5:社交辞令は結構大事だ
『人材だの人財だの、言葉遊びに熱を上げる連中は何もわかっちゃいない』
★
次の日の朝。
ユウは目をこすりながら朝食を貰いに部屋を出た。
「眠い……。」
「夜更かししたんですか?」
調理場兼食堂として用意された部屋でピラフを食べながら、給仕係に就任したアイナと話す。
朝からピラフはどうなんだという気もしたが、彼女の作った料理は相変わらず美味いのですぐに気にならなくなった。
「本読んでたんだけど、いつの間にか寝てた。……結局何時に寝たんだろ?」
時計を見ていなかったので、自分が実際に何時間寝たのかがはっきりわからない。
そこまで睡眠不足が深刻というわけでもなさそうなのが救いだ。
「おいおい、そんなので大丈夫かよお前」
ロトも食堂に入ってきた。
その姿を確認したアイナがテキパキともう一人分の朝食を用意し始める。
そしてユウの正面に座った直後に彼の分のピラフが出て来た。
(女子力高いな……)
おそらくはエル・グリーゼでも最強の女子力の持ち主なのではないかと、ロトは感心した。
しっかり者の妹キャラというのも彼的には高評価だ。
と、そこまで考えて正面のユウの存在を思い出す。
「昨日ブレッド達と相談したんだ。たぶん今夜辺りに潜入することになる」
「え? もう?」
ユウは口に運びかけていたスプーンを止めた。
「俺達が王都入りする直前に王国と女神教の連合軍が北東に出発したらしい。結構な規模だったらしいから、中央教会は手薄になってると思って間違いないだろうな」
「昨日はさっさと寝るんだった……。」
本なんて読んでないでゆっくりと寝ておくんだったと後悔する。
王都に移動してきたのは昨日。
まさかその翌日に早速とは思わなかった。
ただでさえ困難が予想されるというのに、万全の状態で臨めないかもしれないと思うと少し焦る。
「いや、待てよ。夜に潜入するんだったら、今から寝ればいいじゃん。ちょうど眠いし。」
「なんだよ、寝不足か? 別に寝てもいいけど、せめてミーティング終わってからにしろよ? ブレッドが今日の朝までには決めるって言ってたから、行くとしたら昼までにはやるだろうし」
ロトがそういった直後にブレッド本人が食堂に入ってきた。
「今夜行くぞ、飯食い終わったらミーティングだ」
どうやら話を聞いていたらしい。
ブレッドは怠そうな様子でロトの隣に座った。
アイナがテキパキとブレッドの分のピラフを用意する。
「悩んだみたいだな?」
ロトはブレッドの様子を見て夜遅くまで考えていたのだろうと推測した。
「まあな。戦力がごっそり抜けた直後だと向こうも警戒してるだろうし、もう少し気が緩んでからにするか迷った」
そう言いながらブレッドはコップの水で喉を潤した。
彼も朝からピラフはどうなんだと内心で思いながらスプーンを動かし始める。
水分が多めなので予想外に食べやすい。
(これが……、女子力!)
「……?」
どうやら一晩悩んだせいでブレッドの脳みそも疲れているらしい。
アイナはそんな彼の様子を見て、頭の上に疑問符を浮かべていた。
★
みんなが朝食を取り終えた頃を見計らって、このアジトで最も大きな部屋に全員が集められた。
もちろん今夜のことを話すためだ。
倉庫番のクルトやイルマ、完全な非戦闘員であるアイナもいる。
「というわけで、今晩中央教会に潜入するわ。目標はもちろんゴーストロッドの破壊ね」
ぐったりしたブレッドの代わりにソフィアが今夜の計画について説明した。
中央のテーブルの上には神殿内の概略図が広げられている。
そこには侵入地点と思われるバツ印が一つと、三つの矢印が書き込まれていた。
バツ印を起点に伸びた矢印達はそれぞれが異なるルートを通って最終的に同じ部屋で合流している。
(この部屋にゴーストロッドがあるのか。)
ユウも概略図を覗き込んだ。
それぞれの矢印にはこの世界の文字でそれぞれA、B、Cと振ってある。
「ルートは前回と同じよ。侵入経路はまだ向こうにバレていないみたいだけど、大人数だと目立つから侵入後は三つに別れましょ」
そういってソフィアは備え付けの小さめの黒板にパーティ分けを書いていく。
ユウはAパーティ、侵入地点からゴーストロッドのある部屋に対して右側のルートだ。
(お、ステラと一緒だ。)
同じパーティにステラの名前があるのを見つけたユウの表情が明るくなった。
他のメンバーはリアとラプラス、それにラルフだ。
どうやら前衛と後衛のバランスを考えたわけになっているらしい。
他の二つのパーティも似たような構成になっている。
ただし……。
(俺のパーティだけ、一人多い……。)
参加者は全部で十三人いる。
BパーティとCパーティの人数は両方とも四人ずつだ。
だがユウのいるAパーティだけが五人になっている。
「俺は戦力外か……。」
その意図を即座に汲み取ってユウは肩を落とした。
影の薄いラルフがカウントされ忘れている可能性を少し疑ったが、そんなわけがない。
「べ、別にそういうわけじゃないのよ? ……ねえ?」
ソフィアがリアにフォローを懇願するように視線を流した。
「もちろんだ。ちゃんと期待しているぞ?」
思ってもいないことを平然と言ってのける辺り、リアもやはり貴族だといえる。
もっとも、それぐらいの腹芸が出来なければ貴族として今後やっていくことは出来ないだろう。
今のところ、彼女が平静を装いきれなかったのはラプラスと手を繋いだ時だけだ。
「そうだよ。ユウくんだってちゃんとした戦力なんだよ? 一緒に頑張ろうね?」
――ステラの追撃!
――ユウは社交辞令を真に受けた!
「わかった。どこまでやれるかわからないけど頑張るよ。」
ユウの目は怪しい宗教で洗脳されたかのように輝いている。
……いや、ここは恋する少年のピュアな瞳という表現に訂正しておこう。
(単純すぎ、流石は童貞……)
様子を眺めていたナルヴィは明後日の方向を見て半笑いだ。
彼女もユウがそのパーティに振り分けられた意図には気がついているので、積極的にフォローに入ろうとはしなかった。
ユウに対してストレートにその辺の事実を伝えないというのは、エル・グリーゼとしての決定事項なので我慢して従うことにはしているのだが……。
やはり死ぬ可能性がダントツに高いにも関わらず、そのことを本人に伝えないというのは気に食わない。
「よくわからないんですけど、ユウさんはオマケ扱いってことで良いんですか?」
事情をよく知らないアイナが小声で横にいたラルフに訪ねた。
「あ、ああ……。まあそんなとこ……、かな?」
ラルフはアイナの質問に対して歯切れ悪く答えた。
完全な非戦闘員である彼女に対してはっきりとは言いにくい。
この場にいる人間の中ではユウとアイナだけがこの一件の事情を詳しく知らない。
エル・グリーゼに参加したのが前回のゴーストロッド破壊失敗以降なのだから無理もないのだが。
「とりあえず、今晩が勝負なのは間違いないんですよね? それじゃあ、お昼と夜は力の付きそうなもの作りますね!」
(いい子だ……)
男性陣はアイナの屈託ない笑顔と態度に癒やされた。
ナルヴィは呆れたような顔でその様子を見ている。
「単純なのはユウだけじゃなかったわ……」




