46:最後の二人
『世の中に卑しい職業というものはない。……心の卑しい人が好む職業はあるようだが』
★
立ち上る煙。
大量の屍が混じった瓦礫の山には爆発で生まれた火がまだ燻っている。
「……終わったか?」
アイザックは爆発によって見事に吹き飛んだ倉庫跡の様子を凝視した。
視線の先では未だ狂気に囚われた人々が火傷も顧みずに雄叫びを上げている。
だが最後の大きな爆発以降、U&B側に動きは無い。
どのタイミングでマーダークイーンを解除するべきかとアナスタシアも様子を伺っていた。
……ガラッ。
「ん?」
ドッ、ドッ!
「――!」
瓦礫の一部が崩れた、その直後。
中から二つの影が天に向かって飛び出し、アナスタシア達と同じ屋根に降り立った。
「まさかこんなところで部下を失うことになるとは……、合わせる顔がないな」
二人の内の片方はロドリゴ=シノーネ。
右手に杖を握りしめ、苦々しい顔つきで倉庫に視線を向ける。
「戦いに犠牲はつきものだ。……あいつらだって覚悟はしてましたよ」
もう一人の男の顔はフードに隠れて見えない。
だがその眼光が鋭くアナスタシア達を貫いた。
その両手にはククリナイフが握られている。
「どうやら生贄を追っていった者達にも何かあったらしいな。……魔法陣も破壊された以上、我らの負けは確定か」
ロドリゴは遠くに見える白煙に気が付いた。
生贄が到着しなかった理由を察したのだろう。
自分の判断が甘かったと改めて溜息を吐く。
「それでも……、引く気はないんでしょう?」
フードの男が笑う。
「無論だ。自分だけ命惜しさに逃げ出したのでは、それこそ本当に死んだ者達に合わせる顔がない。冥土で部下達に笑われたくはないのでな」
「そりゃあそうだ」
左手で短剣を抜いたロドリゴに合わせるようにフードの男も両手の武器を構えた。
「ユニコーンアンドバイコーン、ですね?」
アナスタシアが一歩前に出て杖を構えた。
他のホーリーウインドの面々も既に戦闘態勢に入っている。
「いかにも。U&B直下、第十五特別遊撃隊隊長ロドリゴ=シノーネだ。……貴殿が今回の指揮官か?」
「そうです。女神教ホーリーウインド所属、アナスタシア=ティラミスです」
ロドリゴに合わせてアナスタシアも名乗った。
別にここで名乗り上げる必要などどこにもないのだが。
「生贄を連れ去ることでユートピアの発動の妨害と戦力の分散を図り、魔法陣のある本陣を数で強襲する……。今回の襲撃、敵ながら見事だった。お前達の勝ちだ」
(ユートピア? ……異世界魔法でしょうか?)
アナスタシアは内心でどんな魔法だったのだろうかと首を傾げた。
ロドリゴの言い方から、さぞや強力な効果なのだろうと推測する。
「が、こちらも大事な部下達を失って自分だけ逃げ帰るわけにはいかんのでな。……悪あがきはさせてもらおう」
戦闘継続の意思表示。
倉庫を向いて狂喜乱舞する人々を横目に両者が睨み合う。
「お前は退いても構わんぞ? ここからは私のわがままに過ぎん。……本部への報告ぐらいは必要だ」
「水臭いことを。だいたい、帰ったところで他に居場所なんてありませんよ」
「ふっ、それもそうか」
ロドリゴとフードの男が笑う。
既に覚悟は決まっているのだろう。
「魔法使いは私が抑えます、アイザックさんは双剣の方を。隊の半数を預けます」
「マーダークイーンは?」
「このままで。この位置で使い直せば混乱で邪魔が増えますから」
「……死ぬなよ?」
「そちらこそ」
アナスタシアがアイザックに微笑む。
こちらも準備はできたようだ。
「……」
「……」
U&BとHW。
彼らの視点で言えば最初の直接対決だ。
狂気の歓声を背景に、互いに仕掛けるタイミングを伺う。
タンッ!
最初に仕掛けたのはU&B側、フードの男だ。
待ち構えるホーリーウインドに対して一気に距離を詰める。
そもそもU&Bの残り戦力はロドリゴと彼の二人だけ。
二十人以上いるホーリーウインドに対してこの状況で後手に回るのは悪手だろう。
キィン!
