3:弾け飛べよお前ら
『恋は盲目とは言うが、そもそもそれが恋である保証も無い』
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イルマがレッドノート邸を訪れた数日後、エル・グリーゼの面々はいくつかのグループに分かれて王都ノワルア入りしていた。
ユウはリアとラプラス、そしてステラの三人と一緒だ。
周囲には時々俯きながら歩いている人が混じっていたが、程度の差こそあれ、全員体が白くなっていた。
白死病。
ゴーストロッドが原因で発生していると言われる病気だ。
徐々に体の色素が抜けて白くなっていき、最後には死に至る。
完治はおろか、症状の進行を遅らせる手段すら見つかっていない。
自分の身に白死病が発症したと理解した人々は恐怖と諦観の中で残された日々を過ごしていた。
「いい? はぐれちゃダメだよ? 知らない人にもついて行ったりしないでね?」
王都の門をくぐった直後、ステラが子供を遠足に送り出すような調子で心配そうにユウに注意した。
「大丈夫だって。とりあえずステラについていけば間違いないんだろ? なんなら手でもつないでくれたら間違いないって。」
ユウは仄かな期待を込めて言ってみた。
上手く行けばステラと手をつなげる。
ダメでもまあ、誤魔化しは聞くだろう。
「え? わ、わたしがユウくんと?! だだだ、だめだよそんなの!」
やっぱりダメかとユウは内心で少しだけ肩を落とす。
確か、アスクでフェラルホードから逃げるときに手をつないだことがあるはずなのだが……。
ループしてしまったからステラは覚えていないだろうけれど。
(やっぱりちゃんとした理由がないとダメか……。)
あの時はユウがステラの魔法ライトフェザーの効果を受けるために手をつないだ。
有事の際でなければ厳しいかとユウは結論付けようとした。
「で、でも……。はぐられると困るし……、つなごうか?」
「なん……、だと……。」
顔を赤くして手を伸ばすステラに応えるかのように、ユウの脳内でファンファーレが鳴り響く。
まさかの逆転勝利。
「これが……、リア充。」
感慨深い様子でユウはステラと手をつないだ。
気分は既に人生の勝者そのものだ。
のろけた気分と緩んだ顔でステラと並んで街の中に入っていく。
「アスクより大きい街だね。国の名前と同じなんだっけ?」
「そうだよ? 街の方が先に出来たんだって」
楽しそうに歩いていく二人の様子を後ろからリアとラプラスが見ていた。
リアは二人の後ろ姿に向けて困ったような視線を、ラプラスはそれに嫉妬と羨望を上乗せしたような視線を向けている。
「リア様、もうこの場であいつをぶっ殺したいんですが」
「我慢しろラプラス。気持ちは良くわかるが我慢しろ。私も正直同じ気分だが我慢しろ」
リアがまったく咎める気のなさそうな声でラプラスを止めた。
男に向けて愛想を振りまくような性格ではない彼女も、そういうものに対する憧れは年頃の女の子相応にある。
そこに貴族の娘としての葛藤も加わって、彼女もまたユウを一発ぐらい殴っておきたい気分になっていた。
実際にラプラスが行動を起こしたとしても、きっと彼女が止めに入ることはないだろう。
「はあ……」
つながれた二人の手を見てラプラスは溜め息をついた。
横目でさりげなく、隣にいるリアの手を見る。
(いいなぁ……。俺もリア様と……)
貴族のリアと平民のラプラス。
本来ならば叶わぬ想いでしかない。
しかし目の前でユウがステラに手を繋いでもらっているのを見ると、僅かな希望に縋りたくもなってくるというものだ。
――果たして愛の女神は存在するのだろうか?
――それとも愛の天使が実在するのだろうか?
いずれにせよ、この時の彼女達はラプラスに微笑んでくれた。
(――! そうだ!)
まさに天啓だった。
「リア様」
「ん? なんだ?」
「ユウ達だけが手をつないでいると不自然です。俺達も手をつなぎましょう」
「わ、私達もか?!」
リアの表情は狼狽えている。
仮面に隠れているせいで彼女の顔が赤いかどうかまではよくわからない。
だが動揺しているのは確かだ。
「ダブルデート中のカップルの振りをしましょう。それが一番自然です」
「そ、そうか?! まあ、そういうことなら……。仕方がないな、つなぐか」
そう言ってリアが恥ずかしそうに手を差し出した。
年頃の男の子と手を繋いで歩くのは彼女にとって初めての経験だ。
パーティで踊ったりしたことならあるのだが、それはあくまでも公的なお付き合いに過ぎない。
ラプラスは内心で拳を天に突き上げたい気分に狩られながらその手を掴んだ。
リアの手を引いてユウ達の後を歩き出す。
「ど、どうだ? これで周りからはカップルに見えているか?」
リアが周囲の視線を気にしながらラプラスを見た。
こうして堂々と手を繋いで歩けるとは、正直言って全く予想していなかった。
(あとは家柄さえ釣り合っていればな……)
リアは身分の違いというものを改めて恨めしく思った。
相手も同じことを考えていると気付くには、少々恋愛経験と客観性が足りなかった。
「大丈夫です。心配ならこうして……、これで完璧」
ラプラスが指を絡めるように手をつなぎ直す。
所謂、恋人つなぎというやつだ。
「……? これで完璧、なのか?」
リアは恋人つなぎを知らなかったらしく、目を丸くしてラプラスに尋ねた。
「完璧です」
意味は知らなくとも、普通に繋ぐよりも密着度は上がる。
それを意識したせいか、二人とも顔が赤い。
手をつないでいる以外は普段と何も変わらない、ただ普通に歩くだけ。
それでも、メインアジトに到着するまでの間、二人の表情は嬉しそうだった。




