17:美少女は優等生
『先生、勇者になりたいです』
★
もうそろそろ昼前という頃、ユウはサブアジトを出発した。
目的はアナスタシアだ。
前回のループと同じであれば彼女があの場所で昼食をとっているだろう。
ここでの接触が今夜のフェラルホードにどんな影響を与えるのかはわからないが、彼女もホーリーウインドの一員である以上は無意味でもないはず。
(でも、これがトリガーだったらどうしよう……。)
当然の懸念だ。
とはいえ、そんなことばかり言っていても始まらない。
意を決してアナスタシアのいる場所へと向かう。
(いた!)
どうやらこれから食事を始めるところらしく、テーブルの上のサンドイッチとミルクティーにはまだ手がつけられていない。
アナスタシアが自分に気が付いてくれることを祈って不自然に見えない程度にゆっくりと彼女の前を通る。
話のきっかけが向こうからというのが厄介だ。
「あらぁ?」
(よし、気づいた。)
「そこの方ぁ、少しまってくださーい」
目論見通りにユウに気が付いたアナスタシアが近づいてくるとユウの体を上下に観察し始めた。
ユウは突然の事態にわけもわからず戸惑っている振りをする。
「やっぱりぃ、傷だらけですぅー」
「まあ、冒険者なんで。」
「こっちに来てくださいー、治しますからぁー」
アナスタシアがユウの手を取って食事をしていたテーブルの方へ連れていく。
前回とは細かいやりとりが異なるのは流石に仕方のないことだろう。
「キュアオーラァー」
イスに立てかけてあった杖を手にしたアナスタシアがユウに治癒魔法を掛ける。
青白い光とほのかな温かさに全身が包まれて治りかけの傷が完治していく。
「はいっ、治りましたぁー」
「ありがとう。何かお礼した方がいいかな?」
「お礼なんていりませんよぉ。あ、よかったらお昼一緒にどうですかぁー?」
「じゃあ御一緒させてもらおうかな。」
ユウは前回とほぼ同じ展開になったことに内心で安堵する。
ホットドックとサラダにお茶を買ってきてからアナスタシアの正面に座った。
アナスタシアは食べずにユウを待っていてくれたらしく、彼女のサンドイッチもミルクティーも減ってはいなかった。
「先に食べててくれてよかったのに。お茶冷めてない?」
「大丈夫ですぅー。折角誘ったのに先に食べたら意味ないですよぉー。じゃあ食べましょうかぁー?」
表向きは年頃の男女の会話だ。
ユウがまるでリア充のように見える。
アナスタシアは細い綺麗な手でミルクティーの入ったカップに手を伸ばした。
仮にも女神教のトップエリート、その姿には神々しささえ漂う。
そのせいか、ユウは未だに彼女が過激派に属しているという事実を受け入れきれない。
ユウも彼女に釣られるようにしてお茶に手を伸ばした。
「女神教の人、だよね?」
「そうですよぉー? アナスタシア=ティラミスっていいますぅー。冒険者様はお名前なんて言うんですかぁー?」
「俺? 俺はユウ=トオタケっていうんだ。」
正面からアナスタシアの眼を見るのが恥ずかしかったので今度はホットドッグに手を伸ばす。
首を傾げる彼女の綺麗な金髪に日光が反射して輝いた。
「トオタケ? 珍しい苗字ですねぇー。もしかして勇者様の家柄ですかぁー?」
「残念ながら勇者じゃないんだってさ。まだこの世界に来たばかりの異世界人だよ。」
「あー、そうなんですかぁー。それは大変ですねぇー」
やはりというか、勇者で無い異世界人は即刻苦労人扱いだ。
あるいは宝くじのあたりをぎりぎりで逃した感じか。
どちらにしても同情される要素なのは間違いない。
「じゃあ、そんな可哀そうなユウ様には私のサンドをひとつあげますぅ」
アナスタシアが自分の皿に乗っていたサンドと一つユウの皿に手で移した。
(……お、ハムサンドだ。)
パンに挟まれた具を確認したユウのテンションが少し上がる。
現金なやつだ。
……いや、この場合はハムサンドなやつか?
