43:やっぱりシスコンは病気だと思う
『人々は自分が気に入らない事実を黙殺する』
★
「……さん! ユウさん! しっかりしてください!」
ユウはアイナの声で意識を取り戻した。
意識を失った時にはうつ伏せになっていた体が、今は仰向けにされている。
目を開くと、こちらを覗き込んでいたアイナの心配そうな顔が最初に視界に入った。
背景となっている空はまだ暗く、そして天頂には何色の月も見当たらない。
金色の蝶が一匹、地平線の月灯りを受けて輝いていた。
(温かい……。)
直剣の男に刺された腹部を見ると、ステラが魔法で治療してくれているところだった。
太腿は既に治療が終わっているらしい。
「……どうなった?」
アイナを助けることに成功したのはわかった。
ユウ自身が生きているのも。
「私達の勝ちだよ」
ステラが即答して微笑んだ。
十字路に視線を向けると、エル・グリーゼの面々がこちらの方向に向けて歩いて来るのが見えた。
幸いなことに誰も欠けてはいないらしい。
「はいっ、もう大丈夫」
ステラがユウの腹の傷があった部分をポンと叩いた。
痛みはもう感じない。
ユウはゆっくりと体を起こして周囲を見渡した。
横を見ると、直剣の男の死体が倒れている。
「勝ったのか……。」
「大金星だったみたいだな」
「まさか、私達が勝てなかった相手にお前が勝つとはな」
ちょうどいいタイミングでラプラスとリアが歩いてきた。
ラプラスはダリアに傷は直して貰ったようだが、服までは直せないのでボロボロだ。
自分をここまで痛めつけた相手を何も言わずに見下ろした。
大金星。
相打ちに近い方法だったとはいえ、相手はラプラスやロトを単独で戦闘不能にまで追い込んだ男。
しかも一対一ではなく複数をまとめて相手にしてだ。
その実力を踏まえれば妥当な表現だろう。
「そうだ、ハウルは?」
みんなの無事を確認してほっとしたユウは、ハウルの姿を探した。
だが彼はどこにも見当たらない。
「ハウル……、ってさっき助けてくれた人? その人なら……、あれ?」
ステラも一緒に周りをきょろきょろする。
一緒にいたアイナとリア、それにラプラスまで一緒にきょろきょろし始めた。
「いないね」
「いませんね」
「いないな」
「いないぞ?」
どうやら彼はこの場を早々に立ち去ってしまったらしい。
一方的に巻き込んでしまった側としては、お礼の一つぐらいは言っておきたかったところだ。
……ユウがそう思った矢先、再び事態が動いた。
キィン!
十字路の方向で金属音が響く。
全員が一斉に音の方向を向いた。
視線の先ではラルフがナルヴィに斬りかかっていた。
★
「うおぉぉぉぉ! 死ねぇ!」
「ちょっと! いきなりなんだっての!」
ラルフがナルヴィに向かって剣を振り回す。
「存在感のあるやつはみんな死んじまえぇぇぇぇ!」
「はぁ?! 私を殺したって、アンタの影が薄いのは変わんないでしょうが!」
「うるせぇ!」
ナルヴィはラルフの剣をロングアックスの柄で防ぎながらバックステップで距離を取った。
ラルフもそれを追って走る。
二人の移動の方向としてはちょうどU&Bの倉庫から離れる向きだ。
「うぉぉぉぉぉ! キャラの立ってる奴はめっさつ……、あれ?」
再びナルヴィに斬りかかろうとしたラルフが我に返ったように立ち止まった。
目を白黒させて目の前のナルヴィを見る。
ナルヴィの方も目を少し大きく開いて困惑顔だ。
「俺……、何してたんだ?」
「……は?」
ナルヴィがまるで胡散臭いもの見るような、白けた視線でラルフを見た。
「いや、なんかいつの間にか剣を握ってたっていうか、ナルヴィを殺す気満々だったっていうか……、なあ?」
「……」
ナルヴィは無言でロングアックスを握る拳に力を込めた。
その手は震え、額にはいくつもの血管が浮き出ている。
「なあ、じゃ……、ねぇだろうがぁぁぁっ!」