彼はアナスタシアを狙うも、アイザックがその前に立ちはだかった。
「お前の相手は俺だ」
「ふん、貧相なナイト様だな」
「ほざけ!」
アイザックが横薙ぎに剣を振る。
バックステップでそれを避けたフードの男に、アイザックの指揮下に入った男達二人が襲い掛かった。
ブシュ! ガシュ!
突き出された剣を捌きながら、フードの男は造作無く二人を斬り捨てる。
「ちっ、魔法で援護しろ!」
アイザックも叫びながら前に出た。
その動きを見てロドリゴも杖を構えた。
「光よ、雨となりて――」
「させません! シャインレイ!」
フードの男を援護するために範囲攻撃魔法を唱えようとしたロドリゴに対し、アナスタシアがすかさず割り込んだ。
彼女の手から放たれた一筋の光が襲い掛かる。
「ちっ!」
ロドリゴは詠唱を中断して横に跳んだ。
詠唱省略の難度が低い魔法とはいえ、相手もやるものだと感心する。
「今です!」
アナスタシアの指揮下に残った十人の内、近接戦闘を主体とする七人がロドリゴに殺到した。
「フレイムウォール!」
ゴォォォォォッ!
炎の壁がロドリゴの周囲に競り上がる。
火勢を見て五人は足を止めたが、残りの二人は炎の無い上から仕掛けようと跳んだ。
「ファイングレイブ!」
ヒュン! バシュシュ!
「なっ!」
アナスタシアは思わず声を上げた。
ロドリゴの頭上まで肉薄した二人、その体を横から風の刃が両断したのだ。
攻撃が飛んできた方向を確認すると、そこにいたのはフードの男。
「魔法が使えないと思ったか?」
ニヤリと笑う声を上げながら、迫るアイザックの剣を捌く。
(……強いっ!)
アナスタシアは敵の力量に舌を巻いた。
個々の戦闘能力では相手の方が上だと認めざるを得ない。
「手数で押します! 軽めの魔法を途切れなく! 後衛は足止めに徹してください!」
「はっ!」
彼女は表情を引き締めて部下に指示を出してから、自分も有利な位置を取るために走り出した。
(半端な攻撃で決めようとすれば上手く捌かれてこちらの犠牲が増えるのがオチ……。一撃で決めるしか無さそうですね)
アイザックの方に視線を向ける。
向こうもフードの男を相手に苦戦しているようだ。
彼女のマーダークイーンにせよアイザックのバックドラフトにせよ、直接戦闘にはあまり向いていない。
(サントスさんかシルヴィアさんにでも来てもらえばよかったかも……)
もう一人、直接戦闘に長けた人間を隊に入れてもらうのだったとアナスタシアは後悔した。
だが今更そんなことを言っても仕方がない。
「シャインレイ!」
牽制としてロドリゴにもう一発魔法を放つ。
難なくかわされたが、それは予想の範囲内だ。
「このっ! そろそろくたばれっ!」
アイザックが叫ぶ。
彼の指揮下にいる後衛は魔法使いと弓使いが一人ずつ。
今はそれ以外の七人でフードの男一人を攻めている。
(こいつ、一体何者なんだ?!)
アイザック達が警戒していることもあってか、最初の二人以降はまだ誰もやられてはいない。
だがこの人数で押して押し切れないというのは久しぶりの経験だ。
無数に繰り出される剣撃を、流れるような動きで見事に捌かれている。
(サントス並みってことか……!)
訓練の時、十人がかりで攻めて勝てなかった相手のことが頭に浮かぶ。
バックドラフトが役に立たない以上、非常に厳しい相手だ。
「……そこだ!」
バシュ!
「うっ!」
僧兵の一人が、下段から斬りこんだところを逆にカウンターで斬られた。
フードの男はその勢いでアイザックに前蹴りを叩き込む。
「ちっ!」
蹴り飛ばされたアイザックがフードの男を睨んだ。
七人で挑んでほぼ互角。
一人が倒れて一人が後方に下がってしまえば五人で戦うことになる。
味方との距離が近いので後衛は支援攻撃に入れないだろう。
「仕方ない、使うか」
アイザックは着地しながら魔法袋に手を突っ込んだ。
そしてそれまで使っていた剣を放り投げると、袋から取り出した漆黒の装飾剣を構えた。




