23:東の倉庫
『人の評価は転んだ後に何度立ち上がったかで決まる。……そう信じたいな』
★
(よし、行くか。)
フェラルホードが発生する日の夜。
ユウは東の倉庫を調べるためにサブアジトを出発した。
地平線付近には白く大きな月が輝いている。
昼とは違う賑わいを見せる街。
その中を歩いて東へと向かって行く。
頻繁に酔っ払いとすれ違うエリアを抜けると、今度は人気のない静かなエリアに出た。
先程とは打って変わって、金色の蝶ぐらいしか見当たらない。
自分の足音と呼吸音だけがやけに響く。
(この辺だな。)
手書きで写した簡単な地図を見て自分が今いる場所の検討を付ける。
リリィが言っていたのはこの辺りのはずだ。
五芒星を一筆書きする時に必要な頂点の数は五つ。
これまで生贄事件が起こった場所はそのうちの四つの位置だった。
となれば最後の五つ目はこの付近で間違いない。
この世界では五芒星が一般的ではない様子なので誰も気が付かなかったみたいだが、ユウにはすぐにわかった。
(アナスタシア達は生贄事件の犯人を追っているって言ってた。本当に俺達を犯人だと思って攻撃して来たのだとすると、犯人がここにいると知ればこちらを攻撃してくれるはずだ。)
極力足音を立てないように心がけて静かに歩く。
ユウは月明かりを頼りに息を殺して人気がないか倉庫を一つ一つ確認して回った。
七つ、八つ、もうじき確認した倉庫の数が二桁になるかというところで、ユウはカーテンの隙間から僅かに明かりが漏れている倉庫があるのを見つけた。
この辺りでは割りと大きい部類の倉庫だ。
周囲を確認しても明かりが漏れているのはここだけらしい。
ユウは誰もいないのを確認してから慎重にその倉庫に近づいていく。
自分の心臓の鼓動がやけに大きい気がして少しびびりつつも、そっと倉庫の中を覗いた。
(一人じゃない……、かな?)
少なくとも二つの影が動いている。
だがユウが覗いている隙間からでは中が見渡せないのでよくわからない。
(くっそ、見えねぇな。)
なんとか中の様子を探ろうと角度を変えて試して見るも、わかったのはそこが休憩室か何かの用途で使われている部屋らしいということだけだった。
諦めて他の窓からも覗いて見ようと隣の明かりへ移動してみた。
だが二つ目の窓からも期待に応えられるような光景は見えない。
どうやらこの部屋は普通に物置として使われているらしい。
ハズレかと思って肩を落としながら、念のために更に隣の三つ目の窓も確認してみる。
(……お?)
諦めかけて他の倉庫を探ろうと思っていたユウの視界に入ってきたのは、猿ぐつわをされて縄で縛られた少女の姿だった。
(これは……、もしかして当たり?)
少なくとも何かの事件性があるのは間違いない。
ユウがそう判断したちょうどその時、捕まっていた少女と目が合った。
「んん~。ん~」
体をもぞもぞと動かして自分が捕まっていることを必死にアピールする。
こうなってしまうと非常に厄介だ。
女なんて掃いて捨てるほどいると断言できるようなイケメンならともかく、彼女のいない歴イコール人生であるユウにとって目の前の少女の助けを無視するのは至難。
事実、ユウの心は助けを求める姿を見た瞬間に彼女を助けようと決めてしまっていた。
だが音を立てないように窓を開けようとするも開かない。
(鍵がかかってる? ……そうだ!)
