22:金色のマジックアイテム
『誰か俺を好きになれ。そう願い始めたのはいつだっただろうか』
★
「買うのは水と食料なんだろう? それならダリアの代わりに俺が残るよ。飯は少しでもうまいほうがいいからな」
再び意識と視界を取り戻したユウの目の前でパウロが以前と同じ言葉を放った。
だがここは今までとは違いメインアジトではない。
(ここは……、サブアジトか?)
ユウは周囲を確認した。
間違いない、サブアジトだ。
(また戻ってくる場所が変わったのか? なんで?)
考えられるのは何か事態が前進した可能性だ。
だがユウにはそれに該当するようなことは思い浮かばなかった。
「じゃあそれで決まりだな。ダリアも買い出し組に入ってくれ」
会話の内容からすると、どうやらサブアジトに到着してこれから買い出しに出発するところのようだ。
シスコン達がサブアジトから出発していく。
(俺は確か……。)
「ユウ、私達も行くぞ?」
ユウはリアの呼びかけを聞いて、この時点で既に自分が彼女達と一緒に買い出しに行くことは決まっていたのだと思いだした。
内心の焦りは表に出さないように注意して何食わぬ顔で後ろをついていく。
もちろん今回もステラが一緒だ。
彼女もユウを見て少し微笑んでくれた気がした。
(確か走った後なんだっけ?)
異様に重い体を引きずりながら、この時の自分の状況を思い出す。
確かホーリーウインドと戦ってからここまで走って逃げてきたはずだ。
(そりゃ体も疲れてるよな。)
リアとラプラスの後ろを遅れないようにしてステラと並んで歩く。
体力的には厳しいが好きな子と一緒なので自然と無理をしてしまう。
「ユウくん大丈夫? すごい疲れてるみたいだけど……」
だが市場の近くまで来たところでついにステラにも心配されてしまった。
「大丈夫大丈夫。余裕だって。……あら? あらららら。」
空元気を見せたユウだったが、言った直後に足元がふらついて倒れそうになる。
ステラとラプラスが慌てて体を支えてくれた。
「これでは流石に人混みの中へは連れていけないな。よし、お前はこの辺で少し休んでいろ、私達だけで行ってくる」
「悪い……。」
ユウはリアに両手を合わせた。
その体勢にラプラスが首を傾げる。
「……? なんだそのポーズ?」
「ん? ああ、謝ったりお願いしたりするときのポーズ、かな?」
この世界では手を合わせるという文化は一般的ではないらしい。
ここに来て新しい発見だ。
「さて……。」
どうしたものか。
市場に向かう三人を見送った後、ユウはとりあえず近くの店で休むことにした。
一番安いミルクを買って店の外にあるテーブルにつく。
視線の端に日光を跳ね返す金髪が見えた。
「ん?」
ユウは斜め前の席でリリィが食事をしていることに気がついた。
今までと同じようにサンドイッチを食べている。
(そういえばいたんだっけ。)
黙っていれば美人だ、黙っていれば。
「何よ、ジロジロ見て。何か用?」
早速目をつけられた。
リリィが横目でユウを睨むように見る。
M度の高い男なら美人の蔑むような視線に興奮すること間違いなしだ。
「いや、なんでもないよ。たまたまそっちを見てただけさ。」
「ふーん。ちなみに私のサンドならあげないわよ?」
「……いらないよ。」
会話もほぼこれまで通り。
「それで? ミルク一杯で何してるわけ? 生贄事件の犯人でも探してるの?」
「人を待ってるんだ。別に俺が犯人探してもどうしようもないだろ?」
「それもそうね。アンタじゃあれには勝てそうもないし」
「……あれって?」
ユウはリリィの言葉が引っかかった。
彼女の方から生贄事件のことを話してきたこともそうだが、それ以上に犯人について何か知っているかのような口ぶりにだ。
「今までの生贄事件の時に現場付近で毎回姿を確認されてる奴らがいるのよ。東の方に倉庫が集まってるエリアがあるでしょ? 最近はあの辺にいるらしいわ。次はあそこでやる気なのかもね」
「詳しいんだな。」
「そう? むしろこれくらい知らない方がどうかと思うわよ? アンタって友達いないの?」
「……。」
隙あらば毒を吐いていくスタイル。
だがこれは有益な情報かもしれない。
できればすぐに行ってみたかったが、ステラ達がいる上に現状のユウの体力はほぼ限界に近い。
(行くとしたら明日だな。)
今日はしっかりと休んで明日から行動しよう、ユウはそう決めた。
「何? 行く気なわけ? その体で?」
