45:HW対U&B
投稿する話を間違えたので直しました。不覚……。
『守りたいものを守らせてくれるほど、世界は良心的ではない』
★
ユウ達がU&Bの追手と戦っていた頃、アナスタシア達は街の東で件の倉庫を見下ろしていた。
彼女達の視点で言えば、これがU&Bとの初めての戦いである。
「動きがないな……?」
アイザックは静けさを保ったままの倉庫を見て訝しがった。
倉庫の中に人がいる気配はある。
だが先程ユウ達に追っ手を出したにしては大人しすぎる。
金色の蝶も時折月明かりを跳ね返しながら、退屈そうに寝床を探しているようだ。
「確かにおかしいですよねぇ」
アナスタシアはいつも通りのウザイ口調で曖昧に頷いた。
だが本当は相手の意図におおよその見当はついている。
(ユウ様達を追っていた敵の数は確か十人前後だったはず。倉庫の規模から考えて、全体の戦力は多くても三十弱といったところ……。目立たないようにして味方の帰りを待っているわけですか。時間稼ぎが見え見えですぅ)
こちらの戦力で現実的な選択肢は二つ。
一つ目は外に出た敵が戻ってくる前に倉庫を制圧する方法だ。
この場合、一度に相手にする戦力は少なくて済むが、敵が早めに帰って来た場合は挟撃される可能性がある。
また、ユウ達を追っていった敵を取り逃がす可能性も高い。
二つ目は外に出た敵が戻ってくるのを待ってから制圧する方法。
これなら敵を取り逃がす可能性は下がる。
だが、その代わりにほぼ万全に近い状態の敵と正面からぶつかることになるだろう。
「どうする?」
アイザックが横目で伺いを立てた。
アナスタシアはそれには答えずに倉庫を見ている。
柔らかい風が吹く。
今晩の寝床を見つけたのか、金色の蝶の姿は見当たらない。
(ユウ様はどうなったでしょう?)
ユウ達の逃げていった方向は先程から少し騒がしい。
距離があるのでどうなっているかまではわからないが、おそらく追いつかれたのだろう。
アナスタシアが確認したのはユウと知らない少女の二人だけだったが、その人数だけであの騒ぎにはなるまい。
(冒険者と言ってましたし、仲間が助けに入ったんでしょうか?)
だとすれば好機だと判断した。
もしかすると彼らが敵の数を減らしてくれているかもしれないし、少なくとも時間は稼いでくれるだろう。
このまま追っ手の帰還を待たずに倉庫を制圧する方に考えが傾く。
「アナスタシア様、あれを」
ホーリーウインドの一人がユウ達のいる方向を指差しながら小声で耳打ちした。
「爆発……。じゃないな、煙幕か?」
アイザックがその正体を推測する。
追い込まれた直剣の男がアイナを連れ去って逃げるために使った白い煙の塊が夜の街から頭を出していた。
それを見たアナスタシアは即座に結論を出す。
「すぐに仕掛けます、準備を」
その言葉で僧兵達が武器を抜いた。
彼女の経験上、あの規模の煙幕は撤退に使用されることが多い。
もし今回もそうだとすれば、状況が彼女達に有利に動いたか不利に動いたかのどちらかであることはまず間違いない。
敵の本陣が待ち一択である以上、そのどちらであっても仕掛けるタイミングはここだと判断した。
アナスタシアは杖を両手で構える。
「マーダークイーン」
数瞬後、彼女の冷たい声に呼応して街が湧き始めた。
狂気の叫びが街中に木霊する。
U&B側もそれに気がついたのか、倉庫の中が騒がしくなった。
「まずは数で押します。皆さんは奇襲と反撃を警戒してください」
「俺はどうしたらいい? 壁の破壊ぐらいは最初にした方がいいか?」
「アイザックさんは向こうの壁を壊してください。そこから突入できるように」
アナスタシアが倉庫正面の一番大きな扉を指差した。
穴を開けるのであればむしろ側面でもいいはずなのだが、正面から物量で押し切るつもりらしい。
「わかった。……おい」
「はっ!」
アイザックは弓を持っていた僧兵に合図を送ると、魔法袋から手の平サイズの箱を取り出した。
木を組んで接着しただけの箱は蓋が開かないように細い紐で縛ってある。
それをアナスタシアが指差した扉に向かって投げつけた。
扉にぶつかった箱は音を立ててから地面に転がる。
――何も起こらない。
僧兵はその箱に向けて矢を引き絞った。
シュ!
僅かな風切り音と共に矢が真っ直ぐに地面の箱へと向かう。
そしてカン、と軽い音を立てて矢が突き刺さった。
――ドンッ!
箱が爆発した。
土煙が舞い、パラパラと細かい木屑が地面に落ちて音を立てる。
倉庫の扉は壊れ、人が何人も通れるような大きな穴が開いた。
「女神様ばんざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
狂気の叫びを上げながら男が全力疾走で倉庫へと走ってくる。
まるで水が高いところから低いところへと落ちるが如く、開いたばかりの穴に吸い込まれるように飛び込んでいった。
そこに一切の躊躇いはない。
ドシュ!
