10:見えない敵
『目を閉じろ、そうすれば見えるさ』
★
深夜。
ユウはエル・グリーゼと一緒に、再び女神教の大聖堂へと侵入していた。
今いるのは秘密の地下通路からはしごを上った直後の『最初の部屋』だ。
「準備はいいな? 健闘を祈る」
ブレッドが小声で全員の顔を確認した。
それぞれが思い思いに頷く。
それを確認したブレッドが静かに部屋を飛び出していった。
彼の後ろを同じBパーティであるソフィアとパウロ、そしてジュリエッタが続く。
そして最後尾にユウもついていった。
今回のパーティ分けは一点を除いて前回のループと同じ。
違うのは、ユウがステラのいるAパーティからブレッド達のBパーティに変更になったことだ。
なぜそうなったのか、ユウはまだその理由に辿り着けていない。
何か明確な因果関係があるのかもしれないし、物事が少しずつズレていった結果なのかもしれない。
昼間にアイナを尾行していた男の件が関係している可能性は高いが、明確な答えは見いだせなかった。
――静かに、できるだけ足音を立てないように。
ユウはブレッド達の最後尾を無言でついていく。
少し進んだところで、ブレッドが手を上げて後ろにいたユウ達を止めた。
彼が柱の陰に隠れるように身を寄せたのを見て同じように通路の両脇に散る。
ユウは反対側の柱に身を寄せたジュリエッタと一瞬だけ目が合った。
彼女の視線が進行方向に向いたので、ユウも釣られて同じ方向を見る。
(なんだ? 敵か?)
柱の陰から顔をだけを出して進行方向を確認すると、少し先を曲がったところを歩く人の影が見えた。
そのシルエットからは武装していることが伺える。
前回は途中で敵らしい存在には一切遭遇しなかった。
このルートを通るのはユウも初めてだが、彼らがユウ達よりも先にゴーストロッドのある部屋に到着していたということはブレッド達も同じだったはずだ。
つまり――。
(あの男が死んだ影響か。)
今夜の潜入に関する情報を女神教に伝える人間がいなくなったことで、ゴーストロッドのある部屋に集められるはずだった戦力が大聖堂内に分散したのだとユウは判断した。
(だとすると全体の戦力そのものは減ってそうにないな。でも全部纏めて相手にするよりはマシか。)
戦力の逐次投入という言葉がユウの脳内に浮かぶ。
この状況でその言葉が適切かどうかはともかく、数の優位性をできるだけ抑え込むという点では的外れというほどでもないだろう。
敵の影が去っていったので、ブレッドが手を振って合図をしながら再び進み始めた。
(自分の影にも注意しないといけないのか。)
さっきは影のおかげで敵がいることがわかったが、逆にこちらが敵に見つかってしまう可能性もある。
これまでそのことに気がつかなかったユウは自分を戒めた。
先頭を行くブレッドが再び柱に体を寄せる。
どうやらまた敵を見つけたらしい。
ユウ達も先ほどと同じように柱の陰に隠れた。
――息を潜めて敵が去るのを待つ。
時間の感覚というのは概して主観的だ。
ユウには敵がいなくなるまでの時間がとても長く感じられた。
なんとなく忍耐力を試されているような、そんな感じだ。
他のみんなはどうなのだろうかと視線を回してみると、進むかどうかの判断をするブレッドは当然として、一本奥の柱に身を隠すソフィアとパウロも特に集中力を乱した様子はない。
(ジュリエッタは?)
そして通路の反対側の柱に身を隠すジュリエッタはどうなのかと視線を送った瞬間、状況は動いた。
「ぐっ!」
「……え?」
小さな呻き声を上げてジュリエッタが崩れ落ちる。
何が起こったのかわからず呆然と声を漏らしたユウ。
ブレッド達もその声に反応して振り向く。
「……お、おい。――!」
ドスッ!
倒れたジュリエッタに近づくかどうか迷った直後、ユウは腹部に鋭い痛みと衝撃を感じて顔を歪めた。
「あがっ……!」
痛みで体の自由が奪われる。
それが刃物による痛みであることはすぐにわかった。
ドシュ!
