応したユウを見て、女性が優しそうに笑った。
「あらあら、サントスさんに追いかけられているの? お仕事で失敗でもしてしまったのかしら?」
「まあ、そんな感じです……。」
とりあえず適当に話を合わせておく。
いつサントスに見つかるかと思うと、美人を目の前にしても浮かれている余裕がない。
ステラ一筋的な意味合いで言えば望ましいのかもしれないが……。
「……こちらに来るようですね?」
耳を澄ませてみると、だんだんサントスの声を足音が近づいてくる。
どうやらユウが部屋に隠れたことに気が付いて、片っ端からドアを開けて部屋の中を確認しているようだ。
(ど、どうしよう……、詰んだ……。)
目の前には美女、背後にはサントス。
部屋を出ればサントスに見つかるだろうし、この場で変な行動を取れば美女に怪しまれて終わりだ。
その前にこの美人さんを殺す?
そんなことをしようとすれば声を上げてサントスを呼ばれるのがオチだ。
というか全世界共有の財産である美女を殺すということ自体がナンセンスだ。
(……イケメンは是非とも絶滅させてほしいけどな。)
ユウが脳内で現実逃避していると、美女が立ち上がって部屋の奥に移動してクローゼットのようなところを開いた。
「こちらへ。もうじきこの部屋にも来るでしょうから、このままだと見つかってしまいますよ?」
「え? えーっと……。」
匿ってくれるということなのだが、ユウは彼女の言っている意味が一瞬理解できずに反応に困った。
「さ、お早く」
大人の女性の柔らかな表情に促されるままにユウはクローゼットに入った。
(いい匂いがする……。)
彼女の足音が再び最初にいたソファのところまで戻っていく。
ユウの横に並んでいる服は彼女のもので間違いないだろう。
(お、ここから見えそう。)
僅かに光が差し込む隙間から、ユウは部屋の様子を覗いた。
まだ名前もわからない美女は既に背を向けてソファに座っている。
ユウが入って来たときと同じように紅茶を飲み始めたようだ。
そして少しして部屋のドアがノックされた。
入って来たのはもちろんサントスだった。