「ふがぁ!!」
ナルヴィが怒りの前蹴りをラルフの顔面に叩き込んだ。
ラルフが勢い良く後ろに吹き飛ばされる。
そして大きな音を立てて地面に落ちた。
「ぐへっ! ……ふふ、ふふふ、はははははは! 」
うつ伏せになって数秒後に再起動したラルフは再び狂気に満ちた笑い声を上げた。
ステラのヤンデレ具合に比べると随分と安っぽい感じがする点には触れてはいけない。
「ラルフ……、きっとさっきの戦いで頭を打ったのね」
ソフィアが物憂げに、かつ可哀想な動物を見る目でラルフを見た。
……これでも味方が味方を襲っているという異常事態である、一応は。
「俺より目立つ奴は一人残らず消え去れぇぇぇぇぇぇ!」
ラルフが再びナルヴィのいる方向に向かって走り出す。
そして……。
「わははははははは……は、……あれ?」
そして再び正気に戻った。
「……なにやってんのよアンタは」
ナルヴィは白い目でラルフを見ている。
「あれ? 俺は一体何で……?」
「何を意味のわかんないこと――」
「ヘルプ! ヘールプ!」
「ちょっと待て、ナルヴィ」
今度は怒りの鉄拳をラルフの顔面に叩き込もうとしていたナルヴィを、横で冷静に見ていたパウロが止めた。
「なによ? このバカに二、三発叩き込むので忙しいんだけど」
「止めないから後にしてくれ。……止めないから」
「パウロの薄情者ー!」
パウロはラルフを殴るのは止めないと強調した。
もちろん自分に飛び火しないようにするためだ。
「なあラルフ、もう一度あっちに行ってみてくれないか?」
「え? あっち? ……こうか?」
ラルフはパウロに言われるがまま、再びU&B倉庫がある方向に移動した。
「……ふふふ、はははははは! この世で目立つのは俺一人で十分……、あれ?」
またまた狂気に取り憑かれてナルヴィに襲いかかろうとしたラルフが正気に戻った。
様子を見ていたソフィアとブレッドも顔を見合わせる。
「やっぱりそうか。だとすると、たぶんこの辺りだな。ここからこちらに入るとラルフがおかしくなる。で、ここから出ると正気に戻る」
「……なにかの魔法なわけ?」
「え? どういうこと?」
ナルヴィもパウロの言葉の意味を理解した。
ラルフは理解が追いついていないようだが、まあいいだろう。
……どうせ影薄いし。
「魔力……、は感じないわよね?」
ソフィアが首を傾げた。
このエリアに何かしらの魔法効果が作用しているというのは間違いないだろう。
だが肝心の魔力の痕跡を探しても、周囲にそれらしきものが見当たらない。
彼女の言葉にパウロも頷く。
「そうなんだ。魔力源がどこか別のところにあるとしても、こうして効果が効いている以上は多少の痕跡があって良いはずなんだが……」
「おかしな話ね……。何が起こっているのかしら?」
「まだもうひと波乱あるかもしれないな。……あ、もういいぞナルヴィ」
「よっしゃ! 覚悟しなラルフ!」
「おたすけー!」
「おらおらおらおら!」
先程は二、三発、と言っていたはずなのだが、ナルヴィを容赦無く数十発をラルフに叩き込んだ。
ラルフがふっ飛ばされて件の領域に入らないように加減している分の代わり……、のつもりなのだろうか?
「おい。どうしたんだ、いったい?」
クリスティとジュリエッタを介抱し終えたロト達が何事かと近づいてきた。
敵を倒したと思ったら味方同士で戦い始めたのだからロトの疑問ももっともだ。
少し遅れてユウ達もやってきて全員が集まったので、パウロは自分の推測も含めて事情を説明した。
「ここから向こうに行くとおかしく、ですか? 確かに魔力は一切感じませんけど……。ねえ、お兄ちゃんちょっと行ってみて?」
「まかせろー」
「おい!?」
リアの静止の声も聞かず、ロトは妹の言葉で躊躇うこと無く領域に踏み込んだ。
……まあシスコンなんてそんなもんだ。




