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27:音速を超えて

『君のためなら死ねる。……昔は本気でそう思っていたよ』



「どうだ?」


「東で派手にやってるよ」


 ブレッドの問いに屋根へと続くはしごから顔を出したシス――、ロトが答えた。

ユウが事前に促しておいたお陰で、エルグリーゼはサブアジト内で既に臨戦体勢に入っている。


「この辺に住んでた人達もみんな東に向かったみたいだな」


「いったい何だってのよ、わけわかんない」


 ジュリエッタの言葉にナルヴィが毒づいた。

無理もない。

目立たないように屋根上に控えたロトとパウロ。

二人が交代でしてくる報告から見えてくるのは明らかな異常事態だ。

前回までの記憶があるおかげで心が出来ていたユウはまだしも、それがない彼女達は戸惑うばかりだろう。

ユウはステラと並んで無言でイスに座っていた。

時々当たる彼女の肩の感触が妙に柔らかくて心地よく感じる。


(これでこっちに襲撃は来ないはず。ここからはまた未知の領域だな。)


 やけに背筋が震えた。

武者震いというよりは悪寒という方が近いだろう。

灯りを消した倉庫の中で全員が息を潜めて時間が過ぎるのを待つ。


「おい、向こうが静かになったぞ。どうやら終わったみたいだ」


 終わった、という言葉をユウはフェラルホードで襲撃された生贄事件の犯人達が全滅したのだと受け取った。

となると暴徒はこの後どうなるのか?


 ――もしもこれからこちらに向かってくるとしたら?


 横目でステラを見る。

脳裏に以前のループで暴徒達に串刺しにされた彼女の姿がフラッシュバックした。

今度こそ守って見せると腰の剣を握りしめて心に誓う。

純粋な戦闘能力で言えば、剣も魔法も使えるステラの方が上だ。

だがそういう問題じゃない。

重要なのは好きな子のために自分の命を盾にする覚悟があるかどうかだ。

しかしそんなユウの覚悟を他所に、状況は少し違う方向に展開していた。


「おい! 何か来るぞ!」


「なんだよあれ!」


 パウロとロトがほぼ同時に叫ぶ。

彼らの上ずった声に全員が反応して上を向いた。

何事かと近くにいるもの同士で互いに視線で会話する。


 バンッ! ババババンッ! ババンッ!


 遠くから何かの破裂音が連続で聞こえ始めた。


 バンッ! バンッ! ババンッ!!


 その不規則なリズムは徐々に大きくなってくる。


「マズい! こっちに来るぞ!」


 バンッ! バンッ!


 ロトの叫びの直後、何かの破裂音が屋根上で二回響く。


「なんだ?! 何があった?!」


 ブレッドが屋根裏の二人に向けて叫ぶも返事はない。

痺れを切らして自分で確認しようとはしごに手を掛けた。

上を向いた直後の彼の目に、黒紫の光が差し込む。


 ――バンッ!


 例の音がサブアジトである倉庫の中に響いた。

屋根上から高速で降下してきた『男』によって、ブレッドの体が弾け飛ぶ。

言うなれば熱量の無い砲弾の直撃を受けたような。


 はしごの下に着地した『男』の足蹴にされた肉塊、ブレッドだったモノを見て、先程から外で響いていた破裂音の正体を全員が理解した。

ユウ達は知らなかったが、アナスタシアを中心としたホーリーウインドを一方的に屠ったのもこの『男』だ。

黒いマントに身を包み、両手は溢れるような黒紫のオーラに包まれている。

その極端に攻撃的な瞳からも同じ色のオーラが溢れ、友好的な関係の全てを無言で拒絶していた。

狂人と呼ばれることを否定するかのように口元だけは冷静さを保っている。


「お兄ちゃん……」


「ユートピア……」


 ユウの耳に近くにいたダリアとソフィアの呟きが同時に届く。

ダリアは屋根上にいた兄がどうなったのかを想像したのだろうということはユウにもすぐにわかった。

屋根上から聞こえた破裂音は二つ。

そしてその場にいたのはロトとパウロの二人だけ。

ブレッドがどうなったのかを考えると、つまりそういうことなのだろう。

だが問題はソフィアの方だ。


(……ユートピア?)


 彼女の口から出た言葉の意味がユウにはわからなかった。

ブレッドの突然の死に呆然としているようではあるが……。

といえ、それ以上考えている暇はない。

目の前に降り立った『男』が死を携えてこちらを狙っている。


 ダンッ!!!!!!


