24:浮気ではないけれど
『天使にも似た悪魔ほど人を迷わすものはない』
★
「……あげないわよ?」
「いらないよ。」
ユウは再びリリィと時間を過ごしていた。
ホットミルクを啜って束の間の癒しを満喫する。
前回と同じようにステラ達はユウを置いて市場へと買い出しに行った。
リリィにサンドイッチを欲しがっていると思われたのも前回と大体同じだ。
他にやることもないので、ユウがこの世界に来た時のことを話したりして適当に時間を過ごしていた。
この手の話は何度してもおもしろい。
特に相手が美少女だと尚更。
「そういえばさ。」
「何よ?」
「勇者教って知ってる?」
特に他意があったわけではない。
単に話すネタが無くなって思いついたことを聞いてみただけだ。
頬杖を付いていたリリィが目を細めてユウを見た。
何行っているんだコイツ、と言わんばかりの視線だ。
彼女の頬杖が解除される気配はない。
「そりゃ知ってるわよ。何? 入りたいわけ? 言っとくけど、勇者教に入ってもアンタは勇者になれないわよ?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。女神教と何がど違うのかと思ってさ。なんかメジャーなのがその二つらしいじゃん?」
女神教だけでなく勇者教でも勇者にはなれない。
ユウは内心で少しだけがっかりした。
……少しだけだ。
「一応もう一つあるけどね。でもその二つならどっちも似たようなものよ? 単に女神を重視するか、女神の加護を受けた勇者を重視するかだけ。名前が別々の宗教みたいな感じになってるけど、実際は宗派の違いって言う方が正確よ」
「ふーん。」
「ふーんって、アンタが聞いたんでしょうに」
リリィが今度は呆れたような顔になってミルクティーに口を付けた。
ユウもそれに釣られてぬるくなったホットミルクを飲む。
「あら?」
リリィが道の向こうを見て何かに気がついたような声を上げた。
どうしたのかとユウも同じ方向を見てみるとホーリーウインドらしき服を着た男が数人遠くに見えた。
こちらに向かって歩いてくる。
(やべぇ……。)
ユウは慌てて顔を背けた。
「HW。アスクにいるなんて珍しいわね……、って何してんの?」
「いや、別に……。」
ユウの様子を見たリリィが怪訝な顔をする。
「アンタ、まさか何かやらかしたわけ? HW相手に?」
「まあ……、少しだけ。」
「ご愁傷さまね」
少しどころか相当やらかしている。
というかなぜか最初から命を狙われている。
リリィはため息と共に金髪を揺らした。
「堂々としてなさいな。変にコソコソしてると逆に目立つから」
リリィに言われてユウは慌てて姿勢を正す。
「固過ぎよ。さっきみたいにリラックスしてなさい? ほら、こっち見て。今だけ恋人の振りしてあげるから」
「そんなこと言われても……。」
リリィがからかうように目を見てきたが、ユウの表情はぎこちない。
だが恋人の振りと言われて少しウキウキだ。
そんなことをしている間にもホーリーウインドの男達はユウ達の方向へと向かってくる。
彼らがいよいよ近くまで来た時、男の一人がユウに気づいたような素振りを見せた。
それと同時にリリィが立ち上がってユウに近づく。
「……ん?」
リリィはユウのすぐ横まで来ると、そのまま抱きしめてきた。
顔が彼女の胸に埋まる。
柔らかい感触と鼻を擽るいい匂いで、ユウの頭の中からホーリーウインドのことが一瞬吹き飛んだ。
「リ、リリィ?」
ユウが上目でもぞもぞとリリィの様子を伺う。
これは一体何のご褒美なのだろうか?
突然の事態に驚いたのはホーリーウインドの面々も同じだったのか、ユウ達をガン見している。
きっと彼らも彼女はいないのだろう。
その視線には明らかに羨望と嫉妬の色が混じっていた。
リリィはそんな彼らに横目で視線を送ると、邪魔だからあっちにいけと言わんばかりに手を振る。
それを見たホーリーウインドの男達は肩を落として慰め合いながら立ち去っていった。
一応は彼らも女神教のエリート達のはずなのだが、先程まで見せていた威厳はもはや微塵もない。
急場を凌ぐことが出来たのでユウはリリィから体を離そうとした。
美少女に抱きしめられるのは嬉しいが、それ以上に恥ずかしい。
だがそんなユウを離すまいとリリィが腕に力を込める。
「じっとしてて。すぐに離れると怪しまれるでしょ?」
それもそうかと納得したユウはリリィの言葉に甘えてもう少しこの時間を楽しませてもらうことにした。
リリィがまるで本当のカップルのような自然さでユウの頭をいい子いい子と撫でる。
年上の彼女ができたらこんな感じなのだろうか?
