35:他愛のない時間の中に
『抜け出すんだよ、過去の自分から』
★
サブアジトに戻ってきたユウは、エル・グリーゼのメンバーを全員集めた。
もちろん彼らに協力を請うためだ。
『たまには誰かに頼ることも考えなさいよ?』
頭の中にリリィの言葉が響く。
精神的な意味で言えば、ユウはここまで独りで戦ってきた。
だが振り返ってみれば、助力無しの単独で困難を突破できたことはほとんどないと言っていい。
アルトバにおけるモンドの襲撃然り、メインアジトにおけるホーリーウインドの襲撃然り。
むしろユウが困難を突破できるかどうかは、仲間の協力をどれだけ得られるかに左右されてきた。
仮にユウが未来を迎えることのできる選択が正解だとするならば、それは協力を得られる選択に等しい。
……この時のユウはそう結論していた。
「ユウくん、話って?」
「そうだ、まだ何かあるのか?」
ステラとリアがその場にいるユウ以外全員の意見を代弁した。
「ああ、ある。」
ユウの言葉に、全員の表情が引き締まる。
「だから……。みんな、力を貸してくれ。」
「いったい何が――」
「何があるわけ?」
詳細を問いただそうとしたブレッドの声を遮ったのはナルヴィだ。
腕を組んで壁に背を預けている彼女の視線は、既に戦士としてのそれになっている。
その様子を横にいたロトとダリアが意外そうに見た。
エル・グリーゼにおいても中心から一歩距離を置くことの多いナルヴィ、彼女が積極的に作戦に関わろうとすることはそれほど多くないからだ。
ユウはそんなナルヴィの視線をまっすぐに見つめ返した。
「明日、この街でU&Bと一戦交えることになる。」
「……」
ナルヴィの目が細くなった。
リアとラプラスを除いたストラ出身の面々も表情を強張らせる。
U&B、つまり異世界ストラにおける二大勢力の内の一つ。
それと戦うということの意味を、彼らの表情がそのまま説明していた。
「いきなり何言うのかと思えば……」
平静を装おうとしたナルヴィの表情は固い。
「おい、どういうことだ? なんでここでU&Bが出てくる」
ジュリエッタが堪らずユウを問い詰めた。
その額には焦りの汗が流れている。
「ユートピア。」
ジュリエッタへの返答をユウは、この一言で済ませた。
一体何のことか理解できずにジュリエッタ達は戸惑いの表情を浮かべる。
表情をさらに固くしたのはソフィアとロトの二人だけだ。
ソフィアだけでなくロトまでも反応を見せたのは予想外だったが、ユウはそれには気づかない振りをした。
「この街で起こってる生贄事件、あれはU&Bの仕業だ。ユートピアっていう魔法を発動させるためにやってる。それを使ってこの街を制圧するつもりなんだ。必要な生贄の数は全部で五つ。明日の夜、その五つ目が完成する。」
「おいおい、そんな突拍子も無い話……、本当なのか?」
ブレッドは一瞬ユウの言葉を疑ったが、ホーリーウインドの襲撃を読んでいたことを踏まえて思い直した。
「本当だ、嘘は言ってない。だがらこうして相談してる。」
ユウは一瞬だけ目を閉じた。
これまでの無様な死の数々が脳裏に浮かぶ。
再び目を開くと、まっすぐにブレッドを見返した。
「俺一人じゃ無理だ。頼む、助けてくれ。」
ユウはみんなに向かって頭を下げた。
一瞬の静寂、それを破ったのは今度もナルヴィだった。
「『俺一人じゃ』って、アンタ一人でU&Bとやるつもりだったわけ? まともに戦えもしないくせに?」
「う……、それは、まあ……。」
『まともに戦えもしないくせに』、その言葉がユウの心に突き刺さる。
その反応を見たナルヴィがため息を付いた。
「そりゃ無理に決まってるでしょ。そんな半端な相手ならこっちだって苦労してないわよ」
その声には呆れの色が混じっている。
彼女以外の面々も、リアとラプラス以外はそりゃそうだと言わんばかりの表情をしていた。
ナルヴィがフッと笑みを浮かべる。
「ま、しょうがないか。少なくともユウの奴に言われるよりはよっぽど――」
「ナルヴィ、それ以上は言ってやるな。ユウだって本当に自分だけじゃダメだと思ってるからこうして私達に相談してるんだ」
「……チッ」
リアがナルヴィを諌める。
発言に割り込まれた彼女は閉じかけた口の中で小さな舌打ちをした。
その音を聞いたのはナルヴィ自身だけ、幸いなことに誰にも気づかれることは無かった。
……本人もそのつもりで舌打ちしたのだが。
「とりあえず話はわかった。ユウにはメインアジトを襲われた時にも助けられてるしな。ただ……」
ブレッドは難しそうな顔で腕を組んだ。
「U&Bか……。女神教ほど楽にはいかないだろうな」
★
その日の夜。
ユウはサブアジトの自分の部屋にいた。
時間は十九時過ぎ。
ベッドで横になってステラのことを考える。
思い出すのは前回のループで彼女に殺された時のことだ。
好きな子に殺されたショックで気づかなかったが、冷静に考えてみれば色々とおかしい。
あのヤンデレ具合もそうだったが、
(あれは結局なんだったんだろう?)
トントントン。
誰かがドアをノックした。
(……誰だ?)
ユウが気乗りしない体を引きずってドアを開けると、そこにはステラが立っていた。
「ステラ……。」
心臓がユウの意思とは無関係に高鳴る。
いざ彼女を前にしてしまうと、殺されたことへの恐怖がどこかに行ってしまう。
その辺りにステラに対するユウの好意の程度が伺える。
「どうしたのステラ?」
既に夕食は済ませている。
となれば特にステラの方から話すことは無いはずだ。
「うん、ちょっと……。ねえ、暇だったら、お茶でも飲みながらお話しない?」
「します。」
……即答だ。
まさに電光石火。
ステラのはにかむような笑顔に対し、お前は一体どこの歴戦の猛者なのかというぐらいの反応速度でユウは即答した。
先程までのシリアスな考えを全部放り投げて意気揚々と部屋を出る。
(ステラの方からお誘いがあるとは……、これはあれか? 俺もついにリア充になる日が来たのか? そうなのか? そうなんだよな?)
『学習しねぇなあ……。』
ユウの脳内にグレイファントムの溜息が響く。
「――!」
慌てて部屋の中を振り返ったユウだったがそこには誰もいない。
(ステラとグレイファントム、どちらを優先するか……、是非に及ばず!)
ユウは躊躇うこと無く両手でドアを閉めた。
「……? どうしたの?」
その様子を見ていたステラが首を傾げる。
やはりかわいい。
「いや、なんでもないよ。行こうか?」
「うん」
二人でお茶エリアに向かう。
戦場のオアシス、という表現は少し言い過ぎか。
だがなぜだろう、ステラを一緒にいるだけで心が休まる気がするのは。
彼女が入れてくれた、別に高級というわけでもないお茶。
特に何かの役に立つわけでもない他愛のない二人だけの会話。
金色の蝶も荷箱の一番上で目的無く羽を揺らすほどに退屈な時間。
だがなぜだろうか?
そんな時間こそが一番大切だと思えるのは。




