39:援軍
『歴史というのは書き手の都合が反映されるものだと覚えておいた方がいい』
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(まずいな……、どうすんだコレ。)
ユウは十字路での戦いの様子を、少し離れた建物の影からアイナと一緒に見ていた。
ロトはここからの援護射撃では埒が明かないと見て、既に十字路に向かっている。
こんなはずじゃなかったという思いがユウの頭を過ぎる。
メインアジトでのホーリーウインドとの戦いの経験から今回も人数を揃えれば状況を突破できると踏んでいたのだが、完全に読み違えたといっていい。
事実、U&B側の戦力に対するユウの評価は過小だった。
U&Bに対するエル・グリーゼのメンバー達の反応にもう少し注意を払っておくべきだったと後悔する。
「通りで、みんなビビってたわけだ……。」
「え?」
アイナがその独り言に反応したが、それについて説明している精神的な余裕は今のユウには無い。
現在残っている敵の数は五人。
それに対してこちらは十人以上で戦っている。
だがそれでも形勢はエル・グリーゼ側が不利に見えた。
倍以上の人数で押して攻めきれない。
(どうする……。何か、何か無いのか?)
困ったユウは何気なく後ろを振り向いた。
特に何かがあったというわけでもない。
だがなんとなく振り向いた。
(……なにかいる。)
ユウが何気なく送った視線の先。
そこには箱の影から頭だけを出して十字路の様子を見ていた男がいた。
フードを被ったその顔は不自然な程に闇に包まれている。
(なにかいる……)
アイナもユウの視線を追って男の存在に気がついた。
だがしかし、『なにか』という表現は本人にとっても甚だ不本意ではないだろうか?
ユウはその正体になんとなく心当たりがあったが、間違えるといけないと思って目をこらす。
だがその心当たりが正しければ、彼はユウが今最もこの場にいて欲しいと思っている人間のはずだ。
(ハウル……、だよな?)
……そう、そこにいたのはハウルで間違いなかった。
以前のループで一度だけ一緒に戦うことになった男だ。
ユウはこの男がU&B相手にかなり戦えていたことをよく覚えている。
ステラ達への援軍としては十分な戦力だ。
「知り合い、ですか?」
「……いや、初対面。」
「えー」
ユウはアイナの質問に少しだけ考えてから『初対面』と答えた。
それはもちろんアイナ視点から見た場合の話で、ユウ自身の視点を基準にするならもちろん嘘だ。
ちなみに彼女としては肯定されることを前提として質問したつもりだったのだが、ユウのまさかの返答で反応に困った。
そんなやり取りの間に、十字路の方向を見ていたハウルも自分に熱い視線を送るユウとアイナの存在に気がついた。
(……ん? こっち見てる……、よな? なんかスゲー手招きしてるし……。どーしよ、行きたくねーな)
中々動こうとしないハウルを見たユウがアイナを引き連れて向かってきた。
「おい、助けてくれ!」
「断る」
「話ぐらい聞けよ!」
「知るか」
(これが初対面同士の会話……)
取り敢えずついてきてみたアイナだったが、どうしたものかと戸惑う。
「頼む! 仲間がやばいんだ!」
そう言ってユウが十字路の方向を指差した。
「仲間? あれ、お前の仲間なのか? ……いや、だったら尚更お前が助けに行くべきだろ」
ユウに釣られてハウルも十字路を指差した。
大変もっともな指摘だ。
アイナも彼の言葉に内心で頷いた。
「俺じゃ弱すぎて助けられないんだよ!」
「そ、そうか……」
一瞬だけ三人の周囲が静まった。
ハウルはどうフォローすべきかと迷う。
「お願いします! 私もついさっきこの人達に助けてもらったばかりなんですけど、このままだと私も危ないんです!」
「そう言われてもなあ……」
アイナの懇願を前にしても尚渋るハウル。
その時、流れ弾としてファイアボールがちょうど彼の頭部に向かって飛んできた。
「おっと」
ボシュ!
即座に剣を抜き、慣れた手つきで切り払う。
ファイアボールは軌道を変えられるのを通り越して霧散した。
「ん?」
魔法を放ったのは杖の男。
彼はU&B側の生き残りで唯一本職の魔法使いだ。
ソフィアと戦っていた彼は、自分の魔法が打ち消されたのを視界の隅で確認した。
(あれを打ち消したのか?)
彼とて自分を上回る強者を見たのは一度や二度ではない。
だが自分の魔法をこうもあっさりと打ち消された経験はそう多くは無かった。
打ち消すよりはかわしたり弾いたりする方が楽だということもあり、突破力や防御力に物を言わせるようなタイプ以外にはあまり好まれない方法だからだ。
だとすると、ハウルはそういう類の戦い方を得意とするタイプである可能性が高い。
重装備には見えないので可能性があるとすれば特に前者だろう。
彼は自分の経験からそう考えた。
――そう、突破力である。
各々の戦闘スタイルには得手不得手、そしてそれに伴う戦闘スタイル同士の相性というものがある。
そして彼の経験上、ハウルの行動は魔法使いである彼にとって相性の悪い相手である可能性が高いこと示していた。
彼にとってほど極端ではないとはいえ、他の四人にとっても相性が悪いタイプだというのは同じだ。
近距離で放たれたソフィアの雷撃弾を雷の壁で受け流しながら、杖の男はもう一度ユウ達の方向を確認する。
(生贄も一緒か……。となると奴も仲間で間違いないな。これ以上何かされると厄介だ、企みは早めに……、潰す!)
