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7:ホーリーウインド

『愚者は大事な事をすぐに忘れる』



 二階からユウ達を見下ろすホーリーウインド。

 その人数は軽く見積もって五十人以上。

 最初に声を張り上げた男が中央に立つ。

 彼がこの部隊の指揮官であるのは明らかだ。

 そして更に、幹部と思われる人物が左右に一人ずつ。

 向かって右側には黒髪の少女。

 そして左側には……。


「おい! あいつは確か……っ!」


 ユウと同時にラプラスもその人物に気がついて声を上げた。

 部屋の一番奥、中央に陣取るエル・グリーゼから見て左側、つまりは敵の右翼。

 そこからユウ達を見下ろす男。


「モンド……!」


 アスクで何度もユウ達を殺した男、モンドがそこにいた。


「どうして?! あの人は役人に引き渡したはずじゃ?」


 ステラも二人の反応を見てモンドに気がついた。


「おい、どういうことだ?」


 ブレッドが剣を抜きながら尋ねた。

 内心で、やはり今夜突入する判断は間違いだったと後悔する。


「向かって左、一人だけ後ろに控えている男がいるだろう? この間、ニアクスに戻っている時に戦った相手だ。ニアクス側の役人に引き渡したはずなんだが……、まさかあそこも女神教とつながっていたとな」


 リアが代表して回答した。

 実際には女神教のエルネストとモニカが役人の振りをしていただけなのだが、もちろん彼女達はそのことに気がついていない。


「パウロ、準備はあとどれくらいかかる?」 


「……最低でも五分以上だ。魔法信管を差し終わるのにそれぐらいはいる」


 その言葉を聞いたナルヴィが冷や汗と半笑いを浮かべた。


「この人数相手に五分ね……」


 ユウは戦力外、パウロは爆弾設置の為に参戦できない。

 となるとこちらの戦力は実質十三人。

 対する敵は最低五十人以上。

 つまり、人数はこちらの四倍程度ということになる。

 全員がホーリーウインド所属となれば個々の能力も高いだろう。


(これでまだ外に控えてるなんてことは……、あるかも)


 ナルヴィは最悪の可能性を考えた。

 もしそうなれば人数比は四倍では済まない。

 だが一人も逃がす気が無いのであれば可能性としては十分ありあえる話だ。

 ロトは敵を刺激しないように静かにダリアの前に出た。

 彼の表情にも焦りが見える。


 ――膠着状態。


 形勢の不利を理解して迂闊に動けないエル・グリーゼを見下ろしながら、モンドが顎を撫でた。

 その口元には笑みが浮かんでいる。


「エルネストの言う通りだったぜ、今度こそぶっ殺してやる」


 その視線の中心はまっすぐにユウを捉えている。

 対してモンドとは反対側、つまりユウ達から見て右側から見下ろす少女は対象的にポーカーフェイスを崩さない。

 こちらはモンドと違って初見の相手だ。 


「シルヴィア様、いかが致しましょうか?」


「大筋はサントスの言うとおりに。細かい部分は任せます。始まったら私は単独行動しますから」


「わかりました」


 シルヴィアと呼ばれた彼女は短めの黒髪を微塵も揺らすこと無く答えた。

 副官らしき男の方もこの手の会話には慣れた様子だ。

 おそらくはいつも通りのやり取りなのだろう。

 そしてその少女にサントスと呼ばれたスキンヘッドの男。

 つまりは中央で指揮官然として声を張り上げた彼もまた、戦闘狂特有の笑みを隠しきれずにいた。

 ……そもそも、隠す意思があったかどうかがまず怪しい所ではあるのだが。


「ふん、背教者どもめ。これ以上好き勝手はさせんぞ。 奴らを皆殺しにしろ! 全員突撃!」


 サントスの号令で、二階部分に展開したホーリーウインド陣営が一斉に飛び降りた。

 自分達の教会内部、それも守る対象であるゴーストロッドを背後に取られているからか、大規模な破壊魔法を使おうという動きは見られない。


「来るぞ! パウロを守れ! 時間を稼ぐんだ!」


「わかってるよ!」


 ブレッドの叫びにナルヴィが叫び返す。

 だがその声とは裏腹に、彼女は壁役として前に出るべきか悩んだ。

 床に固定された椅子が大量に並んでいるこの空間において、彼女の武器であるロングアックスはその長所を活かしきれない。

 台座付近の開けた空間で迎え撃つほうが彼女個人としては有利だ。


「前に出るか? このままだと止めきれないぞ」


 ジュリエッタも剣を構えた。 

 ナルヴィとは違い、彼女は閉所を不得手とはしていない。

 というよりもナルヴィ以外は全員と言ったほうがより正確だろう。


「……離れすぎるなよ?」


 ブレッドは迫る敵を見て苦い顔をした。

 人数差は圧倒的。

 相手が広範囲魔法を使えないとなればこちらは戦力を一箇所に集めたかったのだが、それをやると設置作業中のパウロまでの距離が近くなってしまう。

 結局、壁役の位置を上げる決断をした。


「……ちっ」


 ナルヴィが舌打ちをする。

 だがその態度とは裏腹に、行動は指揮系統に忠実だ。

 先陣を切って前に出る。

 そしてロングアックスを振り回し、手前にある椅子の端に叩きつけた。

 刃を受けた木の部分が壊れはしたが、椅子全体としては思いの外に頑丈だ。


(壊して更地にはできそうにないか……)


