2:女子力の高さに意味がある
『何かにはなれる。誰かにはなれない』
★
ユウがラプラスに付いていくと、正面からイルマが一人で歩いてきた。
もちろんユウは初対面だ。
まだ彼女の名前も知らない。
「なんだ、どうした?」
「んー、ちょっとお花摘みに」
イルマがイタズラっぽい顔で答える。
(……誰だろ。)
知らない女の子が普通にラプラスと話すのを、ユウは後ろで黙って見ていた。
ラプラスがタメ口なのを見る限り高貴な身分ではなさそうだが、それでも彼女が自分より上の立場である可能性を考えると迂闊なことも言えない。
「そっちは”初めまして”、でいいのかな?」
イルマが体を傾けてラプラスの陰から覗き込むようにユウを見た。
その仕草は、ユウに表裏がなさそうな女の子だという印象を与えるに十分だ。
「初めましてでいいですよ。ユウ=トオタケです。」
「イルマ=ラウンチだよん。よろしくね」
イルマがブイっと力強くピースしてみせる。
「よろしくイルマさん。」
「イルマでいいよん。敬語もいらないし」
「あ、ああ……、じゃあ俺もユウでいいよ。」
イルマのテンションに押されるユウの様子を見てラプラスが苦笑いした。
完全に彼女のペースだ。
「それじゃ、私は急いでお花を摘みに行かないと。また後でねー」
イルマが手を振りながら去っていくのを、ユウとラプラスは彼女よりも低いテンションで見送った。
何だあれは、と言わんばかりの顔でユウがラプラスを見る。
「あいつもエル・グリーゼだ。王都にあるアジトの担当だから今までこっちにいなかったけどな」
ラプラスは溜息をついた。
割りと固い性格の彼もイルマのノリにはついていけないらしい。
ユウはその説明を聞いて彼女が去った方向を見た。
彼女の姿はもう見えない。
お花摘み……、なんとなく彼女のお花畑には金色の蝶が大量に舞っていそうな気がした。
「とりあえず先に行こうぜ? たぶんあいつが来るまで始まらないだろうけどな」
「え? なんで?」
歩き出したラプラスを追ってユウが慌てて横に並ぶ。
聞いた直後に彼女もエル・グリーゼのメンバーだったと思いだした。
要は全員揃わないと始まらないと言ったわけだ。
馬鹿なことを聞いたと内心で少し後悔する。
「王都に行くんだから、あいつがいないと詳しい話ができないだろ?」
だいたい想定内の答えがラプラスから帰ってきた。
「王都ってどんなとこなんだ?」
「アスクよりもっとデカイ街だぞ。あとかわいい女の子も多い気がする」
「わかった、後でリアに言っておく。」
「待て、話せばわかる」
「冗談だって。」
「……本当だろうな?」
ほぼ百パーセント冗談で構成された会話をしながら部屋に向かう。
部屋に到着すると既にみんな集まっていた。
イルマが戻ってきた後、ブレッドがこれからの予定に関して説明していく。
「というわけで、これからまた王都のアジトに移動する。何か質問はあるか?」
「俺達はどうしたらいいんだ? こっちで新しいアジトを立ち上げるか?」
最初に質問したのはラルフだ。
彼とバーノンの仕事はアスクで使うメインアジトの確保と管理。
この街でエル・グリーゼが使える拠点はまだレッドノート邸とサブアジトが残っているが、レッドノート邸はどちらかといえばエル・グリーゼというよりもレッドノート家の拠点になる。
自分達の裁量で使えるアジトが一つだけというのは、彼らの感覚でいえば心許ないと言う他無い。
かといって再び訪れた千載一遇のチャンスを前に、投入する戦力を減らすのもどうかというものだ。
「ラルフとバーノンも一緒に王都だ。これを逃したらいよいよ次がいつになるかわからないからな。クリスティとアイナは残ってサブアジトの管理をしてくれ」
「わかったよ」
ラルフの横にいたイゴールも無言で頷いた。
彼もブレッドの判断に異論はない。
前回の敗走の傷から立ち直るよりも早い再戦。
だがこれを逃せば次がある保証はない。
「他にはないか? ないなら――」
「ねえ、一応確認なんだけどさ……」
話を切り上げようとしたブレッドにナルヴィが割り込んだ。
周囲の視線を集めた彼女はユウの方向を見る代わりに親指で指した。
「連れてくわけ?」
「ん?」
彼女の声も顔も少し不機嫌そうなのは気のせいだろうか?
