6:ゴーストロッド
『考えの甘さが破滅を呼び込むのさ』
★
深夜。
日付がもうすぐ変わろうかという頃、ユウ達は息を潜めて街の地下水道を移動していた。
エル・グリーゼが拠点にしているアジトは街の南東エリア、目標の中央教会は街の中央エリアにある。
壁に等間隔で設置されたマジックアイテムによる微かな明かりの中、流れる水流とユウ達十三人の足音だけが響いた。
(これ、見張りがいたらバレるんじゃないのか?)
ユウはこの足音だけで敵に見つかりそうな気がして不安になってきた。
それでも、ここで口を開けば状況を悪化させるだけだと思って我慢する。
先頭を走っていたロトが足を止め、手を上げて後ろに合図をした。
最後尾をステラと並んで走っていたユウも足を止める。
ロトが無言で横の壁を指差した。
(ここが隠し通路になってるのか。)
ユウはミーティングの時に聞いた話を思い起こす。
エル・グリーゼが中央教会の敷地内にある大聖堂へ侵入する為に開けた穴。
この穴は大聖堂の下まで横に伸び、そのまま上に昇って地下にある部屋の一つにつながっている。
男性陣が静かに壁のレンガを外し始めたので、ユウも手伝った。
一つ、また一つとレンガが外され、その奥にある漆黒の空間が姿を表していく。
穴は最終的に人一人が通れるぐらいの大きさになった。
ロトは魔法袋から照明のマジックアイテムを取り出した。
早い話がペンライトだ。
細長いボディを捻って起動すると、仄かな明かりが暗闇の奥を照らし出す。
彼は何も言わずに一度だけ大きく頷いてから足を踏み出した。
その後ろを同じように一人ずつ順番に付いていく。
ユウは最後尾を行こうとしたが、ステラに促されて彼女よりも先に入った。
(狭い……)
通路は入り口同様に人一人が辛うじて通れる広さだ。
先頭のロトの明かりだけを頼りに無言で進んでいく。
しばらくして、ロトははしごがあるところまで辿り着いた。
上を見れば、微かに光が漏れて降り注いでいる。
ロトは無言のままペンライトを消した。
ここから先に明かりを持っていけば敵に気づかれるかもしれないからだ。
息を殺して静かにはしごを登っていく。
(……誰もいないな?)
ロトは床石越しに部屋の様子を探った。
人の気配はない。
ダガーを逆手に握ると静かに床石を外して頭だけを出し、即座に部屋の中を確認した。
(よし、大丈夫だ)
余り使われていない物置らしく、少し物が置かれている以外には他に何もない。
ドアには鍵が掛かっているので、教会の人間には普段施錠された部屋として認識されているのだろう。
――好都合だ。
ロトは穴から出ると、下にいたナルヴィに大丈夫だと合図をした。
それを見て続々と穴から上がって部屋に入っていく。
最後尾のステラが出ると、抜け穴が見つからないようにバーノンが床石を元に戻した。
その間にロトはドアに耳を当てて廊下の様子を確認し始めている。
(足音はない……。後は見張りが立っていなければ……)
音を立てないようにドアノブをゆっくりと回してから、そっとドアを開いた。
即座に頭を廊下に出して周囲を確認する。
(見張りは……、いない!)
すぐに体を戻してドアを閉めた。
もちろん音は立てないようにしてだ。
ロトは結果を待っていたブレッドを見て頷いた。
「行くぞ、ゴーストロッドのある部屋で合流だ。健闘を祈る」
ブレッドが小声で作戦の続行を宣言する。
ここから先に進めばもう後戻りはできない。
彼の言葉を確認したロトは再びドアを開けると、今度こそ部屋から廊下に出た。
彼と同じCパーティであるダリア、ナルヴィ、バーノン、ユリアンが後ろに続いていく。
彼らの後ろ姿を見送ってから、ブレッド達Bパーティも動き出した。
こちらのメンバーは彼の他にソフィア、イゴール、ジュリエッタだ。
予定通り中央ルートを静かに走っていく。
「私達も行こう」
最後に残ったユウ達Aパーティ。
部屋の扉を静かに閉じた後、リーダーとなったリアに促される形で彼らも右ルートを走り出した。
(人の気配が少ない……。いや、少ないどころか……)
――全く無い。
リアは前回侵入した時とのギャップの大きさに警戒感を強めた。
(前に来た時はこの時間でも見張りがいたはずだが……)
彼女達以外に廊下を移動する影は一切見当たらない。
女神教が国王軍と合同で大規模な遠征を行っているというから、これが外に人を出した影響である可能性は高い。
とはいえ、前回に比べてあまりにも呆気ないので、リアは確信が持てずに測りかねていた。
ユウ以外の四人の様子を窺うと、どうやら同じように戸惑っているようだ。
しばらく走ると十字路に差し掛かった。
(ん?)
……なんだろうか?