「ほら、不自然だからアンタも抱きしめて」
「う、うん。……こう?」
ユウは言われるがままにリリィの腰の当たりに腕を回して彼女の体を自分に引き寄せる方向に力を入れた。
彼女の母性的で柔らかい感触がよりはっきりと伝わってくる。
年上の彼女が出来たらこんな感じなんだろうかと思いながらユウは頭をリリィに押し付けた。
「あら、気に入ったの? なんなら今晩は私の部屋に泊まってみる?」
「え?!」
既に赤くなっていたユウの顔がいよいよこれ以上無いぐらいに真っ赤になった。
その反応を見たリリィが笑う。
「冗談よ。ほら、これで我慢しなさい?」
リリィがパチンと指を鳴らすと指先から緑色のオーラが溢れた。
みるみるうちにユウの全身を包みこむと傷と疲労が泡となって大量に湧き出す。
(気持ちいい……。)
疲労からの開放感で脱力したユウはそのまま全身の力を抜いてリリィに体を預けた。
体はもう完全にリラックスしている。
普段経験しないレベルの疲労を積み上げていたユウの体はもう抗うことができなかった。
緑が上乗せされた視界の中で、肉体的な疲労だけではなく精神的な疲労まで取れていくような気がする。
ユウは弛緩した体をおもむろに動かして視線を横に向けた。
「……あ。」
そして固まった。
同時にユウの疲労を全て取り去ったオーラが弾け飛んで消える。
「……? どうしたの?」
リリィの問いにユウは答えない。
答えられない。
なぜならユウの視線の先、道の向こう側ではステラ達がこちらを見ていたからだ。
彼女は冷めたような怒ったような、どう見てもポジティブとは言えない表情をしている。
リアとラプラスの二人も気まずそうだ。
ユウの異変に気がついたリリィも同じ方向に顔を向けた。
「……あら」
彼女もステラ達に気がついたらしい。
「ち、違うんだステラ!」
ユウが絶叫しながら後ずさる。
リリィから離れようとした勢いで椅子ごと倒れた。
「私はそろそろ時間だから行くわ。後は頑張ってね。それじゃ」
「待て! 逃げるな! お願いだから!」
懇願を無視してリリィはさっさと行ってしまった。
入れ替わりにステラ達がユウのところへとやってくる。
「ユウ、くん?」
「はっ、はい!」
ステラの低い声に、ユウは反射的に正座した。
背筋を不自然なほどに伸ばしている。
目の前に立ったステラは黙ってユウを見下ろした。
彼女の周囲の空気が噴火前の火山のように轟く。
ガクガクブルブルという表現がぴったりなほどにユウも恐怖に震えていた。
普段ならステラのスカートの中が見えるかもしれないと喜ぶところなのだが、今はそんな余裕もない。
「ユウくん、さっきの人は?」
「リ、リリィさん、です。たまたま話すようになって……。」
「抱き合って何してたの?」
「女神教が近くに来たんでやり過ごすために恋人の振りを……。」
「……ふーん」
それから魔法で疲れも取ってもらったとユウは言おうとしたが、ステラの不機嫌さを見て咄嗟に踏みとどまった。
彼女はつまらなそうと言うか、無理して無関心を装おうとして装いきれていない感じだ。
「ステラ、ユウだって男なんだ。これが浮気でも無い以上は私たちに止める権利はないさ」
「私は別に……。そういう意味で言ってるんじゃ……、ないし……」
歯切れの悪いステラの言葉にユウは罪悪感を覚えた。
自分がステラを特別に思っているのと同じように彼女もまた自分のことを意識してくれているのだと理解する。
(やっちまった……!)
そんな彼女を傷つけた。
傷つけてしまった。
後悔が胸の奥から湧き上がって来る。
ステラ一筋、いったいどの口で言っているのか。
一番大事な女の子を傷つけたという自覚が頭の中を支配する。
ユウは人生で初めて腹を切ってもいい気分になった。
江戸時代の武士たちは切腹する時こんな気持ちだったのだろうか?
「ステラっ! ごめん!」
ユウは地面に全力で額をこすりつけて土下座した。
この世界に土下座という文化があるとは思えなかったが、今は大した問題ではない。
通行人達が歩きながら横目で何事かと見ている。
何人かは足を止めた。
「……行こう」
ユウの叫びに応えることなく、ステラはサブアジトの方向へと向かって歩き出す。
リアは彼女を気遣って慌ててその後を付いていく。
ラプラスはユウの背中を無言で叩いて立つように促した。
結局、サブアジトに戻るまで二人が口を開くことはなかった。
★
その日の夜。
ユウはサブアジトで自分に与えられた部屋のベッドで仰向けに天井を見ていた。
もう外は暗いというのに明かりは付けていない。
考えるのはもちろんステラのことだ。
明日の夜には再びフェラルホードを迎えるというのに、もう一時間以上もそのことばかり考えている。
トントントン、と誰かがドアをノックした。
物思いに耽っていたユウはそれが空耳かもしれないと思い、ドアの向こうに向けて耳を済ました。
物音はない。
少しすると再びドアがノックされた。
空耳ではないとわかったので気乗りしない体を起こしてゆっくりとドアまで向かう。
「……ステラ?」
ドアを開けた先に立っていたのはステラだった。
意外な来客にユウはどうしたらいいものかと一瞬立ち尽くした。
ユウの反応を待っていたステラだったが、沈黙に耐えきれなったのか口を開く。
「ユウくん、お昼は……ごめん……。私、ちょっとどうかしてた。それだけ謝ろうと思って来たの」
ステラはゆっくりと言葉を選びながら謝罪した。
「そんなことないさ。俺の方こそ迂闊だったよ。ごめん。」
「ううん、いいの。リアも言ってたけど、別に私達付き合ってるわけじゃないもんね……。でも、その、あの人とはもう関わって欲しくない……、かな。自分勝手だって思うかもしれないけど」
「え? それってどういう……。」
「それだけ言おうと思って! じゃあね、おやすみ!」
「あ、ステ……。」
ステラはさっさと部屋に戻ってしまった。
ユウの静止は聞かなかったのか、あるいは聞こえなかったのか。
彼女の言葉がユウの頭の中をグルグルとウロボロスのように回る。
(これは……、もしかしてフラグか?)
しばらくしてからユウがようやく出した答えは、彼女いない歴イコール人生の割には頑張った方だと思う。




