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48:蚤の市

『考えつくだけの全てをやった。それだけは確かだ』



 騒動があってから数日後、ユウはレッドノート邸の自分の部屋で新聞を読んでいた。

 U&Bの追撃部隊との戦いに勝利したエル・グリーゼは、直後に発生したフェラルホードの隙間を掻い潜ってレッドノート邸まで辿り着いていた。

 新聞の記事を目で追いながら腹をさする。

 直剣の男から受けた傷はまだ少し残っている。

 動いても別に支障はないが、やはり傷を完治させる魔法というのは相当に難易度が高いらしい。

 結果として、ユウだけでなくラルフとパウロ以外の全員がレッドノート邸で休養を取ることになった。

 仮にも貴族の家なだけあって寝具はこちらの方がいい。

 

(やっぱり進展は無しか……。)


 テーブルの上に広げた新聞はリアに頼んで一部余分に買ってもらったものだ。

 そこにはフェラルホードについての記事が載っていた。

 街の人々がいつのまにか深夜に東の倉庫街に集結していた怪事件と書いてある。 

 倉庫の一つが爆発物で完全に破壊され、そこに巻き込まれた住民は数百人規模。

 おまけに周辺に集結していた人々は皆一様にそれまで記憶がないということで、様々な憶測が流れていた。

 街の領主は女神教と共同で邪教徒の儀式によるものだという声明を発表して混乱の収束を図っている。

 具体的にU&Bの名前は出ていないようだ。

 ユウ達やホーリーウインド以外で正気を保っていた人間は現時点で見つかっていないため、おそらくはこのまま真実を握り潰すつもりなのだろう。

 自分達が犯人に仕立て上げられる可能性を考えると、その方がエル・グリーゼ側にとっても都合が良い。


「殺したんだよな、俺も……。」


 ユウは自分の手の平を眺めた。

 あれからもう数日経つというのに、直剣の男を殺した時の感触が生々しく残っている。

 異世界転移モノに限らずラノ――、小説では殺人はよくあることだ。

 だがやはりというかなんというか、妄想するのと実際に体験するのとではワケが違う。

 以前のループでエニグマ達と一緒にウサギを狩ったが、それとはまた別の意味で嫌な感じだ。


 トントントントン。


「はいはい。」


 誰かがドアをノックした。

 まだ気怠い体を引きずってドア開ける。

 どうせラプラスだろうと予想したのだが、そこにいたのはステラだった。

 ユウは自分の体温が一気に一℃以上上昇したのを実感した。


「ユウくん、おはよ。ねえ、今日って空いてる?」


「もちろん。ていうか毎日、朝から晩まで空いてる。」


 ユウはステラの質問に速攻で頷いた。

 このレッドノート邸におけるユウの仕事はリアの護衛と小間使いのみ。

 それとてラプラスの都合が悪い時の予備要員でしかない。

 

 しかも、だ。


 救い出したアイナは他に行き場がないということでエル・グリーゼに入ることになったのだが、戦闘は一切できないということで家事や雑務をせっせと引き受け、その女子力の高さもあってか早々にサポート要員としての地位を確立してしまった。

 となるとユウの立場はいよいよもって微妙だ。

 レッドノート側にはラプラスが、エル・グリーゼ側にはアイナがいるために雑用係としての需要が著しく減衰している。

 早い話、やることが何もない。

 もちろんステラの誘いであれば他に用があっても乗るわけだが、それを抜きに考えても今回は彼女の誘いを断る理由が無かった。

 

「そ、そっか……」


 ステラもそんな事情を察したのか、歯切れが悪い。


「あ、それより、今日から街の真ん中に蚤の市が立つらしいんだけど、良かったら一緒に行かない? 掘り出し物とかあるかもしれないし」 


「行きます。」


 ユートピアにすら対応できそうな反応速度でユウは即答した。  

 あまりの反応の速さにステラが一瞬ビクッ、となった。

 

(そんなにやること無かったんだ……)


 迅速な対応の理由はもちろんステラが相手だからだ。

 つまりは彼女に対するユウの純粋な気持ちの表れだ。

 が、ステラはそれに気が付くことなく、単にユウが退屈していたのだと受け取った。


「じゃあ準備したら行こう? リア達も呼んで来るね」


 それだけ言うと、ステラは意気揚々と行ってしまった。


「やっぱり二人だけでじゃないのか……。」


 ユウはステラの後ろ姿を見送りながら少しだけ肩を落とした。

 ……少しだけだ。



 ステラにリア、そしてラプラス。

 ユウは大体予想通りの顔ぶれと一緒に蚤の市に来た。

 年に数回しか開かれないということもあってか、人々がフェラルホード並みに蠢いている。


「わ、すごい人だね」


 ユウ同様に初めて蚤の市に来たステラも目を丸くした。

 

「はぐれるなよステラ? ユウは……、言っても無駄か」


「え。」

(俺って困った子扱い?)  