「いや、疲れてるから明日にするよ」
「その体じゃ一日休んだって変わらないわよ。……ほら」
パチン、とリリィが指を鳴らす。
指先から緑色のオーラが湧き出したかと思うと、瞬時にユウにまとわりつくように移動して全身を包みこんだ。
「――!」
数秒ほどゴボゴボと音を立てた後、パンと音を立てて風船が割れて弾け飛ぶかのように消え去る。
「どう?」
「どうって……。」
ユウは何が起こったのかよくわからずにリリィの顔を見た。
「疲れが取れたでしょ?」
試しに腕を振ってみると確かに体が軽い気がする。
ユウは立ち上がって飛び跳ねてみた。
体が疲労を全く感じない。
「なにこれ!? 魔法?!」
「まあ、そんなもんよ」
「サンドイッチ食ってるだけの人じゃなかったのか。」
「うるさいわね」
リリィが気怠そうにミルクティーを飲む。
ユウも自分のミルクを持って彼女が座っているテーブルに移動した。
「魔法使いだったんだ? えーっと……。」
ユウはリリィの名前を呼ぼうとして辛うじて踏みとどまった。
彼女の視点では二人は初対面で名前も知らない関係のはずだ。
「リリィでいいわ。ちなみに魔法使いは名乗ってないわよ? ただ使えるっていうだけ」
どうやらユウが名前を聞きたがっていると勘違いしてくれたらしい。
「俺はユウ。魔法使いで無かったら何になるの? 僧侶?」
一応自分も名前だけの自己紹介をしておいて話を元に戻す。
この瞬間は単純に好奇心がユウの行動を縛っていた。
「僧侶でもないわ。そもそも何でもないわよ」
「……え、無職?」
「うるさいわね。どうだっていいでしょ?」
「家事手伝い的存在か。」
家事手伝いという単語にリリィが眉を細めた。
「家事手伝い? ……何それ? 仕事?」
どうやら家事手伝いという言葉を知らなかったらしい。
「女の子にのみ許される無職のマイルドな表現。」
「結局無職ってことじゃない……。マイルドどころか逆に手厳しいわよ」
二人はその後もあまり後の役に立たなそうな会話をして時間を過ごした。
そうこうしている内にステラ達が買い物を終えて戻ってきた。
三人に気がついたユウの視線をリリィも追う。
「あれがお仲間? ……アンタと違って結構普通なのね」
「どういう意味だよ?」
「アンタが変わり者ってことよ」
そう言うとリリィは立ち上がった。
テーブルの上には空になった皿とカップだけが置かれている。
「私も丁度いい時間だから行くわ。仕事クビにならないように頑張りなさいな」
そう言うとテーブルの上に小さな箱のような物をユウに向けて放り投げた。
慌てて両手でそれをキャッチする。
「これは……?」
見ればライターほどの大きさのそれには金色のボディにボタンが一つだけついている。
これが一体何なのかユウにはわからなかった。
「鍵を外から開閉できるマジックアイテム。餞別にあげるわ」
それだけ言うとヒラヒラと手を振りながら別の方向へと行ってしまった。
「鍵を……、開閉?」
首を傾げたユウのところへ入れ替わりにステラ達が近づいてきた。
なんとなく後ろめたい気がしたので慌ててリリィに貰ったマジックアイテムを魔法袋に入れた。
三人を見ると、どういうわけか表情が少し固い。
「ユウくん、今の人は?」
ステラは焦ったような、あるいは何かマズいものでも見てしまったような様子だ。
上目遣いにユウの様子を伺っている。
(か、かわいい……。これは反則だろ……。)
彼女の視線にユウはドキリとした。
うっかりなんでも言うことを聞いてしまいそうだ。
「ああ、たまたまここで会ったんだ。暇だったから話してた。」
「ふ、ふーん。そうなんだ……。もしかしてまた会う約束してたり、とか?」
もじもじとする仕草がいじらしい。
ユウの心臓はハートの矢で滅多刺しにされていた。
「いや、そういうのはしてないよ。たぶんもう会うことはないんじゃないかな。」
「そっか……、よかった」
トドメは安心したような満面の笑顔だ。
彼女もいたことのない男が好きな子からこんな笑顔を向けられて舞い上がらない訳がない。
ユウはついさっきまで東の倉庫を見に行ってみようと意気込んでいたことも忘れ、ステラと一緒にサブアジトに向かって歩き始めた。
「リア様……」
「……何も言うなラプラス」
ユウとステラ、双方の気持ちを理解しているリアとラプラスはなんとも言えない表情で居辛そうにその後ろをついていった。




