49:眺める者達
『真の罪人は翻訳家ではないかと思うことがある。神という言葉が指す存在は全ての言語で同じではない』
★
金色の蝶が静かに羽を休める深夜。
アルトバでもモンドとの戦いを眺めていた男達二人は、危機を乗り越えたユウの眠るレッドノート邸を外壁の上から見つめていた。
例によって彼らの周囲には結界が張られ、その姿に気が付く者はいない。
天頂の月は姿を見せず、地平線の月はその図体に似合わず控えめに輝くだけだ。
「これまた随分と手間取ったのう……。まさかまた何も使わずに終わるとは思わんかったわい。ここまで来るとひとつの才能かと思えてくるわ」
外壁の上に胡坐をかいた老人が顎髭を撫でながら苦笑いする。
「二度目でこれは……、流石に何も言えないな。」
その隣に立っていた仮面の男も表情こそ見えないながら、その声に戸惑いを滲ませている。
冷静さは保ちつつも、まるで部下の教育に苦労する上司のような調子だ。
「まったく。これだけお膳立てされておるというのに、勝ちの芽を尽く摘んでいきよる。見たか? グレイファントムがヤケを起こして自分でユートピアの男を始末しとったぞ? あんなのはワシも初めて見たわい」
「アンタがそう言うとなれば相当か……。参ったな。」
仮面の男はユウが眠っている部屋を見た。
漆黒の目から感じ取れる感情はない。
だが仮面の奥の目はしっかりとその方向を見つめていた。
「ここまでは味方を使って凌いでおるが……、味方が頼りにならなくなった時点で行き止まりじゃろうて。そこまでに多少は使いこなせるようにならねば……、のう?」
「頭が痛いな……。」
金色の蝶が静かに飛び立つ。
月明かりを僅かに反射して輝いた。
「そういえば、あちらは見ていかんのか?」
老人は笑みを浮かべながら、ステラ達エル・グリーゼが眠る方向を親指で指した。
仮面の男は一瞬何のことかと考えてから、老人の意図を汲み取った。
「ああ、あいつらの方はあいつらで動くんだそうだ。特に俺がやることはない。」
「なんじゃ、つまらん」
「残念だったな。」
老人は口で言うほど残念そうには見えない。
その会話そのものを楽しんでいる感じだ。
酔っ払いが道の向こうから歩いて来たのを面白そうに眺めている。
もちろん、その酔っ払いが彼らの存在に気づくことはない。
「次は王都か。さて、今度はどんな反応をするかのう」
「さあな。」
「他人事じゃなかろうに」
老人が静かに笑う。
「今の俺にできることは何もないさ。」
「それもそうじゃのう。直接手を出せれば早いが、都合の良い時だけというわけにはいかんか。結局、最後は自分の手で道を切り開かせる以外にあるまいて」
老人は昔を懐かしむように遠くを見つめた。
その先には地平線の月がひっそりと佇んでいる。




