37:開戦
『理由の重い軽いは価値観だ。……そして命もな』
★
ユウ達がアイナを連れ出した頃。
アナスタシアはHW部隊を引き連れて、屋根の上を東の倉庫へと向かっていた。
「……あらぁ?」
視界の先に追っ手から逃げるユウ達を発見する。
横にいたアイザックも彼女の声を聞いてそれに気がついた。
追っているのは生贄事件の犯人と思われる一味、おそらくU&Bなのだろうとすぐに見当をつける。
「おい、あれって……」
「ですよね?」
「先を越されたか。……どうする?」
アイザックがアナスタシアに伺いを立てる。
この部隊の指揮官はあくまでも彼女だ。
「そうですね……。本命はあっちじゃありませんし、支障のない範囲で援護してから予定通り倉庫の方を攻撃しましょうか」
「いいのか?」
「はぃー」
アイザックが後ろにいた魔法使いに合図をした。
その男は走りながら杖を構える。
「フレイムスフィア!」
ボッ!
人間を丸呑みにできそうなサイズの火球が放たれた。
「――!」
ドン!
ユウ達を追っていたU&Bの最後尾にいた男が背後から迫る火球の光に気がつくも、反応する前に餌食となった。
「なんだ?!」
「敵だ!」
「挟まれたか?! どこだ! どこにいる?!」
「逃げられるぞ! 追え!」
味方が一人やられたものの、攻撃元を見つけられなかった上に作戦の要である生贄が逃げていくとあって、男達はすぐにユウ達の追跡を再開した。
その様子を確認したホーリーウインド側も、追撃はせずに倉庫へと向かう。
アナスタシアは自分がユウと顔見知りであることには最後まで言及しなかった。
(ふふ、これで情報分の借りは返しましたよぉ?)
★
金色の蝶が天を舞う。
ユウ達を追ってU&Bの男達が十字路に殺到した。
既に両者の距離は殆ど無い。
文字通り目と鼻の先だ。
そして最初に魔法で脚力を強化した五人が十字路を抜けて次の五人が十字路に入ろうとした時、四隅の建物の屋根から一斉に人影が姿を表した。
「爆風よ! 我が敵に破滅的な死を! カルドテンペスト!」
「氷の槍よ! 全てを貫け! グラシェアングルス!」
彼らの進行方向前方の建物から、ソフィアの爆風とリアの氷槍が∪&B前方集団に迫る。
「弾け飛べ! 雷の弾丸、フルメンドヌス!」
「火の精霊よ! その極限を示せ! ホワイトイグニッション!」
後方集団に対してはダリアの雷撃弾とパウロの白炎が放たれた。
「――! ちっ! ガイストウォール!」
前方集団の一人が咄嗟に魔法の防御壁を張った。
半透明で仄かに赤い半球が男達の周囲に展開される。
その動きを見て後方集団もまた防御に転じた。
「みんな伏せろ! ホノルシールド!」
一人が両手を掲げる。
その手には小振りな杖が握られていた。
他の四人は地面に飛び込む。
直後に魔法群が前後両方の敵集団に殺到した。
シュバババババ!
ドドドドドド!
バチチチチチ!
ゴォォォオオオオオ!
大量の土煙が十字路を埋め尽くす。
溢れた土煙は既に十字路を抜けていたユウ達のところにまで勢い良く届いた。
「やったのか?!」
「まだだ! 油断するな!」
ラノ―ー、小説で言えば間違いなく死亡フラグに相当するユウの発言をロトが制した。
その言葉を肯定するかのように土煙に包まれた前方集団付近で人影が動く。
「待ち伏せか。仕方ない、殺るぞ」
「……舐めた真似をしてくれる」
「こいつらは仲間か? それなら生贄は後回しでも良さそうだな」
「油断はするな? 火力はそこそこあるようだ」
「はっ、心配なら後ろにいるCランクの連中にしてやった方がいいじゃねーの?」
手斧、大鎌、直剣、曲剣。
U&B前方集団の残り四人もそれぞれの武器を抜いた。
その口調にはかなりの余裕がある。
遅れて後方集団も動き出す。
伏せている四人が無傷、立っていた魔法使いの男だけが体中傷だらけでボロボロになっていた。
「ごふっ! 大丈夫か……?」
「助かった、俺は大丈夫だ。それにしてもよく反応できたな?」
「さっきも後ろからやられたからな。ぐっ……」
「お前の方こそ大丈夫かよ? ホノルシールドで俺達の分まで受け止めたんだろ? 待ってろ、すぐに回復してやる」
後方集団に向かった攻撃を全て一人で受け止めたらしい。
別の一人が回復魔法を掛けるために懐から杖を取り出そうとした、その時。
ドシュ!
「させるかっての!」
屋根の上から飛び降りたナルヴィが、回復しようとしていた男の頭部に背後から全体重を掛けて斧を叩き込んだ。
深々と刺さった刃を抜くついでに背中を思い切り蹴り飛ばす。
「―ー! 野郎!」
仲間をやられたことを理解した一人が剣を抜く。
傷だらけの男もたった今自分が身を呈して守ったばかりの仲間をやられた怒りのまま無言で杖を構えた。
だが傷ついた体の動きは緩慢だ。
「エアニードル!」
ドス!
「うっ!」
杖をナルヴィに向けて振ろうとした直後、彼女の背後から飛んできたステラの魔法がその腕を貫き、男はたまらず杖を落とした。
しかしナルヴィに向かったもう一人の男の方は止まらない。
一気に仲間の敵を取ろうと距離を詰める。
ガキィン!
ナルヴィは男の剣を斧の柄で受け止めた。
甲高い金属音が夜の街に響く。
力任せに押し切ろうとするの攻撃を、ナルヴィもまた両手が震えるほど力を込めて押し返す。
「影薄いコンビ! アンタらも仕事しな! 影が薄いのはこういう時のためにあるんでしょうが!」
ナルヴィは反対方向、つまりパウロ達がいる方に向かって叫んだ。
「そんなわけないだろ!」
叫ぶナルヴィにラルフが全力で反論しながら大地を蹴る。
バーノンもその隣で剣を抜いた。
「いや、ナルヴィの言うことも一理あ――」
「ねーよ!」
二人は屋根の上から地面に着地するまでの間、敵の攻撃を一切受けていない。
というか気づかれてすらいない。
その意味では彼女の言うことも正しいのではないかと思ったバーノンだったが、ラルフによって即座に否定された。
「くそっ! そいつを守れ!」
迎え撃つU&B側は二人。
最初に味方を守った魔法使いの男を、今度は逆にもう一人が守るようにして剣を構えた。
敵と味方の距離が近すぎるので屋根の上にいるダリアとパウロは魔法で追撃できない。
「一気に……、決める!」
ナルヴィに続いて屋根から飛び降りたステラもまた敵に向かって駆ける。
バチチチチチチ!
走りながら剣に雷を纏わせると、押し合っているナルヴィ達の横をすり抜けて、その奥でラルフ達を受け止めようと背を向けている敵に向かった。
この戦いが既に派手な騒ぎになってしまっている以上、長引かせれば新たな敵がやってくるだろう。
女神教か、U&Bか、あるいはこの街の警備隊か。
どの陣営がやってくるかは別にして、物量と持久力の勝負になってしまう前にここから撤退しなければならない。
つまりは速攻勝負。
早めに数を減らした方が有利だ。
その思いがステラを駆り立てていた。




