33:石の雨
『忍耐力があるというのはどういうことか。自分にとって不都合な事実から目を逸らさないということだ』
★
ユウは再び意識を取り戻した。
だがその視界には光がほとんど差していない。
(ここ、どこだ?)
慌てて周囲を確認する。
つい先ほどの死を復習することも忘れてしまっていた。
頼りになりそうな明かりは月の光のみ。
……いや、もう一つ。
視界の隅に入った光に気がついたユウは驚いた。
(倉庫の光……? ここ、もしかして東の倉庫か?)
改めて周囲を確認してみる。
確かにU&Bがいる東の倉庫街で間違いなさそうだ。
ということは生贄として囚われているアイナを連れ出す直前に戻ってきたことになる。
(……ちょっと待て、戻る時間がだんだん短くなってないか?)
ユウは久しぶりにラノ――、小説の知識を脳内から引きずり出した。
死に戻りを繰り返すほどに戻せる時間が短くなっていく、つまり力が弱まっていく、そんな話があったはずだ。
仮に厳密な回数制限が無かったとしても、時間を戻すたびに戻せる時間の幅が小さくなっていくとしたら――。
脳が危険を感じて一時的な思考停止に陥る。
だが体はその結論にしっかりと辿り着いていた。
このままループを繰り返していけば、……究極的には死に戻り能力自体が発動しても時間がまったく戻らなくなる。
――事実上の回数制限。
――最悪の場合は無限の死。
(俺、今まで何回死んだんだっけ? 十回は確実に死んでるよな?)
ユウは自分が死に戻りの力に頼りすぎていたことを自覚する。
慌てて死んだ回数を数えようとするも正確な数字が浮かんでこない。
数えておかなかった自分の無能さに歯噛みする。
(どうする? って言っても、今からじゃできることも少ないぞ?)
ユウは自分自身を落ち着けるように倉庫とは別の方向を確認した。
(……あれ?)
遠くの屋根の上で何かが光った気がする。
一瞬気のせいかと思ったが、確かに何かがいた。
じっくりと目を凝らしてその正体を確認する。
(あれって……、もしかしてアナスタシア達か?)
遠目ではあるが、間違いなく彼女だと確信する。
おそらくは倉庫を襲撃する準備でもしているのだろう。
(ってことは、やっぱり戻る時間の幅が小さくなってるのか。どうする? アナスタシア達と組むか? ……いやダメだ、他の奴はたぶん俺の顔を知ってる。)
突破口を見出せないまま、ユウの思考がグルグル回る。
(落ち着け、落ち着くんだ俺。)
息を吸っては吐く。
最初は浅く、だんだんと深く。
(頼れる味方は無し、ユートピア発動まで時間も無い。ついでにループも回数制限があるかもしれない。そして敵の戦力はこちらよりも遥かに上。……詰んでるな。)
感じたのは絶望。
だがユウの口元は笑った。
改めて静かに息を吐き直して上を見る。
星は出ていない。
天頂にあるのは暗闇だけだ。
腰の魔法袋に手を入れて中を探る。
ラプラスから借りたノコギリナイフがあることを確認した後、リリィから貰った鍵開けのマジックアイテムを掴んだ。
(油断すれば死。油断しなくてもしくじれば死。……それが普通だ。)
死んでもまだ次がある、そう思って緩んでいた気持ちを引き締める。
周囲に誰もいないことを確認してから、そっと件の倉庫に近づいていく。
カーテンの隙間から縛られているアイナの姿が確認できた。
他には誰もいない。
カチャリ。
ユウはマジックアイテムで鍵を開けて中に進入すると、すぐに魔法袋からノコギリナイフを取り出した。
「ん? んんー!」
物音でアイナがユウに気づいた。
「静かに。助けに来た。縄を切るから足出して。」
前回と同じ工程を、前回よりも手早く行っていく。
「切り終わったらすぐに外に出る。話はその後だ、いいな?」
ユウの有無を言わせない言葉にアイナは無言で頷いた。
足首、胴体、そして手首、アイナを拘束していた縄を手早く切っていく。
手を動かしながら横目で時計の針を確認する。
二十三時十分前。
前回とほとんど同じ時間だ。
ということはもうすぐドアの向こうからU&Bがやってくるだろう。
「切れた。」
最後に口を塞いでいる布を切ってからアイナを外へと促す。
「ありがとうございます。えっと……、お名前……」
「ユウだ。逃げてからゆっくり話そう、急いで。」
「あ、はい」
(無事に逃げられたらな。)
アイナを先に外に出してからユウも窓に足を掛ける。
前回はここで敵が部屋に入ってきた。
背後を確認する。
――まだ来ない。
ユウは窓から外に出ると、指でアイナに前回と同じ方向を指示した。
アイナはわかったと言う代わりに頷いて示された方向に走り出した。
その直後、背後からドアの開く音が聞こえてくる。
「……あれ?」
――間一髪。
できるだけ足音を立てないように注意しながらユウも走り出す。
「おい! 生贄がいないぞ!」
背後で男の叫び声が響く。
ユウは振り返ることなく走った。
すぐにアイナに追いつく。
「大丈夫か?」
「捕まってたせいで、ちょっとまずいかもしれないです」
前回のループの時と同じく、彼女の言葉に偽りはない。
ユウは少しふらつきながら走るアイナの手を掴んだ。
彼女を引っ張っていくような位置取りで先行して走る。
そのまま前回と同じように最初の角を曲がった。
横目で背後を確認する。
追ってはまだ来ていない。
(この次だ、次でハウルとぶつかる!)
