25:女は女優
『人々は理解できないことを低く見積もる』
★
翌日。
ステラのことで普段よりも大幅に脳みそをこねこねしたユウはお昼前になってようやく目を覚ました。
「……。」
寝ぼけた頭で時計の針の位置を見て、それが示す時間は何時かとしばらく考える。
「――!」
数瞬後に脳が起動した。
「やばい!」
ユウは部屋に一人でいるにも関わらずつい叫んでしまった。
だがやばいのは事実だ。
フェラルホードが起こるのは今夜。
それまでに主犯と思われる女神教に生贄事件の犯人達の情報を伝えなければならない。
今のユウになるべく自然にそれができるとすれば、それはもうお昼を食べているアナスタシアと話す以外には思いつかなかった。
ということはもう時間がない。
急いで服を着て部屋を出る。
出かける前に少しステラの様子を確認したかったが、そんなことをしている時間もなさそうだ。
プチ女子会中のナルヴィ達を横目に、ユウはサブアジトを出た。
(腕時計が無いのはきついな……。)
ユウの知っている限り、この世界にスマホや携帯のような電子機器は無い。
となると時間を確認するための携帯アイテムは腕時計ぐらいしか思いつかなかった。
道ですれ違う人々の腕をさり気なく確認してみる。
(誰も付けてないし……。)
そもそも時間を確認しようとする素振りすら誰も見せない。
腕時計というものが存在しないのか、あるいは使うのは一般的ではないのか。
とにかく、具体的な時間がわからない以上はできるだけ急ぐしか他に無い。
寝起き直後の運動で心臓が苦しくなってきた。
体が水分を欲している。
(いた!)
昨日はリリィといたテーブル。
既にアナスタシアは道の方向を向いて食事を始めていた。
今回はどういうわけかサンドイッチではなくホットケーキだ。
(いや、パンケーキって言ったほうがそれっぽいか?)
……どうでもいいわ。
ユウは今までと同じように何食わぬ顔でアナスタシアの前を通り過ぎた。
「……ん?」
ホットケーキを入れた口を動かしていたアナスタシアがユウに気がつく。
だがすぐにまた手元に視線を戻してしまった。
(あれ……?)
ユウは彼女から声がかからないことに戸惑いつつ、辛うじて平静を装いきって通り過ぎた。
曲がり角を曲がってアナスタシアから見えないところに来てから足を止める。
用を済ませて戻ってきた感じで再び彼女の前を通り過ぎてみた。
だがやはり彼女はユウに視線を移すまでで声を掛けては来ない。
(なんでだ?)
再びアナスタシアから見えない位置に避難したユウは改めて首を傾げた。
(なんで声を掛けてこないんだ?)
ユウは今までを脳内で振り返ってみる。
――やっぱりぃ。傷だらけですぅ。
「……あ。」
美少女だからこそ許されるウザいしゃべりと共に思い出した。
――傷がない!
アナスタシアがユウに話しかけるきっかけはユウ自身の怪我だ。
それを彼女に治してもらうところから会話が始まっていた。
だがその傷は昨日の時点で既にリリィに治してもらっている。
つまり傷が無いユウにはこれまでと同じやり方でアナスタシアへの接触が出来ない。
(マズいぜ……。)
自分の方から女の子に声をかけるというのは非情に勇気がいる行動だ。
しかも相手が親しいわけでもないリア充っぽい美少女。
どうやら彼氏はいなくて少し男に飢え始めているようだが、それでも非リアのユウには厳しい相手だ。
ここで必要となる勇気の程度を考えると、これはユウにとってまさに勇者になるための試練と言っていいかもしれない。
(どうしよう。どうしようどうしようどうしよう!)
ユウは両手で頭を抱えて天を仰ぎ、全身で苦悩を表現した。
通行人達からの視線がユウに集まる。
その種類は明らかに奇人変人の類に向けられるのと同じものだ。
とは言え、いつまでもこうしているわけにもいかない。
今まさにこの瞬間もアナスタシアはホットケーキを食べ続けている。
その残量はつまり彼女と話せる残り時間に等しい。
(ええぃ! 仕方ない!)