ゴーストロッドのある部屋に行くためには、この十字路をまっすぐ直進する必要がある。
だが、ユウはなぜか右方向が気になった。
特に理由は思い当たらない。
――だが気になる。
勝手な行動を取っていい状況でないのは理解しているので、ユウは誘惑に乗りたい気分をぐっとこらえた。
後ろ髪を引かれる思いで十字路を通り過ぎる。
(どうしたんだ、ユウの奴?)
横を走っていたラルフがユウの行動を見て小さな疑問符を浮かべた。
だがその方向を確認しても目を引くようなものは何も無い。
それよりも今はゴーストロッドだとすぐに気持ちを切り替えた。
(あと少し! 今度こそ!)
二人の前を走るステラが拳を握りしめる。
『そう。もう少しで、お別れだ。』
「――!」
ユウの耳にグレイファントムの声が聞こえてきた。
だが周囲を確認してもその姿は見当たらない。
ゴーストロッドのある部屋まで後少し。
ステラがユウに気づかれないように息を飲む。
ユウ以外の四人はいよいよこの時が来たのだと最後の覚悟を決めた。
原因不明の病、白死病。
その恐怖に怯えることはもう無くなる。
ゴーストロッドを破壊し、この敵地から全員で帰還するのだと。
★
(……ここか。)
両開きの扉、その前で先頭のラプラスが立ち止まった。
その行動を見てユウも理解した。
ここに目的のアーティファクトがあるのだと。
ラプラスは口に指を当てて静かにしてくれと他の四人に伝えながら、耳を扉に当てて中の物音を探った。
ラルフが静かに剣を抜いて周囲を警戒する。
相変わらず物音は無い。
(この音は……)
扉の奥から物音がするのを確認したラプラスは静かに扉を開いて中を確認した。
そして部屋の中で動く人影の正体を確認して安堵の表情を浮かべる。
(俺達が最後だったか)
部屋の中では既に到着した他の二つのパーティがゴーストロッド破壊の準備をしていた。
ラプラスは他の四人を促して中に入らせると、廊下に誰もいないことを確認しながら扉を閉めた。
(これが……ゴーストロッド?)
ユウはその神々しさに一瞬飲まれそうになった。
圧倒され、唖然として一歩を踏み出す。
二階建ての劇場か議会場のような部屋の一番奥。
ここが議会場だとすれば演説者が立つのであろう場所に設置された台座、そこに聖剣の如く突き刺さった装飾杖。
それは人間の身長よりも長く、人の腕よりも太い。
常時放たれる黄白のオーラがその神聖さを強調している。
(これが……、本当に白死病の原因なのか?)
そんな禍々しいものには見えない。
それがユウの率直な感想だ。
そんな様子を余所に他の面々はロッドの周辺に爆薬をセットしていく。
「ラプラス……。」
「ん? なんだ?」
ユウは思わず近くにいたラプラスに話しかけた。
「これがゴーストロッドなのか?」
「……? ああ」
ラプラスはユウの意図がわからずに曖昧な返事をした。
「見た目に騙されるな? これが白死病の原因なのは間違いないんだ」
代わりにその意図を汲み取ったのはバーノンだった。
だがその言葉もユウの不安を掻き立てる。
――何かがマズい。
何がどうマズいのかはわからない。
だが、これを壊せば何か都合の悪いことが起こる気がしてならなかった。
なんとか気持ちを落ち着かせようとした時、部屋の隅になる黒水晶の結晶がユウの目に入った。
(でかい……。)
ゴーストロッドの光のせいであまり目立たないが、人間よりも大きい結晶だ。
このサイズだと金銭的にもかなりのものだろう。
ユウはもっと近くで見ようと黒水晶に向かって歩いた。
その間にも他の面々は爆破の準備をしている。
普通の爆薬ではなく、魔法的な破壊をもたらす特殊なタイプらしいが、そもそも爆薬の知識全般を持たないユウに手伝えることはない。
邪魔にならないように注意しながら黒水晶に近づく。
遠くからは漆黒に見えた黒水晶も、近くでみると僅かに透けているのがわかる。
(……光ってる?)
よくよく見てみれば、微かに脈打つように光っている気がする。
だがゴーストロッドの光のせいでよくわからない。
ユウはもっとよく見ようと黒水晶を覗き込んだ。
(……え? これって……。まさか、人?)
覗き込んだユウが黒水晶の中に見つけた物体。
それはまるで等身大の人の形をしているように見える。
もっとよく見よう。
ユウがそう思った瞬間、背後から男の声が響いた。
「そこまでだ! 背教者ども!」
ユウが、そしてエル・グリーゼの面々が一斉に声の方向に振り向く。
二階部分にずらりと並ぶ、武装した女神教徒。
白地に青、そして金。
もはやそれが普通の女神教徒でないことはユウにも即座に理解できる。
女神教最精鋭。
そして同時に最右翼。
――過激派実働部隊、ホーリーウインド。
「待ち伏せか!」
「くそっ!嵌められた!」
ブレッドとロトが同時に叫んだ。




