15:グレイファントム
『自分を嫌うのはほどほどにしたほうがいい。……長い付き合いになる』
★
白煙。
それほど濃いわけでもなく、透けて向こう側の壁が確認できる。
それが人型をしてユウに語り掛けていた。
ユウは慌てて剣を抜く。
ホーリーウインドとの戦いからまだそれほど時間が経っていないおかげか、体がスムーズに反応してくれた。
これが翌日の出来事であったなら動けなかっただろう。
『おいおい、物騒なものを俺に向けるなよ。』
(なんだ? 魔法? 敵の?)
人型の白煙から発せられる呑気な言葉がユウの警戒心をさらに上昇させた。
だが何かが引っかかる。
白煙から発せられる声は間違いなく知らない声だ。
にもかかわらずどこかで聞いたことがあるような気がする。
『そんな怖い顔するなって。俺はお前にアドバイスしてやろうと思って出てきたんだ。』
「……アドバイス?」
なおさら怪しい。
白煙はベッドに腰かけて胡坐をかいた。
『そもそもお前、その剣で俺をどうしようってんだよ?』
「……え?」
ユウは何を言われているのは一瞬理解できなかった。
この剣でどうする?
剣の使い方なんて大体決まっているはずだ。
『その剣で俺を斬るって? ただの煙の俺をか?』
そう言って白煙が両手を広げる。
いかにもナンセンスだと言いたげだ。
『試しにその剣を俺に刺してみろよ。ほら、俺はこのまま動かないでいてやるから。それなら一流剣士様のお前でもできるだろ?』
一流剣士様というのは明らかに皮肉なのだが、ユウにはそこまで気にしている余裕が無い。
(何だコイツ……。)
相手の意図も正体もわからない。
ユウは言われるがままに恐る恐る近づいて白煙の男にゆっくりと剣を刺した。
……手応えはない。
『ほら。』
「わっ!」
白煙の男が手で剣を横から叩くようにしたが、今度も何の手応えもなくすり抜けた。
急な動きに驚いたユウは咄嗟に一歩下がった。
完全に相手のペースだ。
『わかったか? 俺はお前に対して話す以外は何もできないし、お前も俺に対して何もできない。これが剣でなくて魔法でも同じことさ。』
「……目的はなんだ?」
『言っただろ? お前にアドバイスをしにきたんだ。』
「アドバイス?」
ユウは再び白煙の音kの言葉を復唱したが、とても額面通りには受け取れなかった。
『そう、アドバイスだ。お前、あの女が苦しむような展開を毎回避けていこうとしてるだろ?』
(毎、回……?)
ユウは内心で冷や汗をかいた
白煙の男の言っている通り、ユウはステラが苦しむような状況は極力避けようとしている。
それは意識している時もあるが、無意識のうちにそうしていて後から振り返ればそうだったと気がつくこともある。
別にそれに関して言い訳をするつもりはない。
好きな娘が苦しむ方をわざわざ選ぶなんていうのはサディストぐらいのものだ。
だからそれは別にいい。
ただ問題は……。
(コイツ、まさかループのことを知ってるのか?)
ユウが死に戻り現象に関して言及したのは以前のループでのこと。
それは既に死んでリセットされている現時点において、ユウの口からループについて聞いた者はいないはずだ。
『別にお前の口から直接聞かなくたってそれぐらいのことはわかるんだぜ? 先入観さえなければな。それよりも、あの女に情けをかけるのはやめとけ。そんなんじゃ何回死んでも先に進めないぜ?』
「そんなの、わからないだろ。」
ステラをあの女呼ばわりされていることに気がついたユウは反射的に反応した。
『わかるさ。あの女への情を捨てきれない限り、お前は必ずどこかで行き詰る。永遠に先に進めなくなるだろうな。』
「仮にそうだったとして、お前には関係ないだろ。」
「関係ない? 関係ないって?」
白煙の男は堪えきれないかのように笑い出した。
「何がおかしい。」
ユウは握った剣に力を込めた。
目の前の男に効果が無いということが分かってはいても、防衛本能からそうせずにはいられない。
『何がおかしいかって? そりゃあお前、そのループで影響を受けない奴がどれだけいると思ってるんだ? お前の行動次第で死ぬ奴もいれば生き残る奴もいる。お前がどういう形でループを突破するかで他の奴らの人生は変わるんだ。生死も、それ以外もな。関係ない奴がいるのか? 誰がいる? ほら、言ってみろよ?』
「それは……。」
ユウは言葉に詰まる。
白煙の男の言うことも一理あると思ってしまった。
ループすることによって人生がやり直しになるのはユウだけではない。
――当たり前のことだ。
だがユウはこれまであまり意識してこなかった事実に気が付いて狼狽えた。
『気分のいい道を進むだけじゃあ、満足できる結果には辿り着けないこともあるんだぜ? よく胸に刻んでおくんだな。』
「あっ、おい!」
その言葉と同時に白煙の男の体が解け始める。
「そもそも誰なんだよお前は!」
『俺か? 俺は……、グレイファントムだ。また会おう。』
そして男の体を構成していた白煙は消えさった。
(白いのにグレイ?)