穴の奥から人が斬られる音がして、同時に飛び込んだ男の声が止んだ。
誰が斬られたのかはもう明らかだろう。
「邪教徒を殺せぇぇぇぇぇ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
次々と狂気に囚われた人々が集まってくる。
武器を持っている者もいれば素手の者もいる。
素足の者もいれば全身に鎧を着込んでいる者もいる。
地位、性別、年齢、知力、財力、魔力、装備、そして健康状態。
様々な要因を問わず、街中の人々が熱狂と共に倉庫へ殺到した。
★
「なんだこれは……」
U&Bの倉庫内。
二階の窓から外の様子を確認した隊員の一人は絶句した。
倉庫の周りは既に群衆に囲まれ、街中からさらに押し寄せてきている。
「魔法?! それとも何かの能力か?!」
U&Bの隊員は全員が異世界であるストラの人間だ。
リーンの魔法には疎い故に、この現象が通常の魔法によるものである可能性を排除しきれなかった。
この群衆を真正面から打ち破るか、あるいは術者を見つけ出して止めるか。
その二択が頭をよぎる。
だが、戦力の半数近くは逃げた生贄の追跡に出てしまっている。
生贄無しではユートピアの発動もできない。
いくらなんでも残った半数だけでこの数と戦うのは無謀だ。
「魔法が使えるものを中央に! 他の者は周りを固めろ! 入ってきたところを仕留めるんだ!」
隊長であるロドリゴの声が響いた。
その声に従って、隊員達は件の魔法陣を中心にテーブルや荷箱でバリケードを作っていく。
大きな空間の両脇に部屋が並んでいるこの倉庫においてこの陣形を取るということは、魔法による施設の損害を許容したに等しい。
特に側面の部屋や壁はもう使い物にならなくなるだろう。
それつまり、拠点として使っていたこの倉庫を放棄することを意味していた。
「こいつら……、イカれてやがる……」
隊員の一人がつぶやいた。
押し寄せて来る人々の大半は明らかに戦闘員ではない。
それが死への恐怖を一切見せずに突っ込んでくるわけだ。
とてもまともな状況には見えないだろう。
倉庫に残っているU&Bは全部で十数人。
魔法陣の周囲で必死に作業を続けている数人は戦闘に参加できないので、十人程度でこの場を凌ぎきらなければならない。
(生贄を連れ去られた直後の襲撃……、嵌められたか?)
U&B部隊の隊長であるロドリゴは険しい顔で正面から入ってくる群衆を睨んでいた。
隊員の魔法使い達が薙ぎ払い、撃ち漏らした分を前衛陣が仕留めていく。
個々の技量で言えば敵の脅威はほとんど無いと言っていいが、とにかく数が多い。
このまま持久戦になれば敗北は確実だ。
(生贄の到着が遅れるか魔法陣の完成が遅れるか……。いや、魔法陣を守りきれるかどうかが勝負だな。やはり生贄の適性者を余分に見つけておくべきだったか)
ロドリゴは味方が生贄を連れ帰るまで、この場で踏みとどまることを選んだ。
生贄を連れ戻しに行った部下達がこの時点で既に敗北していることを彼は知らない。
ここが数多の強者達が蠢く異世界ストラならともかく、このリーンという世界の水準で彼らが敗北する可能性は限りなく低いと踏んでいた。
生贄のアイナを追いかけた先で待ち構えていたのが同じストラ出身のエル・グリーゼだと知っていれば、間違いなくそんな判断はしなかったのだが……。
ユートピアさえ発動できれば勝てる。
その考えがロドリゴ達を泥沼へと誘い込んだ。
……ドンッ!
「――!」
突然の爆発音。
それがこれ以上の思慮をロドリゴから奪い去る。
「なんだ!」
「爆発したぞ! トムがやられた!」
爆発したのは突入して来た群衆の一人が持っていた木箱だ。
風の魔法で纏めて一掃した直後に爆発を起こした。
何事かと見てみれば手に場違いな木箱を持っている者がちらほら混じっている。
――バックドラフト。
ホーリーウインドの一人、アイザック=ニコロが『天使』を介して女神アインスから受け取った福音である。
密閉された空間に対してセットし、その空間が開放された瞬間に爆発を起こさせる。
エル・グリーゼのメインアジトを爆破したのもこの能力だ。
その威力は能力者の技量とセットした空間の体積に比例するが、この世界における火薬のそれを大幅に上回る。
アイザックは倉庫に突入する群衆に自分が用意した木の箱を配って持たせていた。
ある箱は持ち主が魔法でミンチにされた際に。
ある箱は持ち主と一緒に斬られた際に。
ある箱は持ち主自身の手によって。
開封され、倉庫内で大きな爆発を引き起こした。
U&Bの隊員達は魔法壁やバリケードで爆風の直撃を避けようとするも、その全てから逃れきることはできずにその数を少しずつ減らしていく。
たまらず後退を始めたU&Bを追いかけるように、大きな木箱を両手で抱えた男が倉庫に突進した。
それはアイザックが事前に用意したものではなく、近くの倉庫にあった荷箱を使ってバックドラフトで作り出した爆弾だ。
手の平サイズの箱ですら周囲の人間が吹き飛ぶ威力である。
それが両手で抱えるようなサイズとなればどうなるか。
「――! 止めろ!」
その箱の正体に思い至ったロドリゴは目の色を変えて魔法を放つ。
風の魔法が男の心臓を貫いた。
男が倒れ、抱えていた箱が地面に向かって落ちていく。
その場にいた多くの者たちにとって、それは喧騒の中で起こった数秒程度の些細な出来事に過ぎない。
だが集中力が増したロドリゴは、その様子を静かにゆっくりと流れる時間感覚の中で見ていた。
――ドンッッッッッッッ!!!!!!!!!
そして箱が地面に到達した直後、倉庫の内側から膨れ上がるように衝撃と爆風が溢れ出した。