かくなる上は次の手段だ。
ユウは覚悟を決めて再びアナスタシアのところへと向かった。
今度は前を通り過ぎることなくまっすぐと彼女に向かって進んでいく。
他の通行人に視線を向けていたアナスタシアだったが、ユウが自分に向かってくることに気がつくと首を傾げた。
「あの、少しいいですか?」
「はい、何か御用ですかぁ?」
アナスタシアはユウに声を掛けられる理由に心当たりがない。
一体何を言われるのかと候補を考えながら次の言葉を待った。
「女神教の人ですよね? 生贄事件の犯人を探してるって聞いたんですけど。」
「――!! それが何か?」
普段の口調に惑わされがちではあるが、アナスタシアは別に頭が弱いわけではない。
むしろ女神教内では次世代の幹部候補と目される一人だけあって、頭の回転は一般的な水準を大きく上回っている。
彼女はユウの持ちかけた話が自分の任務に関係するとわかった時点で即座に頭の中を切り替えた。
さらに平静を装いつつもこれが罠である可能性に考えを巡らせる。
それを悟られないために首を傾げたままのあどけない顔を続けたままだ。
女慣れした者達でも容易には見抜けない演技。
女慣れしていないユウにはとても看破できるものではない。
「東の倉庫辺りに怪しい奴らが集まってるのは知ってます? ほら、今までも毎回現場の近くにいたっていう。」
「いえ、それは初耳です。……詳しくお話を聞かせていただけますか?」
アナスタシアはユウにイスを薦めた。
敵か味方か、その判断を決めかねていた彼女の表情は先程までホットケーキを頬張っていた時と未だ変わっていない。
だがその口調は明らかに先程までとは異なっていた
「何かお飲みになります? 奢りますよ?」
「じゃあグレーターチョコレートパフェで。」
アナスタシアの言葉にユウは即答した。
ちなみにそのお値段二千五百ジン。
自分の財布が痛まないというので咄嗟に答えてしまったが、流石に少し高すぎたかとユウは内心で後悔する。
だがアナスタシアは特に動じることなくウェイターを呼ぶと、自分用にミルクティーの追加と一緒にさっさと注文してしまった。
基本的にはこちらから取りに行くスタイルの店だが、チップを渡せば向こうから持ってきてくれるらしい。
ユウは知らなかったが、実はこういうのはちゃんと経費で落ちる。
そうでなくとも、将来を期待される彼女の収入ならこの程度は別にどうということもない。
(しまった、飲み物も頼んでおくんだった。)
ユウ彼女の余裕を確認すると、今度はさっきまでとは逆の方向に後悔した。
(次はコーヒーも一緒に頼もう。……いや、ココアにしようかな?)
「…コホン」
ユウの頭がコーヒーとココアのことを考えているのを察してか、アナスタシアがわざとらしく咳をして柔らかい雰囲気を少し消した。
これが強面ならビビること間違い無い。
……が、今回はユウと同年代の美少女である。
むしろかわいい仕草をされて癒される場面だ。
(おっと、イカンイカン。)
ユウはアナスタシアに気を許してしまいそうな自分を戒めた。
昨日のリリィとのことを思い出す。
もうステラにあんな思いをさせるのは御免だ。
「では改めて。私は女神教中央教会ホーリーウインド所属、アナスタシア=ティラミスと申します。まずはお名前を教えて頂けますか?」
「ユウ=トオタケです。冒険者やってます。」
ボロが出るといけないので嘘は少ないほうがいい。
とは言え、まさかリアやステラ達と繋がっていると言える訳がないのでここは今まで通り冒険者で通すことにした。
「トオタケ? 勇者の家系の方なんですか?」
「いや、異世界人なんですけど、どうも勇者じゃないらしくて。」
参ったよ、と言う代わりにユウは頭を掻いた。
同時に彼女の口調にいつものウザさが無いことに気がついて警戒する。
「それは、……大変ですねぇ。困ったことがあったら教会まで来てください。女神様は困った人の味方ですからぁ」
警戒した直後にウザい口調が復活した。
きっと今のは素で言ったのだろう。
(ちなみに教会に行ったら監禁されて殺されたけどな。)
いったいお前の所はどうなっているのかと。
もちろん口に出しては言えないので、ユウはその言葉を心の中だけに留めておいた
「それで生贄事件のことなんですけど。」
「はい。東の倉庫でしたよね?」
「ええ、例の黒い格好の奴らが何人もいるみたいで。俺も依頼であの辺に行くことが結構あるんでやるんなら早めにやって欲しいな、と。正直巻き込まれたくないんで。」
――ドン!
「……え?」
ユウが言い終わった直後、店員がまるで塔のような高さのパフェをテーブルの上に叩きつけるように置いた。
「ふう……。グレーターチョコレートパフェです。それからミルクティーも」
ウェイターが息を整える。
ちょっとした重労働だったようだ。
(パフェが思っていた数倍デカイ……。)
ユウの顔が引きつる。
名称的にそれなりの大きさだとは予想していたが、まさかここまでとは思わなかった。
いつかのダーザインもこんな気分だったのだろうか?
「……食べます?」
「いいんですか?」
「もちろん。ていうかアナスタシアさんの奢りですし」
ユウはパフェを食べきるまでの間、前回の記憶を元にアナスタシアの質問に答え続けた。
事情を知らない人間から見れば、二人はパフェを仲良く食べるデート中のカップルにしか見えないということにユウは最後まで気が付かなかった。
だが、今回はステラに見られていなかったことを心から喜ぶべきだろう。




