11:ストレスで変な行動を取りたくなる時がある
『常識をぶっ壊すと言っている者たちは、まずその姿勢の凡庸さを見直すべきだ』
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アジトから買い物に出発した後、ユウはアイナと一緒に店を回っていた。
前回のループ同様に、アイナが肉の値段を睨む。
「うーん、王都はお肉が高いなあ……」
「二割ぐらい?」
「そうなんですよ。ほら、こっちのお肉なんて三割も……って、ユウさんよく知ってますね?」
アイナが意外そうな顔をする。
まだ短い付き合いではあるが、ユウはそういうキャラではないというのが彼女の中ではもう出来上がっているらしい。
「まあ、俺もいざとなったら自炊ぐらいしないとならないからさ。たまに確認はしてるんだ。」
「そうだったんですね。少し見直しちゃいました」
……もちろん嘘だ。
アイナに少しいいところを見せたいと思って、ユウはさらりと嘘を吐いた。
(なんかこの世界に来てから腹黒くなってないか、俺。)
それだけこの世界に馴染んできたということなのだろうか?
(父さんどうしてるだろう。やっぱり心配してるかな?)
思い浮かんだのは父親のことだ。
遠武透<とおたけとおる>。
息子と二人暮らしの父子家庭。
妻を早くに亡くした影響か、家族をとても大事にするタイプの人間だ。
一人息子が行方不明になったとなれば、今頃はいったいどんな心境でいることか。
(……少しだけ帰りたくなってきたな。)
再び肉の値札と睨み合いを始めたアイナを見ながら、ユウはセンチメンタルな気分になった。
現時点でそんな手段は見つかってないし、あったところでステラのいる世界から離れるというのはそれはそれで躊躇われるのだが。
(せめて無事にやってることぐらいは伝えられたらなぁ……。)
異世界転生モノのラノベ――、もとい小説の主人公というのは元の世界に未練など無い場合が多い。
多いというかほとんどがそうだ。
(やっぱり、俺は主人公にはなれないんだろうな。)
それでもいいかもしれないとユウは初めて思った。
これまではなんで自分は勇者じゃないのかとばかり考えていたが、影で悲しむ人を顧みない生き方は性に合わない気がする。
別に勇者が全てそうだと言うわけではないけれど。
「ユウさん、決めました。今日は奮発して牛肉です!」
ユウの心情を知ってか知らずか……、というか間違いなく知らずに、アイナは元気よく牛肉の名をコールした。
そんな彼女の振る舞いは見ているだけで癒しを与えてくれる。
(……おっと、いかんいかん。ステラ一筋ステラ一筋。)
アイナに少しときめいてしまった自分を戒めるために頭を振る。
その様子をアイナと肉屋の店員が怪訝な顔で見た。
「……どうしたんですか?」
「――え?! い、いや、なんでもない!」
特に肉屋の店員の視線が冷たい。
それに気が付いたユウは慌てて我に返った。
「これで必要なものは全部揃いましたし、帰りましょうか?」
「ああ、そうだな。」
……視界の隅に件の男が見えた。
(また同じことをするのか……。仕方ないけど。)
ユウはまたダーティな仕事をしなければならないのかと、内心で溜息をつく。
この辺りはもう少し慣れが必要だろう。
また前回と同じ道をアイナと一緒に歩く。
「すみません、ちょっとお花摘みに行ってきていいですか?」
「じゃあ俺はここで待ってるよ。」
「はい、ちょっと行ってきますね」
アイナは踵を返して早足で歩いて行った。
(そういえば、アイナってもうトイレの場所とかわかるんだな……。)
まだ王都に来たばかりという点に関しては彼女もユウと同じはずだ。
だがユウの方はまだ王都の地理がほとんどわかっていない。
これが地の能力の差なのかと一人で納得した気分になった。
「さーて、そろそろ行くかな。」
別に誰かに聞かせるわけでもない自己宣言。
ユウはアイナが行った方向に走り出した。
大体の位置はわかっているので、周囲を確認しながら追いかけた前回よりは少しだけ時間に余裕がありそうだ。
いつも通りサンドイッチに手を伸ばしているリリィのいる場所を横目で見ながら通り過ぎる。
(サンドイッチしか食わないのか……?)
これから事実上の殺人をしに行く割には間の抜けた感想だ。
だがなんとなく周囲の風がそういう雰囲気を求めている気がした。
しかし彼女から離れていくにつれて殺伐とした空気が取り戻されていく。
(もうそろそろか……。前はあの辺りに……、いた!)
前回よりも少し手前。
ユウはアイナとそれを尾行する男の姿を確認した。
少しだけ立ち止まって二人が角を曲がっていくのを待つ。
時間にして十秒もなかっただろう。
そして二人の後ろ姿が見えなくなったのを確認したユウは再び走り出した。
(とりあえずあの男を始末して……、それからどうしよう?)
道を曲がって水の剣を抜きながら今後のことを考えた。
あの男を見逃せばゴーストロッドのある部屋で大軍と正面衝突、止めれば途中の通路で不可視の敵からの奇襲。
後者の方がまだマシだが、それでも十分に厄介だ。
男の背中が目の前に迫る。
(とりあえず、考えるのはこれを終わらせてからだ!)
「……ん?」
背後から迫るユウに気が付いた男が後ろを振り返ろうとした。
――だがもう遅い。
ガシュ!
「ぐっ!」
ユウは男が自分に視線を向けるより先に彼の背中を斬りつけた。