 ブレッドがやられたのを一瞬遅れて理解したメンバー達が一斉に『男』に飛びかかる。

ユウが止める暇もない。

その中にはステラの姿もあった。

残ったのはユウとダリア、そしてソフィアの三人だけ。


 ――嫌な予感がした。


 いや、予感と言うには確実性が高すぎる。

脳で考える前に反射的に結果が見えた、つまりはそういう表現が一番近い。


 バンッ!!!!!!


 『男』の姿が消えると同時に周囲の全員の体が爆ぜた。

もちろんステラも。

黒紫の残像と血肉の飛ぶ方向で、彼女達がどこに攻撃を受けたのかがひと目で理解できる。


「――!!」


 バンッ!


 ステラのあっけない死。

感傷に浸る間もなくユウの右側、視覚の外で再び肉の爆ぜる音が響いた。

黒紫の残像はその方向を指している。

ダリアのいた方向だ、もはや何が起こったのかを確認するまでもない。


 バンッ!


 今度は左側で音が爆ぜる。

ソフィアがいた方向だ。

ユウは視線の先には胴体を失ったステラが転がっている。


 ――守ると誓ってから何秒経った?

 ――自分がステラの盾になると覚悟を決めてから何秒経った?


『まだ一分も経ってないな』


 グレイファントム。

白煙の男の声が頭の中に響いた。

それを合図にするかのようにユウの視線が『男』の方向を睨む。

瞬時に湧き上がってきた怒り。

それは一体誰に向けられたものだったのか。


 ステラを殺した目の前の『男』に対して?

 ステラを守るための行動すら取れなかった自分に対して?


 既に冷静さを失っていたユウだったが、その行動は感情とは裏腹に合理的だった。


 『男』に対して怒りをぶつけるにはどうしたらいいか。

 

 ――目の前の『男』と戦えばいい!

 ――怒りに任せた攻撃を!


 自分に対して怒りをぶつけるにはどうしたらいいか。


 ――目の前の『男』と戦えばいい!

 ――勝ち目のない戦いを!


 その両方を同時に実行するためにユウは剣に手を掛ける。


 バンッ!


「――!」


 ユウが右手で剣を抜いた瞬間、左腕が肩の根本付近から弾け飛んだ。

この傷を回復できるであろうステラやダリアはもういない。

つまりはこの時点で死がほぼ確定したことを頭で理解する。

だがまるで他人事のようにユウは冷静さを保っていた。

反対に『男』の目が何かに対して驚きの色を僅かに宿す。

仕掛けるには絶好の好機、ユウにはそう見えた。


「ふっ!」


 肺に残っていた息を全て吐き出し、左肩から伝わってくる痛みに弾き出されるようにして『男』に斬りかかる。

剣が届くまで残り数センチ。

やれるかもしれない、脳裏に目の前の敵を斬り捨てて立つ自分の姿がユウの脳裏をよぎった。


 ――そう、一瞬だ。


 あまりにも速度に差がありすぎた。


 あまりにも経験に差がありすぎた。


 そして――。


 あまりにも実力に差がありすぎた。


 『男』は冷静に両足を踏み込む。

体が音速を超えて尚加速する。

すれ違いざまに裏拳を少し上向きにユウの鳩尾へと打ち込んだ。

黒紫のオーラで威力と範囲を強化された衝撃がユウの上半身を破壊していく。

『男』が移動したことをユウはまだ認識出来ていない。

自分が攻撃されたことも。

そしてもちろん自分の死も。


 バンッ!


 天頂の白い月の下、音がユウの死に追いついた。



「買うのは水と食料なんだろう? それならダリアの代わりに俺が残るよ。飯は少しでもうまいほうがいいからな」


 ……もう聞きたくなかったパウロの言葉をユウは再び聞いた。

そう、またこの時点に戻ってきたわけだ。


 疲れているせいか足に力が入らない。


(予想外だった。あれがラスボス的存在か?)


 別に現実はゲームのように都合よくラスボスが設定されているわけではないのだが、そう思っても仕方がない強さだった。

圧倒的な量の敵を退けたと思ったら今度は質的に圧倒的な敵の登場だ。


 ユウの視界にステラが映る。


 ――ステラが生きている。


 それだけで精神的に参りそうになった心に鞭が入った。

そう、ここは喜ぶべきだ。

彼女がまだ生きているのだから。


「ユウくん、行こう?」


 ステラが笑顔で振り返った。

今度は足に力が入る。


 ――今度こそ。


 ユウは再び外へを踏み出した。

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↓メインヒロイン()登場のために第二部に移行しました。
俺の本物を殺しに行く

メインヒロイン()・・・_(  ´・-・)_
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