17:女って怖い
『人生の黄金時代はいつだって”今”なんだよ』
★
ユウは正気と共に意識を取り戻した。
視界の先にはエル・グリーゼの面々がいて、直後にアイナの声が聞こえてきた。
「とりあえず、今晩が勝負なのは間違いないんですよね? それじゃあ、お昼と夜は力の付きそうなもの作りますね!」
視線を横に向ければステラがいる。
そう、ちゃんと生きているステラが目の前に立っている。
それを確認したユウは内心で安堵した。
ラプラスだって生首ではない。
神話に出てくるデュラハンのように首が取れるようになっているわけでもない。
ちゃんとした普通のラプラスだ。
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「え?! いや別に。」
「そうか?」
視線に気が付いたラプラスが怪訝な顔をしたので、ユウは慌てて視線を逸らした。
リアとステラも不思議そうな顔で二人のやり取りを見ている。
「リア様、私の顔に何かついてませんか?」
「いや、特におかしいところはないと思うが……」
ラプラスはこれ幸いとリアに話を振った。
そのまま二人で話しながら部屋を出ていく。
「じゃあ私も部屋に戻るね?」
ステラもユウに手を振りながら部屋を出ていった。
手を振り返しながらそれを見送るユウ。
(おのれ、ラプラス……。)
ユウはちゃっかり自分だけ好きな子との会話を増やしたラプラスに呪いを掛けてやりたくなった。
前回のループでユウがサントス達に激昂した理由には彼の生首の件も多少は含まれていたはずなのだが、なんとなくそれを裏切られた気がしたのだ。
もちろん本人にその気がないのはわかっている。
「アイナ、俺も買い物手伝うよ。」
「え? いいんですか? ユウさんも今夜行くんですよね?」
「いいよ。どうせ寝るのは昼食ってからだし。っていうか、そうでもしないと役に立ってないからさ、俺。」
「あ、あー……。……行きましょうか?」
アイナは触れてはいけない空気を勝手に感じ取った。
買い物へと出発していく二人をソフィアとブレッドは無言で見送る。
「……二股かけるつもりなのかしら?」
(女って怖いな……)
★
「うーん、王都はお肉が高いなぁ……」
「二割ぐらい?」
「そうなんですよ。ほら、こっちのお肉なんて三割も……って、ユウさんよく知ってますね?」
アイナが意外そうな顔をする。
前回のループでもやったやり取りだ。
もちろんそれはユウの視点から見た場合であって、彼女にとっては初めてなわけであるが。
「俺もいざとなったら自炊ぐらいしないといけないからさ。たまに確認はしてるんだ。」
「そうだったんですか。ちょっと意外です」
本当に意外そうな顔をしてから、アイナはすぐに値札との睨み合いに戻った。
彼女にとっての真剣勝負の舞台はどうやらここにあるらしい。
少ししてからアイナは決意を固めて拳を握りしめた。
「よし、決めました。今日は奮発して牛肉にします!」
アイナが店員を呼んで牛肉を注文する様子をユウは黙ってみていた。
横目で尾行の男の方向を確認する。
(これでもう三回目か。今すぐにあいつのところに行って終わらせたいけど、それだと逃げられるだろうしな……。)
ユウは溜息をつきたい気分を寸前で我慢した。
アイナがお金を払って袋に入れられた牛肉を受け取る。
「これで必要なものは全部揃いましたし、帰りましょうか?」
「そうだね。」
「あ……。すみません、ちょっとお花摘みに行ってきてもいいですか?」
「いいよ。ここで待ってたらいい?」
「はい。ちょっと行ってきますね」
アイナが今までと同じ方向に早足で歩いていく。
ユウはその後ろ姿をこれまで通りに見送った。
少し待機してから、走って彼女を追いかけ始める。
いつも通りサンドイッチに手を伸ばしているリリィを横目で見ながら通り過ぎ、アイナとそれを尾行する男に追いついた。
二人が角を曲がって人通りのない道に入ったところを追いかけて水の剣を抜く。
ガシュ!