昼間にリリィから貰ったマジックアイテムを取り出した。
彼女の言葉が本当なら、コイツには鍵を開閉できる能力が備わっているはずだ。
(頼むぜ、神様仏様リリィ様。)
マジックアイテムを窓に近づけて祈るようにボタンを押す。
カチャ。
窓が小さな音を立てた。
(お、本当に開いた。)
ここまでやっておいてなんだが、ユウはまさかこれが本当にマジックアイテムだとは思わなかった。
(これは使えるな。 回数制限なんかあるのか? 今度会ったらリリィにお礼ぐらいは言っておこう。)
鍵開けのマジックアイテムを魔法袋に仕舞い、部屋に少女以外誰もいないのを確認してからゆっくりと中に入っていく。
「んー。んんー」
「ちょっと待って。」
ユウは剣を抜いて少女の口を塞いでいた布を切ってやった。
「ぷはっ!」
茶髪のポニーテールが揺れる。
息が苦しかったのか、少女は数回深呼吸をした。
「誰か知らないけどありがとう。……助けに来てくれたんだよね? 早くしないとあいつらが来るよ、そろそろ灯りを消す時間だから」
「わかった、急ごう。」
取り敢えず少女の両足を縛っている縄も切りに掛かる。
口を塞いでいた布よりは手強そうだ。
こうしている間にも殺人犯がここに向かってきているかもしれない。
そう思うと焦りがどんどん増してくる。
「早く、早く」
急かす少女の小声がユウの焦りを一層強くした。
「くそっ、切れないな……。」
ノコギリのように何度も剣を往復させるが中々捗らない。
少女を縛っている縄は他にも両手、胴体とある。
最低でも彼女を柱に繋いでいる両足の縄は切らなければならないだろう。
「ちょっと、早くしてよ」
「わかってるってば。……切れた!」
これで最低限ここから逃げ出すことが可能になった。
とはいえ上半身を縛られたままなので少女はうまく体を起こすことができない。
体をくねらせる彼女をユウが手伝おうした時だ。
ガチャ。
ドアが開いて黒いローブを着た男が入ってきた。
ユウと正面から視線が合い、一瞬だけ時間が止まった。
「……なんだお前は! MAかっ?!」
ワンテンポ遅れて状況を把握した男が慌てて剣を抜く。
少女の足の縄が切られているのを見つけると、瞬時にユウを敵と判断して駆け出した。
狼狽した態度に似合わない鋭い動きでユウとの距離を一気に詰める。
「うわっ!」
キィン!
フェイントも交えた突き。
防御しようとしたユウの剣はあっけなく弾かれた。
ドスッ! ブシュ!
「つっ!」
間髪入れずに空いた胸に一撃。
レザーアーマーの上から心臓を貫く。
痛みがユウの体から自由を一気に奪い去った。
剣は即座に引き抜かれ、脈動に合わせて血が溢れてくる。
そのまま前に倒れようとしたユウの首筋に再び鋭い衝撃。
ダメ押しとばかりに首からも血が溢れだす。
薄暗い視界が急速に光への感度を失っていく。
(こんなに……、あっけなく……。)
一見して雑魚敵のような相手に真正面から瞬殺された。
その事実がユウを呆然とさせる。
ホーリーウインド襲撃の際にアイザックの攻撃を凌ぎきって得た自信が崩れ去っていく。
少女が何かを叫んでいるが、なんと言っているかまるで聞こえてこない。
重力感も曖昧なままに視界が傾き、地面に倒れた時の衝撃を最後にユウの意識は消え去った。
天頂には白い月が輝いている。
★
「買うのは水と食料なんだろう? それならダリアの代わりに俺が残るよ。飯は少しでもうまいほうがいいからな」
ユウは再び視界と意識を取り戻した。
体が疲労のピークを訴えかけてくる。
目の前の光景はサブアジトの中だ。
(今度は同じところに戻ってきたか。)
ユウは腰の剣を見ながら、頭の中で死ぬ直前の戦いをおさらいした。
正直言って、まさかあんなに呆気なく殺されるとは思っていなかった。
自分が決して強者ではないことを改めて思い知らされる。
――が、幸いにして次の方針は決まった。
(アナスタシア達にあの倉庫を襲撃させる。)