 容易に壊せる椅子ならばさっさと叩き潰して斧を振り回せるスペースを確保しようと思ったのだが、ナルヴィの期待は見事に裏切られた。

 

「ナルヴィ、無理すんなよ?」


 後ろからラルフが追いついた。

 横に並んで剣を構える。


「わかってるわよ。そっちこそ目立とうとして無茶しないでよ? どうせ何やっても影薄いんだから」


「それはほっといてくれよ……」


 他のメンバーも敵を後ろに通すまいと、空いたスペースを埋めるように位置取りしていく。

 ユウも左翼に加わって剣を構えた。

 視線の先には敵陣右翼、つまりモンドがいる。

 壁役として展開した前衛陣に対し、ソフィアとリア、そしてダリアの三人は設置作業を進めるパウロの周りを固めた。


「ダリアはパウロを守ってね。私とリアでみんなの援護をするわよ」


「わかりました。アイスウォール!」


 ダリアはソフィアの指示を聞いてすぐにパウロの周囲に氷の壁を展開した。

 敵のいる方向半分を覆っているだけなので回り込まれれば意味はないが、流れ弾を防ぐ役目はしっかりと果たしてくれるだろう。


「私は左、ソフィアは右でいいな?!」


 リアはソフィアの返事を待つこと無く、敵の方向に杖を構えた。

 

「大気の精霊よ、大地に罪人の血を与えよ! アイシクルパニッシャー!」


 ドドドドッ!


 リアの氷槍の雨が敵の右翼に迫る。

 ホーリーウインド側が使えない広範囲魔法。

 エル・グリーゼ側に勝機があるとすればそれだけだ。

 だがホーリーウインドの僧兵達は冷静にそれをかわした。

 一発も当たらなかった事実がリアを焦らせる。

 彼女にとってもこの結果は予想外だ。

 改めて彼らが精鋭なのだと認識する。

 椅子と氷槍の間を抜けてきた敵をジュリエッタとラプラスが迎え撃った。

 

(せめて、リア様だけでも!)


 向かって来ているのは敵のほぼ三分の一にあたる二十人弱。

 それを二人で止めようとしているのだから絶望的という他にない。

 ラプラスの関心は早くもリアをこの場から無事に逃がせるかどうかに移っていた。

 

 ザシュ! ガシュ! ドシュ!


 ジュリエッタが先頭の敵二人を幸先良く斬り捨てる。

 ラプラスも一人を斬り捨てた。

 だがそれでもまだ十人以上が残っている。

 半数は二人を無視して後方へと抜けた。

 そのまま後衛のリア、そしてその奥にいるダリアとパウロを狙う。


「リア様!」


 ラプラスが叫ぶ。

 その声に答えるようにユウはリアの前に立ちふさがった。

 

「こんのぉぉおお!」

 

 ユウは叫びながら、向かってくる敵に向けて剣を振った。

 その声が示したのは気合か、あるいは恐怖か。

 だが、薙ぎ払った剣は手応え無く空を切る。

 

「くそっ!」


 ユウはさらに追撃を仕掛けようとするが、剣をかわした敵は一歩下がった。

 入れ替わりに別の一人が仕掛け、前のめりになったユウの胴体を下から鋭く突く。


「うわっ!」  

 

 ユウは声を上げながら、体を横にしてそれをギリギリで避けた。

 刃が皮の鎧に新たな傷をつけ、胴体が右を向く。


「ユウ!」


「え?」


 ラプラスがユウの名前を叫んだ。

 だがその声を聞いたユウは彼が何を伝えようとしているのかすぐに汲み取ることができなかった。


 ミシッ!


 ――ユウの体全体に、何かが軋む振動が届く。

 

 ミシミシミシッ!


 それはゆっくりと、まるでスローモーションでも体感しているかのように感じられた。

 だがその震源の正体にたどり着いた瞬間、それは唐突に終わりを告げる。


(この音はっ! 俺の……、肋骨?!)


 ドゴッ!


「――!」


 直後、無防備になった腹部を強烈な衝撃が襲う。


 ドンッ!


 ユウはそのまま吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。


「ごほっ……!」

(息が……、できない!)


 衝撃で破壊された肋骨が内蔵に突き刺さる。

 痛みが妨害しているのか、あるいは機能そのものを失ったのか。

 いずれにしても、ユウは呼吸活動の一切を行うことができなかった。


(いったい……、何が……?)


 自分の身に何が起こったのか。

 その疑問の答えはすぐに見つかった。

 視界の正面、そこに笑みを浮かべた男が立っている。

 

(あいつ……か。)


 どこかで見たような光景。

 どこかで見た男。


 ……そう、モンドだった。


(あの時と……、同じか。)


 アルトバの街で襲われたときと同じ、不可視の一撃。

 あれと同じことが再び起こったのだとユウは理解した。

 視界の端が光を失い闇に食われていく。 

 そして急速に中心へと侵食していった。


(今回はこれで、終わり……、か……。)

 

 闇が視界を完全に喰らい終わった時、ユウは意識を失った。


 大聖堂の外、天頂には白い月がただ無言で輝いている。


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俺の本物を殺しに行く

メインヒロイン()・・・_(  ´・-・)_
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