(なんで怒ってんだ? 昼飯のメニューが嫌いなものばっかりだったのか?)
そんなわけが無い。
ただ、彼女に対するユウの認識はそういう感じだ。
だがナルヴィの次の発言で周囲が凍りついた。
「ぶっちゃけ死にに行くわけでしょ?」
「それは……」
ステラが思わず呟く。
ユウの視点で言えば、つまりは正面切っての戦力外通告である。
戦力にならないと、死にに行くようなものだと、そういう意味でユウはナルヴィの言葉を受け取った。
他のみんなも気まずそうな目でユウを見るか、あるいはユウから目を逸らす。
彼らの視点で言っても、ユウが行くとすればそれは殺されに行くという意味と同義だという認識で共通している。
「お前、正面向かってそれは流石に酷いだろ。いや、……まあ、ホントのことだけど。」
正直に言うと、ユウ自身もそれに関して異論は無い。
先日の戦いでも生き残れたのは運が良かっただけだと思っている。
むしろ下手に当てにされて鉄火場に放り込まれるほうが勘弁だ。
そういう観点から見てみると、ナルヴィの発言がむしろ助けのように聞こえてくるから不思議なものである。
実際、彼女も不器用なりにユウのことを考えての発言だったので、その意図の肝心なところはしっかりと伝わっていたと言えなくも無い。
そのことに目聡く気が付いたのはイルマだ。
「あれぇ? ナルってばもしかして……」
「……? なによ?」
ナルヴィが少し不思議そうな目でイルマを睨む。
「実はユウのこと男の子として意識しちゃってるとかそういう……。ごめん、ないわ」
イルマは一人で勝手に盛り上がってそのまま納得した。
「そりゃないでしょ、相手がユウじゃねぇ?」
ナルヴィも半笑いする。
イルマを咎めたわけではない。
むしろ全面的に彼女の言に同意した。
彼女達の中ではユウは男として『ない』そうだ。
「これ、やっぱり俺が可哀想じゃね?」
「まあ気にすんなよ」
どういうわけかシスコンに慰められた。
こいつのメンタルの強さを見習いたいところではある。
「話、戻してもいいか?」
イルマのせいでだいぶ緩んでしまった空気をブレッドが元に戻そうとする。
まあ戻りきらないわけだが。
「で、連れて行くん……、だよな?」
ブレッドが今度はリアの様子を窺う。
ユウはリアの従者なので権限は彼女にある。
スポンサーであるレッドノート家の代表でもある以上は、全て彼女次第だ。
みんな視線を集めたリアは、腕と脚の両方を組んで考えるように目を閉じていた。
「ユウは連れて行く。元からそのつもりだ」
ステラがほっと安堵のため息をついた。
「……?」
その瞬間が視界に入ったユウだったが、鈍いことこの上ないのでその意味に気がつくわけもない。
(鈍い……)
(にぶいねぇ……)
ナルヴィとイルマは互いに視線を合わせて小さく苦笑いした。
この二人だけではない。
当人達を除いた残り全員の感想だった。
「あの……」
アイナが恐る恐る手を挙げた。
別に発言するのに挙手が必要なわけではないのだが、周囲の目にはそれが彼女らしい行動に映った。
「ユウさんが行くなら、私も連れて行って貰えませんか?」
「あら、別に無理しなくてもいいのよ? 危ないし」
ソフィアがアイナを諭すように応えた。
(え? じゃあなんで俺は連れて行かれんの?)
ユウは自分との扱いの差に戸惑った。
確かにアイナと比べるならユウの方がまだ戦力なりそうではある。
が、それはあくまでもどちらがマシかというレベルの話でしかない。
やはり自称フツメンの男と、か弱い女の子とでは存在価値が違うということなのだろうか。
「でも、私も皆さんの役に立ちたくて……。お願いします、雑用でもなんでもいいですから」
そう言ってアイナが頭を下げた。
ポニーテールが可憐に揺れる。
「まあ、いいんじゃないか? 向こうに行ってもしばらくはアジトに潜むことになるだろうし」
ブレッドが頭を掻いた。
他のみんなもいいんじゃないか的な雰囲気を醸し出している。
(俺は微妙だけどアイナはいいんだ……。)
ユウは少しへこんだ。