 リアの目にはそう見えているらしい。

 まあ比較対象がラプラスでは仕方がないだろう。

 向こうは常にリアを守れる距離を保って歩いているわけだから。


「念のために、はぐれた時に落ち合う場所を決めておきましょうか。あの看板のあたりでどうです?」


 そう言ってラプラスが一番目立つクレープ屋の看板を指さした。

 それを見てリアとステラも頷く。 


「そうだな。万が一はぐれた場合はあそこに集まろう。それでいいな?」


「なんでそこで俺を見るんだ。」


「お前が一番迷子になりそうだからだろ」


 リアに対するユウの抗議。

 だがラプラスに一蹴された。

 ステラも苦笑いしている。


「ひどいな。いくら俺だってそこまで抜けてないぞ?」


 そして数十分後。


「はぐれた……。」


 ユウは人込みの中に一人で佇んでいた。

 フラグというのは回収されてナンボのもんだと自分を慰める。

 

「仕方ない、クレープ屋に行くか……。」     

 

 肩を落としてクレープ屋の看板の前へ。

 だが周囲を見渡してみてもステラ達の姿はない。

 仕方がないので目の前にある古本を見て時間を潰すことにした。

 ワゴンに雑多に並べられた古本達。

 その値段は大半が五十ジン程度、高いものでも百ジン、安いものに至っては五ジンや十ジンの値札がついている。

 軍資金としてリアから小遣いをもらったとはいえ、お金のないユウには大変ありがたい値段だ。


(何かいいのあるかな?) 

 

 ユウは自分が迷子であることも忘れ、胸をときめかせて本の山を漁り始めた。

 

(パンの耳のおいしい食べ方、食パンの耳を一生楽しむ本、食パンの主役は白い部分じゃない、……パンの耳の本ばっかりだな。)


 そういえばブレッドもこんな感じの本を読んでいたことがあったと思い出す。

 異世界の文化なのだろうか?


(お、これなんか良さそう。)


 ユウは青一色の装丁が施された本を手に取った。

 古い本が並ぶ中にあってやけに状態が良い。


(タイトルは書いてない……、っていうか何も書いてない)


 本の外側は本当に文字通り青一色だ。

 いったい何の本なのかと思って最初のページを開いてみた。


 ”この本を読んだ俺へ。初めに重要なことを書いておくので、必ずこれを守った上で読み進めること。”

 ”一、この本の中身は他に人間に知られてはいけない。できればこの本の存在そのものを隠すこと”

 ”一、この本には俺の知っている事実のみを書き込んである。もし書いてある内容に心当たりがなければ、それに関する記憶を失ったのだと思うこと”

 ”一、この本に書いていないことで重要な情報を手に入れた場合は必ず書き込んでおくこと”


(記憶喪失モノか?)


 最初のページを読む限り、結構面白そうな内容だ。

 気になるのは本に書かれている文章が全て手書きということだろうか。

 この世界は印刷技術があまり進んでいないようだが、それでも他の本はちゃんとした活字が使われている。

 

(……同人本?)


 きっと誰かが個人的な創作活動で書き上げた文学作品なのだろう。

 ユウはそう判断して本の値札を確認した。

 五ジンと書いてある。

 ここにある本の中でも最安値。

 貧乏なユウの懐にもやさしい。

 

(どうせやることもないし、何冊か買っておくか。)


 ユウは近くからカゴを取ってきて、青い本をその中に放り込む。

 他にもこの世界の宗教に関する本と歴史について書かれた本をカゴに入れた。

 

