9:和食でもブランチって言うんだろうか?
『死が避けられないのなら、せめて納得して死にたい』
★
「……ん?」
(あれって……)
アイナ達を追う途中にあった喫茶店。
そこには見たことのある金髪美人がいた。
(リリィ……、だよな?)
彼女のテーブルにはコーヒーとサンドイッチが乗っている。
遅めの朝食、あるいは朝食兼昼食、ブランチとかいうやつだろうか?
リリィがどうして王都にいるのかわからないが、今は急いでいるので無視一択だ。
とにかく今はアイナの姿を探して走る。
(……いた!)
アイナが人気のない道に入っていった。
顔を隠した、明らかに怪しい男もその後を追っていく。
(きっとアイツだ、間違いない!)
ユウは道に入る直前で剣を抜いた。
男が女神教の人間だとすれば、戦闘力はまず確実にユウよりも上。
となれば奇襲で一気に畳みかけるしかない。
――人違いかもしれない。
一瞬脳裏によぎった可能性を振り払う。
(こっちだってみんなの命がかかってるんだ。俺の誤解だったら死んでやり直す!)
アイナの背後から静かに距離を詰める男。
ユウは息を潜めてできるだけ足音を立てないように早足で近づくと、真後ろから全力で斬りかかった。
ガシュ!
「うぐっ!」
背中を大きく斬りつけた。
ユウは固い皮の奥に少しだけ肉の感触を感じた。
だが威力が足りなかったのか、男はまだ生きている。
「だ、誰だ……。」
ユウはふらふらと振り返った男を地面に押し倒し、首筋に透明な刃を突きつけた。
体格は相手の方が明らかに上だが、背中を斬りつけたおかげで力が入らないらしい。
「ユウさん?!」
アイナが背後で起こった異常事態に気が付いて駆け寄ってきた。
「離れてろ! 抑えきれないかもしれない!」
ユウはアイナが巻き込まれないように一喝してから男に視線を戻した。
「お、俺になんの用だ。追剥か?」
「誤魔化すなよ。お前がアイナを尾行してたのはわかってるんだ。」
極力落ち着いた声で話す。
アイナの手前ということもあるが、出来るだけ沢山の情報を引き出すためにはそうする必要があると思ったからだ。
男は一瞬だけアイナに視線を向けると、すぐに元に戻した。
(こいつ、剣の方を見てない。)
目下、男の命を脅かしているのは首元に突きつけられた水の剣だ。
だが、この男は自分の命の危機だというのに、アイナやユウの顔を気にしている。
素人ではないのは明らか。
情報を隠し持っていることも明らかだ。
「言え、なんでアイナを尾けてた?」
「お、襲いやすそうだったからだ。それ以外に理由はない。信じてくれ!」
――信じられるわけがない。
ユウは男と女神教をつなげるものはないかと視線を動かした。
だが、目の前の男を押さえつけながらでは懐を探ることもできない。
アイナにやらせることも考えたが、それで彼女を危険にさらす気にはなれなかった。
(どうする? とりあえず今夜の襲撃はこれでばれないはずだけど……。)
様々な選択肢がユウの頭の中に浮かんでは消える。
だが決定打に辿り着くことなく時間が過ぎていく。
「あの、ユウさん?」
アイナも不安そうだ。
「お前、女神教だな? ホーリーウインドか?」
ユウは男と女神教をつなげる物的証拠を見つけることができないまま、ハッタリで押し通す選択をした。
決して好手ではない。
……が、幸いなことに今回は悪手でもなかった。
「な、なに言ってやがる。おおお、俺が女神教の人間なわけがないだろう!」
いったいどんな事情があるのか、男はあからさまに狼狽え始めた。
この展開は流石に予想外だ。
組織の下でこの手の仕事をやる人間はボロを出さないような訓練も受けているものではないのかと、ユウは首を傾げた。
男はその間に口の中で舌を動かすと、勢いよく何かを噛み潰した。
カリッ、という小さな音がユウの耳にも届く。
何かの刺激物を口から飛ばしてくるか、あるいは服毒による自殺か。
ユウがその二つの可能性に辿り着いたのと同時に、男は白目を剥いて口から白い泡を吐いた。
「うわっ!」
おもわず男から離れて後ろに飛びのく。
少しの間ビクビクと大きく痙攣してから、男は動かなくなった。
「はぁ、はぁ……。」
「し、死んじゃったん……、ですか?」
アイナがユウと倒れたままの男に交互に視線を巡らせる。
どうすればいいかわからない、といった様子だ。
突然の出来事に、ユウもまた肩で息をしながら男の死体を呆然と見下ろしていた。
この男はもしかして本当に無関係だったのではないかという疑問が湧いてくる。
ユウはその可能性を振り払おうと、慌てて男の持ち物を漁った。
「ユウさん? ねえユウさんってば!」
必死の形相で男の体を探る姿を見て、アイナは混乱した様子でユウの体を揺さぶった。
それでも構わず男の持ち物を調べていくユウ。
「……あった。」
ようやく目当ての物を見つけ、ユウは落ち着きと冷静さを取り戻した。
「なんですか、これ?」
アイナも事情を把握したのか、ユウが男の魔法袋から取り出した物を覗き込む。
掌サイズの金属製の板。
その表面は白と青塗料で塗り分けられ、女神教の紋章が描いてある。
裏の写真を入れる部分に写っているのは、間違いなく目の前で死んでいる男だ。
「女神教のマーク……。たぶんこれがこいつの身分を証明するアイテムなんだ。」
「これが……、ですか? ってことはこの人は……」
あくまでもユウの希望的観測に過ぎない。
だが、アイナは自分が女神教の関係者に尾行されていたというのが事実だと悟って顔が青ざめた。
「とにかく、死体を隠そう。手伝ってくれ。」
「はい……」
二人で死体を近くの細い路地まで引きずっていき、近くにあった布を被せた。
安息所を奪われた金色の蝶が他の場所を探して飛び立っていく。
引きずった痕跡を消すために足で地面を荒らした。
腐った死体のというのは強烈な悪臭を発するらしいから、死体が見つかるのも時間の問題だろう。
だが少なくとも今夜を乗り切ることぐらいはできるはずだ。
「ふう……」
ユウはとりあえず一段落したと溜息をついた。
平常運転とまでいかないが、冷静さは保てている。
いったいいつの間にこんなダーティな人間になったのかと、自分でも驚くばかりだ。
「あの……、ユウさん」
アイナの方はまだ不安そうな顔をしていた。
最後は男が自害したとはいえ、他人から見れば自分達が殺したのと大して変わりはない。
殺しが日常に組み込まれていない人間にとっては両者の差はほとんど無いように感じられるだろう。
「……行こうか。」
ユウの言葉に、アイナは無言で頷いた。
だがニ、三歩歩いて立ち止まる。
「あ、ユウさん」
「……ん?」
「すみません、私まだお花摘みに行ってませんでした……」
「……あ。」
ユウの配慮の至らなさを笑うかのように金色の蝶が羽ばたいた。




