21:愛は偉大だ
『孤独なとき、本当の意味で自分という存在を感じとれる気がする』
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ユウとステラをホーリーウインドの三人が補足した。
「やっぱりいましたねぇ? カップルの幸せオーラが充満していて羨ま――、コホン、気配ですぐにわかりましたぁ」
目当てのねずみが穴から出てきたとばかりに声を上げたのはアナスタシアだった。
彼女の発言の一部は無かったことにしてやるのがやさしさというものだろう。
どうやら彼氏はいないらしい彼女の両脇を固めている二人の護衛も、その部分はスルーしたようだ。
「邪教徒はここで大人しく……、あらぁ?」
粛清の口上を述べようとしたアナスタシアが首を傾げた。
不思議そうな表情で目を細めてユウの顔を覗くように見る。
「んー?」
月明かりがあるとはいえ、暗闇の中で距離がある上に光の魔法で派手に木々を薙ぎ払った直後となると、相手の顔を確認するのも容易ではない。
アナスタシアがユウの顔を確認している間、護衛の二人はどうしたらいいものかとアイコンタクトで相談していた。
(どうする?)
(とりあえず待機だろ。俺ら、この人に逆らえないし)
ユウとステラも相手の出方を伺って動けない。
この場にいる全員がアナスタシアの動きを待つしかなかった。
「あぁ! もしかしてユウ様ですかぁ?!」
「……。」
なんと答えるべきはユウは迷う。
いずれにせよ、彼女がユウの確認できたことでようやく止まった状況が動き出した。
「や、やあ、また会ったね。」
とりあえず無難に手を上げて引きつった返事を返してみた。
ユウとアナスタシアが知り合いらしいと理解したステラが少しムッとした顔をしたが、それに気がつく余裕は今のユウには無い。
(おい、なんか知り合いみたいだぞ?)
(アナスタシアさんの男か? でも女も一緒にいるぞ?)
(二股じゃね?)
(修羅場だな)
アナスタシアの護衛の男たちは再びのアイコンタクトで現状を三角関係だと結論づけた。
「ユウくん、あの人のこと知ってるの?」
「う、うん。お昼食べる時にたまたま一緒に……。」
ステラの声は明らかに座っている。
ユウの曖昧な返答を聞いて不機嫌そうに剣を抜いた。
少し俯いているせいで彼女の目元が陰になって見えない。
というか、ステラの剣が敵にではなくてユウに向けられているのは気のせいだろうか?
(もしかしてステラ怒ってる? なんで?!)
ユウは冷や汗を大量に流した。
まるで本当に浮気がバレたかのようだ。
その様子を見ていた護衛達が再びアイコンタクトで相談する。
(なあ、これってもしかして邪教徒の討伐に関係なくね?)
(でもリア充だぜコイツ)
(そうだな……。確かにかわいい女の子を二人とか許せんな。俺らなんて彼女そのものがいないのにな)
(うるせぇよ。とりあえずぶっころそうぜ?)
(OK、久しぶりに全力出すわ)
(俺も。みなぎってきたぜ)
……護衛の二人はやる気満々だ。
「まさかユウ様も邪教徒だったなんてぇ……。私を弄んで心の中では笑ってたんですねぇ、許せません!」
「『弄んで』……? ユウくん、あの子とはどんな関係なの?」
「違う! 誤解だ! 違うんだって!」
ステラの冷たい視線がユウに突き刺さる。
(ステラが怖い……。)
杖と剣、二人の美少女がそれぞれの武器を握る拳に力を込めた。
一体どうしてこうなってしまったのか。
ユウはただ冷や汗を流して狼狽えることしかできなかった。
(今なら銀の戦車が使える気がするぜ……。)
自嘲気味に笑うユウを無視してアナスタシアが杖を構えた。
「覚悟しなさいU&B! 悪しき者達を貫け! ミーティアシャワー!」
彼女の言葉に答えるように杖の先端に光が宿る。
両脇にいた護衛もそれを戦闘開始の合図と受けとって武器を構えた。
二人とも剣と盾のオーソドックスなスタイルだ。
バシュシュシュシュシュシュン!
光が弾け無数の矢となってユウとステラに殺到した。
同時に護衛の二人も駆け出す。
「ランドディフォメイション!」
あわやユウを粛清しそうなところまでいっていたステラだったが、アナスタシアがユウと自分の両方を攻撃対象にしたことで即座に気持ちを切り替えた。
魔法で自分とユウの前の地面を隆起させて防御壁を作る。
これはステラのような魔法戦士がよく使用する魔法だ。
単に地面を隆起させて固めるだけなので直接魔力で防御壁を構成するタイプの魔法よりも魔力の消耗が少なくて済む。
防御壁の完成に一歩遅れて光の流星群が到着した。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!!!!!
「うおおおおおお!」
土の壁が勢い良く削られて土煙を巻き上げていく。
ユウは体を丸くして思わず叫んだ。
声の勇ましさと恐怖でうずくまった体の情けなさのギャップが激しい。
アナスタシアの攻撃が止んだ後、周囲を覆う土煙の中を二つの激しい足音が迫ってくるのが聞こえた。
該当する人物として彼女の護衛の二人の存在に思い当たったユウは慌てて立ち上がりながら剣を抜く。
(ステラは大丈夫かっ?!)
愛は偉大だ。
自分の命が危ない状況でもユウはステラの心配をしていた。
ボロボロになった土壁の両脇から土煙を掻き分けて二人の男が突っ込んで来る。
ユウの位置から見ると二人の動きはほぼ左右対称だ。
こうなってしまうと経験不足のユウには荷が重い。
ドスッ!
右側から来る男の剣撃を受けようと剣を構えたところで背後からもう一人に脇腹を突き刺された。
「――!!」
痛みでユウの動きが止まる。
「ユウくん!」
追い打ちをかけるように右側の男からの上段斬り。
同時にステラの声が聞こえた。
ザシュ!
上から迫る剣を受け止めようと剣を横に構えたユウだったが、下半身の踏ん張りが効かなくなった体では抗うこともできずに胴体を斬られた。
(また……、ダメなのか?)
左肩から右の脇腹にかけて出来た傷は心臓にまで届いている。
自由が効かなくなった体が仰向けに倒れていくのを、ユウはまるで他人事のように待つことしかできなかった。
視線が真上を向く。
暗転する視界を満たす空には、先程まで無かったはずの黒い月が輝いている。




