13:煙玉
『蛙が大海を知ったところで、海水はどうにもならないだろうよ』
★
深夜。
今までと同じように地下から大聖堂に侵入したユウ達は『最初の部屋』にいた。
(いよいよここからだな。)
ユウは魔法袋に手を入れて、昼間に買った煙幕玉を確認する。
今更になって一度ぐらい練習で使ってみるんだったと思ったが、もう手遅れだ。
「よし、行くぞ。健闘を祈る」
ブレッドが最初に部屋を出ていく。
ユウを含めたBパーティもそれに続いた。
ステラがその後ろ姿に不安そうな視線を向けてから、リア達と一緒に別方向へと走っていった。
人の気配のしない道を静かに走っていく。
響く足音で敵に見つかったりはしないのか、そんな不安にももう慣れてきた。
ブレッドが手を上げて柱の陰に隠れた。
後ろを走っていたユウ達も左右に散って同じように柱の陰に隠れる。
(案外慣れているんだな。適性があるのか?)
前を走っていたジュリエッタは、通路の反対側の柱に隠れながらユウの動きを見て感心した。
先日のアスクにおけるホーリーウインドとの一戦にせよ、あるいはU&Bとの一戦にせよ、純粋な戦闘能力の割にはいい働きをしている。
それはもちろん何度も死に戻りを繰り返した影響による部分が大きいのだが、そうとは知らないジュリエッタは別の解釈をした。
(……ゴーストロッドを壊したら別れることになるのは、少しもったいない気もするな)
エル・グリーゼとレッドノート家の協力関係はあくまでもゴーストロッドの破壊に関してのものだ。
ゴーストロッドの破壊が成功すればその協力関係は終わり、エル・グリーゼは異世界ストラに帰ることになる。
つまりレッドノート側の人間であるリアやラプラスとは別れることになるわけだ。
……ではユウは?
それはユウがここに至るまでの経緯を踏まえれば明らかだろう。
通路の向こうにいる人影が見えなくなったのを確認したブレッドが再び手で合図をして静かに走り始めた。
ソフィアとパウロがそれに続く。
ジュリエッタも思考を中断して後ろを走り始めた。
ユウも緊張した面持ちで彼女の後ろをついていく。
等間隔で壁に取り付けられた灯りが通路を照らし、五人の影を映し出す。
少し走ると、またブレッドが止まった。
彼が再び後ろを走るジュリエッタ達に向けて手を上げながら壁の柱の陰に移動したのに習って、他の四人も再び通路の両脇に散った。
(……? ユウ?)
ジュリエッタはユウの表情が先程より数段険しくなっていることに気が付いた。
どういうわけか今まで通って来た背後の方をやけに気にしている。
そして腰の魔法袋から白い球をひとつ取り出すとそれを右手に持ち、さらに左手で剣を取り出した。
ユウが剣を抜いたのを見て、咄嗟に自分も腰の剣に手を伸ばすジュリエッタ。
だが、ユウが視線を向けている方向を確認しても敵の姿はない。
(なんだ? お前は何をしているんだ?)
ジュリエッタは横目で進行方向にいた敵の姿を確認した。
敵の影はもう見えない。
どうやら行ってしまったらしい。
あと数秒でブレッドも先に進む合図を出すだろう。
……コッ。
(――! この音は!)
ジュリエッタの耳に極めて小さな物音が届いた。
彼女の目が見開かれる。
ユウが背後を警戒していることに気が付かなければ、この小さな音を拾うことはできなかっただろう。
方向はユウが視線を送っていた側。
そして音の正体はおそらく――。
(足音だ!)
ジュリエッタは反射的に剣を抜いて横に振った。
キィン!
剣は何もないはずの空間で『なにか』に当たって甲高い金属音を立てる。
この状況でそれが刃物同士のぶつかる音だと想像するのは難しいことではなかった。
背後の音に気が付いたブレッド達も振り向いたが、ジュリエッタは敵だと叫びたい衝動を我慢した。
ここで目立つ行動を取るのは敵に集まってくれと言っているようなものだ。
結果として、薄暗い空間で何が起こっているのかを確認するのにブレッド達は数秒の時間を要した。
敵の姿は未だ見えない。
「敵だ! 逃げろ!」
ユウが叫びながら白い玉から伸びた紐を引き抜いた。
(ユウのやつめ……)
ジュリエッタは自分の我慢が台無しにされたことに少し苛立ったが、それも僅かな間だけだった。
ボフッ!
ユウが玉を地面に叩きつけると、白い煙が勢いよく広がった。
だが――。
(……薄い!?)
広がった煙の濃度が予想外に薄いことにユウは焦る。
あの爺さんの話では確か相手の目を塞ぐことができるはずだ。
だが実際に発生した煙は向こう側が見えるぐらいに薄い。
(あのジジイ……。)
不良品か、あるいは粗悪品か。
思っていたのと違うものを売りつけられたと気が付いたユウは顔を強張らせた。
「ユウ、よくやった」
「……え?」
ジュリエッタの言葉を聞いたユウは、どういうことかと思った直後に彼女の言葉の意味を理解することが出来た。
「これは……。」
不可視のはずの敵のシルエット。
それが薄い煙の流れによって見事に浮かび上がっていた。