「痛っ!」
深々と刺さった刃物が乱暴に引き抜かれた感触。
ユウもまた、ジュリエッタと同じように地面に崩れ落ちる。
(モンドかっ?!)
刺された箇所を手で押さえながら、ユウは敵がいるであろう方向を睨みつけた。
モンドだとすれば、きっとまた狂った笑みを浮かべて自分を見下ろしているはずだと思ったからだ。
だが……。
(誰も……、いない?)
予想に反して周囲に敵の姿を見つけることはできなかった。
薄暗い通路ではあるが、流石に人影を丸ごと一つ見逃したりはしない。
「おい、大丈夫――ぐぁっ!」
「敵?! いったい何が――きゃっ!」
「どうした! ――がっ!」
さらに残りの三人も次々と倒れていく。
いったい何が起こったのか。
ユウは混乱に満たされた頭で周囲を見渡した。
だが相変わらず敵の姿は見当たらない。
暗く狭まっていく視界、そして薄れていく意識の中で、ユウは最後に少女の声を聞いた。
「全員、耳は良く無さそうね」
若く細く、そして感情に乏しい声だ。
(誰だ……? 確かどこかで聞いたような……?)
いったいどこで聞いた誰の声だったか。
答えに至る前にユウは意識を失った。
大聖堂の外、天頂には白い月が孤独に佇んでいる。
★
ユウは再び意識を取り戻した。
視界の先にはエル・グリーゼの面々がいる。
(ああ、ここは……。)
自分がどの時点に戻ってきたのか、ユウは直感した。
「とりあえず、今晩が勝負なのは間違いないんですよね? それじゃあ、お昼と夜は力の付きそうなもの作りますね!」
アイナの声。
それがユウの考えの正しさを裏付ける。
(やっぱりここか。)
戻って来たのは、前回と同じところだ。
どうしたらいいものかと、ユウは顎を撫でた。
(遠隔攻撃、それともモンド以外にも姿を隠せる奴がいるのか?)
最初に考えたのは自分を殺した相手の能力のことだ。
仮にどこか別の場所から監視カメラか何かでこちらを見ていて、それを確認しながら不可視の魔法で遠くから攻撃したのだとすれば説明はできそうに思える。
だが気になるのは最後に聞こえてきた少女の声だ。
その発言の中身も気にはなるが、声はすぐ近くから聞こえてきたような気がする。
だとすると考えられるのはもう一つの可能性だ。
(モンドの上位互換……、だとしたら厄介だな。)
最初の一撃を当てるまでは姿が見えない。
だが攻撃対象以外の人間には見えるというのが、モンドの能力に対するユウの認識だ。
しかし、前回ユウ達を殺した相手は最後まで姿を見せることは無かった。
おまけにユウ以外の四人にもその姿は確認できなかったらしい。
仮に自分がモンドと同じ力を使えるとして、弱点となるのは攻撃目標以外には見えてしまうという点と、一度攻撃すれば隠蔽が解除されるという点だ。
その両方が克服されているとなれば上位互換と言う他にないではないか。
いつの間にかミーティングを終えてみんなが部屋を出て行き始めた。
物思いから引き戻されたユウは慌ててアイナの所に駆け寄った。
「アイナ、俺も手伝うよ。」
「え? 手伝うって……?」
一人で買い物に行くつもりでいたアイナは、ユウが何を手伝うつもりなのか理解しきれずに目を白黒させた。
「買い物。」
ユウのその言葉でようやく理解した。
「いいんですか? だって、ユウさんも今夜行くんですよね?」
「いいんだ。昼食ってからじゃないと寝れないし……。それに俺、あんまり役に立ってないからさ。」
あんまり役に立っていないという言葉で観念したのか、アイナはユウの申し出を受けることにした。
ちなみに買い物に付き合っても役に立たないのは変わらないという点に言及するのは野暮というものだ。
そんな二人が部屋を出ていくのを、ソフィアとブレッドは黙って見送った。
「……現実的な路線に転向したのかしら?」
(女ってシビアだな……)




