16:憎き敵に死を
『何に反抗する? 先駆者? 上位者? それとも腐りきった自分自身にか?』
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どういうわけか怒りが無尽蔵に湧き出てくる。
ステラ達を、いや、ステラを殺されたからだろうか?
怒りが麻酔の役目を果たしているのか、普段なら行動不能になっているはずの痛みにも耐えることができている。
手は動く、腕も動く、下半身も大丈夫だ。
裏拳を叩き込まれた腹は痛むが、今ならそれに抗って動ける。
一瞬だけラプラスの生首に視線を向けた。
ステラもあんな扱いを受けたのだろうか?
だとすれば――。
(――殺す!)
ブレッドを地面に置いたジュリエッタに、再び両手に剣を持ったサントスが襲い掛かる。
体格差は明白。
彼女にはこの突進を正面から止めることはできないだろう。
「ファイアニードル!」
「ふん!」
サントスを横から火線が襲った。
作業を中断したパウロが放った魔法だ。
形成が悪すぎると踏んで彼も参戦することにしたようだ。
だが不意を突いたはずの一撃もあっさりとかわされてしまった。
そのまま勢いを殺すことなくジュリエッタに迫るサントス。
ジュリエッタも覚悟を決めて地面を蹴る。
ギィン! ドシュ!
サントスはジュリエッタの一撃を左手の剣で防ぐと、間髪入れずに右手の剣で斬りつけた。
「くそっ……」
そのままドサリと崩れ落ちるジュリエッタの後ろから、今度はブレッドが仕掛けた。
剣を両手で持ち、乗せられるだけの全ての荷重をかける。
防御のことなど一切考えていない。
「よくもソフィアを!」
ユウにとってのステラがそうであるように。
あるいはラプラスにとってのリアがそうであるように。
つまりはブレッドにとって最も重要な位置にいるのは誰かといえば、彼の場合はソフィアがそうだと言える。
そんな彼女に目の前で死を与えた相手となれば、捨て身で挑むのも決して不思議なことではないだろう。
そしてその点に関してはユウも同じだった。
ブレッドが仕掛けたのに合わせて、ユウもまた横からサントスに斬りかかる。
別にタイミングを合わせたわけではない。
それはただの偶然に過ぎない。
――憎き敵に死を。
その点では息は完全に合っていたと言っていいだろう。
ユウもまた、防御のことなど考えず込められるだけの力を剣に込めた。
いや、力だけではない。
感情を、憎しみを、攻撃的な要素の全てを込めた。
「ふん!」
ギギィン!
だがサントスは左右の剣で二人の攻撃をあっさりと受け止めてしまった。
左でブレッドの剣を、右でユウの剣を。
そして二人の勢いを完全に殺し切った後、即座に右手の剣をブレッドの心臓に突き刺す。
「――!」
致命傷を与えた直後の剣を一気に引き抜くと、今度は上体を捻る動作で左手の剣をユウの首に突き刺した。
その横でブレッドが崩れ落ちていく。
(くそ……、野郎!)
憎しみが苦痛に勝る。
自分自身の死が確定したというのに、ユウは尚も剣を振った。
もうじき世界は巻き戻る。
その事実を忘れたわけではない。
だがステラの死を実感している今の状態ではただ死を待つことは出来なかった。
せめて一矢報いたかった。
……が、現実は残酷だ。
苦し紛れにユウが振った剣はサントスの右手の剣が受け止めた。
絶望的な力の差、戦力差。
ユウの攻撃は彼を焦らせることすらできない。
そしてユウの剣が完全に止まったのを確認してから、サントスはユウの首に刺した方の剣を引き抜いた。
「ふっ!」
そして最後に右手の剣をパウロに向かって投げつけた。
ドスッ!
「がっ……」
飛び散る鮮血。
剣で首を貫通されたパウロは抗うこともできず、その場に崩れ落ちた。
「ステ……、ラ……。」
ゴボゴボと首から血を溢れさせながら、ユウは最愛の少女の名を口にした。
もう制御を受け付けなくなった体が自由落下で地面に向かって落ちていく。
五対一。
ステラ達もサントス一人にやられたというなら、つまりは合計して九対一で負けたことになる。
――強い。
それはユートピアのような能力頼みではなく、純粋な戦士としての強さだ。
(こいつを……、止めないと……。)
でなければステラは助けられない。
そう思った直後、ユウの意識は闇に飲まれた。
大聖堂の外、天頂には白い月が出ている。