「ぎゃ!」
いきなり背中を斬りつけられた男は体を仰け反らせて前に倒れた。
ユウはすかさず背中から押さえて首に水の剣を突きつける。
「動くな。全部わかってる。お前、女神教だな?」
「な、なんだいきなり……。追剥か? 金目の物なんて持ってないぞ!」
男が言い終わるより先にユウは魔法袋に手を突っ込んで女神教のプレートを探し始めた。
「ユ、ユウさん?」
背後の出来事に気が付いたアイナが恐る恐る近づいて来た。
尾行されていたことにはまだ気が付いていないのか、男よりはむしろ作業感満載で平然と剣を突きつけているユウの方に恐怖している様子だ。
男はアイナに恐ろしいものを見ているような、あるいは懇願するような視線を一瞬向けた。
「……あった。これ、お前のだろ?」
ユウは見つけ出した女神教のプレートを男の目の前に差し出す。
もちろん男の写真の側を見せるようにしてだ。
それを見た男の顔が瞬時に青くなる。
(そういえば、この世界にも写真ってあったんだな。)
この世界ではこれ以外には写真を見た覚えは無い。
きっとあまり普及していないのだろうと思って納得することにしている間に、男は口の中を動かして毒物を噛みしめた。
(だから、なんでコイツはこんなにあっさり死ぬんだ?)
改めてこの男に対する疑問が湧いて来た。
この状況で自殺するのは自分から情報が漏れないようにするためという理解で間違いはないだろう。
となると、この男は何か重要な情報を握っているのだろうか?
口から泡を吐いて痙攣を始めたのを確認すると、ユウは男から離れて剣を収めた。
(どのみち、今回はもう手遅れだな。)
「ユウさん、この人は……?」
わけがわからないといった様子でアイナがユウと男を交互に見ている。
さりげなくユウに対しても警戒している様子だ。
「こいつがアイナをずっと尾行してたんだ。気が付かなかったら今夜のことが向こうに筒抜けだっただろうな。」
「そんな……。嘘……」
アイナは信じられないと言った様子だ。
「とりあえずコイツの死体を隠そう。手伝ってくれる?」
「え……、私がですか?」
「うん、『私』が。」
ユウは少しだけ罪悪感を感じつつ、アイナをピュアな瞳で見つめ返した。
「……わかりました、手伝います」
その後、ユウは観念した様子のアイナと一緒に死体を隠し、彼女の『お花摘み』の間に煙幕玉を十個ほど買ってから帰路についた。
★
深夜の大聖堂、『始まりの部屋』。
今回、ユウは自分をBパーティに変更しようとしたブレッドに反論して、ステラのいるAパーティに残留した。
最初はAパーティのルートは使わないようにしようと提案したのだが、固まって動くと目立つ上にゴーストロッドのある部屋に誰もたどり着けない可能性が高くなるという意見に対して、説得力のある反論ができずにこの形になった。
ブレッド達Bパーティが部屋を出ていくのを見送る。
彼らには煙幕玉を渡した上で、背後から迫る不可視の敵の足音に気を付けろと言ってある。
(ブレッド達が生き残ってくれるかどうかは賭け。……でも今回は仕方ない。ステラ達のルートには間違いなくアイツがいるんだ。)
前回のループにおいて、ステラ達がサントスと交戦して敗北したのは間違いないだろう。
サントスに傷を負った様子が無かったことを考えると、まったく歯が立たなかったに違いない。
その後に戦ったユウ達もそうだったのだから。
「私達も行くぞ」
リアが最初に部屋を出る。
後ろにラプラス、ステラ、そしてラルフと続く。
そういえばラルフもいたんだと思いつつ、ユウは四人に続いて最後に部屋を出た。
細々とした灯りが照らす通路を無言で走っていく。
ブレッド達の進んだルートとは違い、巡回している僧兵の姿は見当たらない。
「……待て」
しばらく進むと、曲がり角から顔を出して向こう側を確認したリアが小声で後ろを止めた。
「敵が見張っている。このままだと通れないな」
リアの説明を受けた四人は、その言葉を確かめようと壁から顔を出して進行方向を確認した。
通路の向こう側に体格のいい男が一人、横を向いて立っている。
(あいつは……。)
ユウにはその男が誰かすぐにわかった。
――サントス。
あの男をどうにかするために、こうしてここに来たのだから。