前回アイナがハウルとぶつかった曲がり角に差し掛かる。
時間は前回とほぼ同じ。
ということはここを曲がった先にいるはずだ。
ユウはハウルとぶつからないように警戒しながら、少し大回りで角を曲がった。
「……あれ?」
――いない。
曲がった先にいるはずのハウルがいない。
ハウルどころか誰もいない。
「どうしたんですか?」
「いや……。」
――違和感。
おかしい。
時間は前回とほとんど同じだ。
多少は前後するかもしれないが、誤差が一分もない以上、ハウルがこの付近にいるのは間違いないはずだ。
ユウは内心の焦りを抑えようと後ろを見た。
まだ追っ手は来ていない。
だがかなり騒がしくなっている様子が窺える。
「ま、待ってください……。私、もう……」
アイナが肩で息をしながら足を止める。
(そろそろ休憩しないとダメか。)
ユウも足がそろそろ限界だ。
心臓の鼓動がやけに大きく感じる。
休めそうな場所はないかと周囲を見渡すと、箱が詰まれているのが目に付いた。
「はぁ、はぁ、そこに隠れて休もう。」
「はい……」
二人で箱の陰に隠れて座り込む。
ユウは静かな空間に自分達の呼吸音だけが響いているような気がした。
空を仰ぎ見る。
天頂には相変わらず暗闇だけが広がっている。
視界の隅を金色の蝶が通り過ぎた。
「あの、そろそろ行きませんか?」
息を整え終わったのか、アイナが出発を提案してきた。
「ああ、そうしよ――」
「ストーンレイン」
――ユウは聞き覚えのある声を聞いた。
ドドドドドドッ!
「――!」
「きゃあああああ!」
ユウ達の隠れていた場所に向けて石の雨が降り注いだ。
突然の攻撃に二人は咄嗟に体を丸くした。
激しく叩かれた地面から土埃が舞い上がる。
(敵?! どこだ?)
攻撃が止んだ後、ユウは壊れた箱の隙間から恐る恐る周囲を確認した。
収まり始めた土埃の間から人影が見える。
数は一人。
(見つかったのか?! 分散して?)
ユウは腰の剣に手を掛けた。
前回のようにゾロゾロと団体さんがきているわけではなさそうだ。
――なんとかなるかもしれない。
以前のループでは一対一で不覚を取ってはいるのだが、それでも前回に比べればかなりマシだ。
何にしても戦わなければ逃げ延びることはできないだろう。
ユウは土煙の向こうから近づいてくる『敵』に意識を集中した。
「ユウくん。そこにいるんでしょ?」
「……え?」
聞き覚えのある声。
ユウは一瞬自分の耳を疑った。
だが間違いない。
――ユウはその『人物』を知っている。
月明かりに照らされて、近づいてくる『敵』の姿がはっきりしてくる。
間違いない。
――ユウはその『少女』を知っている!
「……ステラ?」
地平線に輝く月明かりの下。
背中には魔法により発現した白く輝く一対の羽。
土煙の中から姿を現したのはユウにとって最も大事な少女だった。




