15:仇討ちは誰がために
『脅迫的な善意は即ち害悪に成り下がる』
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「嘘……」
ソフィアが絶句した。
ラプラスの死。
それはつまり彼のいたAパーティがサントス達と既に交戦したことを示している。
――そう、Aパーティだ。
Aパーティがサントス達と交戦し、そして全滅したのだとすれば……。
ユウはそれが意味するところに至った。
「……ステラは? ステラはどうした?」
ユウの声は少し震えていた。
目の前の生首がラプラスではなく彼女のものだったなら、声を出す余裕はなかっただろう。
「ステラァ? どっちの小娘だ? 髪の黒い方か? それとも桃色の方か? まあ、どいつであっても同じだがな」
「どういうことだ!」
明確な答えが返って来ないことに苛立ったユウが叫ぶ。
その後ろではパウロが内心の焦りを押さえながらせっせと爆薬の設置を進めているが、そんなことはもうユウの頭の中にはない。
「気になるなら自分で見に行ってみろ。もっとも……、ここを生かして出してやる気はないがなぁ!」
サントスが大砲にでも打ち出されたかのような加速で突進した。
同時に腰に刺してあった二本の剣を抜いて両手に握りしめる。
最初の狙いは正面にいたブレッドだ。
二人の距離が一気に縮まっていく。
「来るぞ!」
「ウインドキャノン!」
詠唱している時間がないと踏んだソフィアは、自分が詠唱を省略して使える魔法でもっとも威力のあるものをサントスに向かって打ち出した。
攻撃範囲は狭いとはいえ、直撃すればただでは済まない威力である。
当たりどころによっては即死も覚悟する程度の脅威度はある。
「なんの!」
しかしサントスはその軌道を即座に見切り、その巨体に似合わない俊敏な動作で横に回避した。
彼の代わりに背後の椅子と机が瓦礫となって飛び散る。
「嘘?!」
相手が自分の魔法をあっさり回避したことに驚きの声を上げたソフィア。
見たところ、敵は近接戦闘型。
近づかれる前に少しでも勢いを減らそうと、気を取り直して次々と魔法を打ち出していく。
だがサントスの勢いは止まらない。
突進の勢いはそのままに、魔法の射線を潜り抜けてついにブレッドまで辿り着いた。
(こいつ……、止められるか?!)
ブレッドは目前に迫る衝撃に備えて両足を踏ん張った。
体格差は一目見て明らか。
だが背後にパウロがいることを考えると、ここで避けるわけにもいかない。
覚悟を決めて敵を睨みつける。
「ふん!」
ドッ!
「――!」
剣で斬りかかるかと思われたサントスだったが、直前に上体を回してアッパー気味の拳をブレッドの腹に叩き込んだ。
固めた腹筋の上を鎧が覆っているにも関わらず、ブレッドはその衝撃一つで意識を失いそうになった。
「ふん!」
今度は上から拳を振り下ろす。
最初の一撃から立ち直れていないブレッドは防御の体制に入れない。
ドンッ!
「がはっ!」
上から襲った衝撃で、ブレッドは成す術なく地面に叩きつけられた。
とどめを刺そうとサントスが剣を振りかぶる。
「おい。」
「ん?」
ユウがサントスに斬りかかった。
その目に宿っているのは純粋な怒り。
どうしてそんな感情が湧き出てきたのか自分自身でも不思議だった。
だが今はそれに身を任せることに躊躇いは無い。
――ステラは死んだ。
――こいつに殺された。
自分で直接確認したわけではないが、ラプラスの首があるということはそういうことで間違いないだろう。
この状況を生きて切り抜けることなど、もう完全にユウの頭の中から吹き飛んでいた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
キィン!
ユウが全力で振り下ろした水の剣。
だがそれはサントスに右手の剣だけであっさりと受け止められてしまった。
「……はっ!」
サントスはユウを鼻で笑うように息を吐きながら、剣を受け止めた右手を滑らせて裏拳を鳩尾に叩き込んだ。
ブレッドと比べても明らかに鍛えられていない腹筋を鈍い衝撃が貫く。
「ぐっ!」
痛みと共に後ろへと吹き飛ばされた。
「ユウ!」
ジュリエッタがユウと入れ替わりに仕掛ける。
ソフィアもブレッドをやらせまいと追撃の構えだ。
だがサントスは左手の剣を即座に収めると、ブレッドの頭を掴んで盾代わりにソフィアに向けて構えた。
「う……」
「ブレッド!」
風の魔法を打ち込もうとしていたソフィアが慌てて魔法を引っ込める。
「卑怯者め!」
ジュリエッタは敵への嫌悪感を隠さずに斬りかかった。
キィン!
だがこれもユウの時と同様に右手の剣で易々と防がれた。
構わずに連撃で攻め立てるジュリエッタ。
それもサントスは片手だけで防ぎ続けた。
その表情には余裕が満ちている。
「そんなにこの仲間を返してほしいか? それなら、ほらっ!」
サントスはブレッドをジュリエッタに向けて投げつけると、それと同時に今度はソフィアに向けて突進した。
「――! アイスウォール!」
「ぬるいわ!」
バキィン!
慌ててソフィアが張った氷の壁を、サントスはタックルの一撃であっさりと破壊した。
割れた氷が宙を舞う。
「なっ!」
バシュ!
彼女がその驚愕から立ち直るよりも早く、サントスはソフィアを斬りつけた。
大量の鮮血が宙を舞う。
このパーティの中で治癒魔法が使えるのは彼女のみ。
まだ辛うじて息は残っていたが行動不能と言っていい傷だ。
自分自身に治癒魔法を掛ける余裕を失ったこの時点で、彼女の死は確定したと言える。
ドサッ!
地面に崩れ落ちたソフィアを見ることなく、サントスは再びジュリエッタの方を向いた。
横目でパウロの作業がまだ完了していないことを確認すると、再び大地を蹴った。
そのサントスを睨みつける視線。
(野郎……、ぶっ殺してやる!)
先程ふき飛ばされたユウは腹部を抑えながら、全開まで剥かれた眼でサントスを睨んでいた。
なぜだろうか、まるで自分の体が自分の物でないような。
あるいは自分の感情が自分の物ではないような。
ユウは一瞬だけそんな気がした。