「いいの?」
「はいっ!」
ユウの問いに満面の笑みが返された。
(ま、まぶしい……。)
悪意のかけらも見当たらない笑顔、雲一つない青空から降り注ぐ日光。
光を反射して輝く金色の髪が彼女の神々しさを一層強調する。
「アナスタシアさんって、もしかして聖女様だったりとか?」
「そんなぁ、私なんて聖女様には遠く及びませんよぉ。ふふふ」
褒められてアナスタシアもまんざらでもなさそうだ。
こうしていると普通の年頃の少女でしかない。
そんな彼女を見て、ユウは自分が女神教のことをあまり知らないことに思い当たった。
当たり障りのないことなら前回のループでも聞いてはいるが……。
他に話題もないし調度良い。
「そういえばアナスタシアさんって女神教のこと詳しい? 詳しかったら色々教えて欲しいんだけど。こっちに来たばっかりだから他の人達の話についていけなくて。」
「さん付けはしなくていいですよぉ? それじゃあ私がユウ様に女神様の何たるかを伝授してあげますぅ。これでも一応女神教のシスターですからぁ」
……口調がうざい。
マジでうざい。
美少女でなければ許されないぞこれは。
アナスタシアは自分の魔法袋から紙芝居を取り出すと、それをユウに見せながら話し始めた。
「いいですか? まず、この世界はたった一人の神様によって作られました。それが女神アインス=サティ様です。女神様は初めに空と大地を、次に海と太陽と月を、そしてこの世界の住人として龍と獣達を作ったと言われています。」
「ふんふん。」
ユウはホットドッグを頬張りながら時折相槌を打つ。
ちなみにユウの知識の中ににアインス=サティという名前の神はいない。
「ですが龍たちはわがままで女神様のいうことを聞かずに好き放題暴れていました。だから女神様は龍に天罰を下して封印し、龍の代わりとして新たに人を作りました。人々は龍と違って争うことなく、世界は平和になりました」
ユウはホットドッグを食べ終わったのでアナスタシアにもらったハムサンドに手を伸ばした。
先にサラダで口の中をリフレッシュしておく。
もちろん適当に相槌を打つのも忘れない。
「しかしやがて世界に異変が起こります。別の世界から邪悪な魔族達がやってきたのです」
アナスタシアが神妙な顔で語る。
まるで子供に昔話を聞かせているようだ。
というか紙芝居の絵が見事に子供向けだ。
「悪い心を持った魔族達に人々は対抗することができませんでした。なぜなら争う心を持っていなかったからです」
金髪が再び揺れて輝く。
女神教内での彼女の地位を知らないユウはアナスタシアが本当に聖女か何かではないかと思った。
それくらい圧倒的な神々しさを放っている。
「そこで女神様は戦う意思を持った人間を異世界から呼び出し加護を与えました。これが勇者と呼ばれている人々の始まりです。人々は勇者から正義の心を学び、勇者と共に魔族と戦いました。勇者は魔族の王を倒すことに成功しましたが、異世界にいる邪神の加護を受ける魔族達を完全に滅ぼすことまではできませんでした。こうしてこの世界に魔族が住みつくようになったのです」
適当に相槌を打つ。
ここにきてユウはあることに気が付いた。
(あのウザイ口調がいつの間にかなくなってる……。)
今のアナスタシアの口調は賢い優等生な感じだ。
なるほど、普段の頭の緩そうな口調とのギャップでインテリっぽさが数段強調されている。
いつの間にかハムサンドがなくなってしまったので、ユウは仕方なく残っていたレタスを口にくわえた。
忘れないうちにもう一つの疑問を解消しておこうと手を挙げる。
「質問、なんで俺は勇者じゃないの?」
神妙な顔をしていた上に質問までしてきたユウの様子を見て女神教に興味を持ってもらえたと受け取ったアナスタシアはご満悦な表情だ。
「それはですねぇ、ユウ様が勇者としての適性を持っていなかったということですぅー」
「そんなー。」
なんとなくそんなことだろうと予想していたユウの反応は完全に棒読みだ。
アナスタシアも口調が元に戻っている。
「勇者召喚で適性がない人が呼ばれることはありませんから、無差別の召喚か、あるいは偶然この世界に来ちゃったんですねぇ」
「無差別か偶然って、おいおい……。」
ユウは自分がこの世界に来た時の様子をアナスタシアに説明した。
もちろん差し障りの無い範囲で。
「うーん、魔法陣がないんじゃ召喚ではなさそうですねぇ。きっと偶然が重なったんですよぉ、これも女神様の思し召しですぅ!」
美少女の満面の笑みにユウはついつい頷いてしまった。
ステラと出会っていなかったらこのまま女神教に入信してしまいそうだ。
ユウは頭の中でステラの姿を想像して踏みとどまろうとした。
(だまされん、だまされんぞ俺は。)
目の前にいる美少女は女神教の過激派ホーリーウインドの一員なのだと自分に言い聞かせる。
「……どうしたんですかぁ?」
「いや、なんでもないよ。」
とりあえず一段落ついたと紙芝居を仕舞ったアナスタシアがユウの様子に首を傾げた。
(大丈夫、俺はステラ一筋だから大丈夫。アナスタシアがどれだけ美少女してても大丈夫、無関係だ。)
美少女という部分から抜け出せていない時点で全然まったく大丈夫でもなければ無関係でもない。
「とにかく、女神様はいつも私達を見守っていてくださるのですぅ。ユウ様も困ったことがあったら是非教会に来てください。女神様は苦しんでいる人達の味方ですからぁ」
その言葉に引っかかるものを感じたが、ユウはそれを口には出さなかった。
彼女が敵だということは忘れていない。
その間にもアナスタシアは杖を教鞭のようにして講釈を垂れ流している。
「ちなみに今もこの世界を狙い続ける異界の神の名はイグル=モナ。黒くてモフモフのかわいい外見をした邪神です、って聞いてますかぁ?」
「うん、大丈夫。聞いてるから早く続きをプリーズ。特にモフモフのところを詳しく。」
幸いにしてアナスタシアが女神教に絡んだ話をしたがっている様子なのでボロを出さないために聞き手に徹することにした。
相槌を打ちながら、時折どうでもいい質問をしてちゃんと関心を持って聞いているアピールをする。
アナスタシアは終始上機嫌だった。