杖の男は腕を払い雷の壁を散弾銃のように変えてソフィアに向けて飛ばすと、即座にユウ達がいる方向に向けて杖を構えた。
狙いはもちろんハウルだ。
「きゃっ!」
「ソフィア!」
防具に付加された効果のおかげで致命傷にはならなかったものの、ソフィアの動きが一瞬止まった。
ハウルの存在に気づいていなかった彼女はそれがユウとアイナを狙っていると直感したが、体が言うことを聞かないのではどうしようもない。
「光の極北よ、全てを貫け! フォトニックアクシス!」
シュイィィィィン……、シュパァァァァンッ!
「――! 飛べっ!」
超高速の光の弾丸がハウルを狙う。
射線が自分を捕らえていることを理解した彼は横に飛んだ。
念のため、ユウとアイナの腕も引っ張って二人を射線から離す。
「わっ!」
「きゃっ!」
十字路の方向を見ていなかった二人が思わず声を上げた。
たった今まで三人がいた場所を掠めていく。
「外したか。だが逃がさん! ヒートミサイル!」
杖の男が左手の平に発生させた赤光の魔法球を頭上に投げた。
バシュシュシュシュシュシュン!
人間二人分ぐらいの高さで止まった魔法球から、人の腕ほどのサイズの火の矢が何本もハウルに向かって放たれた。
その軌道には若干の誘導が掛かっている。
「狙いは俺かっ?! まったく、今日は厄日だな!」
向かってくる矢群が自分だけを狙っていることを確認したハウルは舌打ちをしながら更に横に走る。
もちろんユウ達からは離れる方向に、だ。
彼の立場を考えれば、別にユウ達を盾に使ってもいいはずなのだが、それをしない辺りに彼の性根が現れている。
ボシュ! ボシュ!
真横に飛び出したハウルは、誘導に従ってハウルに着弾しようとした火の矢のいくつかを叩き落しながら、軌道を十字路の方向に変えた。
「喧嘩を売ってきたのそっちだ、加減はしないぜ!」
十字路に突っ込んでくるハウルに、他の面々も気が付く。
「なんだ?」
「はっ、お仲間登場?」
魔法を叩き落しながらまっすぐに杖の男に向かっていくハウルを、U&B側は即座に敵だと判断した。
手斧の男はクリスティの鳩尾に強烈な前蹴りを叩き込んで戦闘不能に追い込んだ後、残ったジュリエッタと援護に来たバーノンの二人を相手にしていたところだ。
軽口の絶えない直剣の男もラプラスを倒した後、残ったリアと援護に来たロト、そしてラプラスを応急処置し終わったダリアの三人を相手にしている。
この二つの集団はハウルと杖の男の間に、まるで門の代わりのように左右に位置していた。
ハウルから見て進行方向の左に手斧の男とジュリエッタ達、右に直剣の男とリア達だ。
どちらも無傷のU&Bと傷だらけのエル・グリーゼという構図になっている。
「……ほう?」
依然として飛んでくる魔法を弾きながら軌道修正して杖の男に向かっていくハウル。
手斧の男はその様子を見て感心したような声を上げた。
ハウルは手斧の男と直剣の男の攻撃圏をギリギリで避けている。
隙を見て攻撃を加えようという二人の目論見は見事に外された格好だ。
「……はっ」
まだ一度も打ち合っていない相手の射程を二人分同時に見切る。
ハウルの技量を確認したU&Bの二人は、思ったよりも厄介そうなのが参戦してきたと判断した。
それに関しては杖の男も同様だったらしい。
援護に駆けつけたラルフを早々に下した彼は残ったソフィアを大鎌の男に任せると、ハウルに専念して迎え撃つ構えを見せた。
「アイスブレード」
男の冷静な声に応え、金属製の杖の先端にリアが使っているのと同じような氷の刃が発生した。
杖の男はそれを迫るハウルに向けて構えた。
彼の頭上の魔法球からは未だ火の矢がハウルに向けて発射され続けているが、全てかわされるか打ち落とされ続けている。
「ランページアース!」
杖の男の両脇の地面が沸きだす。
ドドドドドッ!
いくつもの土の槍がハウルを狙う。
「ふん!」
左右へのステップでそれを回避するハウル。
「まだだ! ディバインセイヴァー!」
地面に続いて、今度は杖の男の左右の空間が激しく光り出した。
シュインシュインシュイン、シュババババババ!
「――!」
数瞬のチャージの後、視界がやられるほどの激しい光を放ちながら、至近距離に迫ったハウルに光の矢が殺到した。
目の前で炸裂する光に杖の男の視界も埋め尽くされる。
(取った!)
男がハウルの死を確信した、その直後。
光でチカチカする視界の中に、影が出現した。
人間サイズの影からは一本だけ棒状の影が飛び出している。
「――!」
男はそれが剣を構えた男だとすぐに理解した。
攻撃を受け止めるべく、こちらも氷の刃を構える。
キィンッ!
金属の刃と氷の刃が激しくぶつかった。
「まさかこれを凌ぎきるとは……、自信があったんだがな」
「こういうのは魔王で予習済みさ」
ハウルが答える。
「魔王? ……まさか、お前も――」
話に付き合う気はないと言わんばかりにハウルの体が横に勢いよく回った。
そのまま回転斬りで首を狙う。
ハウルの発言に気を取られていた男は反応が一瞬だけ遅れた。
それは刹那と表現しても差し支えないほどの時間。
だが明暗を分けるには十分だった。
「――!」
ガシュ!
そして杖の男の首が飛んだ。