「あら、意外なところにいるのね」


「ん?」


 背後から聞き覚えのある声がしたので振り向くと、そこにはリリィがいた。

 その手にはクレープが握られている。

 きっとそこのクレープ屋で買った帰りにユウを見つけたのだろう。

 感心しているのか呆れているのか、なんとも不思議な表情をしている。


「本を漁るなんて柄にないことしてるじゃない」


「どういう意味だよ、それは。」


 ユウはなんとなく自分がからかわれている気がして、呆れ声で反論した。

 なんというか、姉の暇潰しに付き合わされる弟の気分だ。


「アンタにインテリチックなことは似合わないって意味よ。で、どんな本買うの? やらしいやつ?」


 リリィはユウのカゴに入っていた青い本を取り出してページをペラペラとめくった。


「何よコレ。全然――」


「ユウくーん」


「――はっ!」


 少し離れた場所から聞こえた、自分を呼ぶステラの声。

 ユウの耳はその声を正確に拾い上げた。

 まるで宇宙進出に伴って発生した新人類か何かのようにその声の方向に振り向く。

 ステラが自分に向かって手を振りながらこちらに歩いてくる。

 ついでにリアとラプラスもすぐ後ろにいる。

 この二人も迷子になってくれてよかったのに、とユウが思ったのは一瞬だけだ。

  

「あら、本当に友達なんていたのね? 空想の友達だけかと思ってたわ」


「なんでだよ。」

 

 リリィが悪戯気味に笑った。

 そしてユウがリリィと話しているのを見て固まるステラ。

 彼女視点ではユウとリリィが打ち解けて楽しそうに話しているように見えた。

 リアとラプラスはそんなステラの様子に気が付いて、気まずそうな表情を浮かべる。  


「それじゃあ、お邪魔虫は退散するわ。友達百人できるといいわね」


「普通にバカにしてるだろそれ?」


 リリィは青い本をユウのカゴに放り込むと、弟をいじめて楽しむ姉のように笑って去っていった。

 

「なんだったんだ一体……。」


 なんとなく疲れた。

 たまに良いお姉さん的存在感を発揮するかと思えば、それ以外はこんな感じだ。

 なんともよくわからない人だとユウは溜息をついた。


「あの、ユウくん……?」


 背後から聞こえたステラの声に振り返ると、いつの間にか三人がユウのいるところまで来ていた。

 ステラが上目遣いで伺うような視線をユウに向ける。

 その表情を見たユウの体温がまた一℃上がった。

 

「ねえ。今の人……、知ってる人?」


 その声には不安が満ちている。


「いっつもサンドイッチ食ってる人。大丈夫、何もないよ。」


 いつかと同じ轍は踏むまいとしてユウはそう答えた。

 以前のループでリリィと抱き合っているのを見られた時のようにステラを傷つけたりはするまいと気持ちを引き締める。

 そういえば、あの後もリリィに抱きしめてもらったりしている気がするが……、ステラには見られていないからセーフだ。


「……サンドイッチ? なら、いいけど……」


 ユウの予想外の答えに、ステラは毒気を抜かれてキョトンとした表情を浮かべた。

 それを見たユウの体温がさらに上昇する。 


(サンドイッチってなんだろう?) 

 

 この世界においてはステラもまた異世界人だ。

 サンドイッチというのはきっとこの世界にしかない食べ物なのだろうと納得することにした。

 一色触発の修羅場を懸念していたリアとラプラスも後ろで安堵の息を吐く。

 リアはそこでようやくユウが本を入れたカゴを持っていることに気が付いた。


「なんだ、本を買うのか?」


 彼女もまたリリィ同様にユウが本を買うような人間だと思っていなかったので少し感心した。

 ラプラスはそんなリアの反応に密かに関心を示す。


(そうか、読書か)


 どちらかと言えば武人気質なリアを見てあまり重視してこなかったが、だからこそ知的な要素が好印象なのかもしれないと密かに思い直した。

 

「待ってる間、暇だったから見てたんだ。さっさと支払い済ませてくるよ」


 ユウは気を効かせたつもりでレジに向かった。

 ラプラスはともかくとして、リアとステラはお嬢様なのでこんなところには興味ないだろうと思ったからだ。

 ボロい本を漁るぐらいなら目の前にあるクレープ屋にでも行った方が数倍良い。


「そうだ、さっきアクセサリーが置いてあるところ見つけたんだ。行ってみない?」


「それは気が付かなかったな、どの辺りだ?」


 ステラとリアが年相応の笑顔で楽しそうに話しながら歩いていく後ろを、ユウはラプラスと二人でついていった。

 美少女二人というのはそれだけでも目の保養として十分だ。

 ユウはそれ以上何かを買うわけでもなかったが、久しぶりに楽しい時間を過ごした。



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俺の本物を殺しに行く

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