「結局なんだったんだよ……。」
最後にグレイファントムと名乗った男はいきなり現れてよくわからない内に消えていってしまった。
(……俺、何しようとしてたんだっけ?)
ユウはグレイファントムが現れる直前に自分が何をしていたのかを振り返る。
(そうだ。今回のループを捨て石にするかどうかだ。)
そう考えるとグレイファントムが現れたのにも意味はあったのかもしれないとユウは思い直した。
確か本人もアドバイスしに来たと言っていたはずだ。
(ホーリーウインドが絡んでいるのは間違いないにしても、とにかく情報が足りない。やっぱり今回は捨て石にして情報収集に徹するしかないか?)
最低でもフェラルホードの回避方法、できれば今後に備えてその詳細についても知っておきたい。
今回だけ回避できたところで、後で再び同じ現象に遭遇しないとも限らないからだ。
どう行動すれば効率的に情報を得られるのか、頭を悩ませている間にいつのまにか部屋に差し込む光はオレンジ色になっていた。
コンコンコン。
「ユウくん、いる?」
(……この声は!)
ステラの声だ。
彼女を聞いた瞬間、それまでの憂鬱が全部吹き飛ぶ。
好きな子の方から自分に会いに来てくれたことに胸を高鳴らせつつ、一刻も早くその姿を拝もうとユウは急いでドアを開けた。
「どうしたの? 何かあった?」
ユウは平静を装って応対する。
本当はこのままの勢いで事故に見せかけて抱き着いてしまいたかったが、嫌われたくないので踏みとどまった。
(中学の頃と同じ轍は踏まないぜ!)
階段を降りるときに転びそうになって咄嗟に前にいた女子に抱き着いたことがある。
その時はわざとではなかったが、相手が彼氏持ちだったから結構厄介なことになった。
自分がイケメンだったら結果は違っていたのだろうかと今でも思う時がある。
「ご飯もう食べた?」
「まだだけど。ステラは?」
「私もまだ。ユウくんが食事のルールとか知らないんじゃないかと思ってきたの。よかったら一緒に食べない?」
「食べます。」
即答だ。
脳で判断するより早く、脊髄反射的にユウは即答した。
(ステラの方から食事のお誘い! 神様ありがとう!)
ユウは脳内でガッツポーズを決めた。
これでこそループした甲斐があったというものだ。
「どうしたの?」
「いやなんでも。じゃあ行こうか。」
ユウの気分はもう彼女持ちのリア充だった。
ステラと並んで共用スペースに向かう。
テーブルの上にはサンドイッチやゆで卵、切られた果物等が並んでいた。
軽食、というよりは少しだけ重い感じだろうか。
周囲には誰もいない。
少し離れた入口でクリスティが番をしているが話すほど近い距離ではない。
ユウは皿の上に並んだサンドイッチを見た。
(そういえばサンドイッチってこっちでも通じるのかな? サイドイッチ伯爵が作らせたからサンドイッチなんじゃなかったっけ? こっちはサンドイッチさんなんていないよな?)
気になる。
ステラや明日のフェラルホードに比べたら塵ほどにどうでもいいことだが気になる。
「ステラ、これは?」
試しにステラがなんと呼ぶのか確認しようと思ってユウはサンドイッチを指さした?
ステラが首を傾げる。
「それ? そのハムサンドがどうかしたの?」
「いや、俺の世界だとサンドイッチって呼んでたんだけどこっちだどどうなのかなと思ってさ。」
「サンド……、イッチ?」
ステラが一瞬だけ困った表情を見せてすぐに引っ込めた。
「どうだろうね。ストラだとそういう呼び方はしないけど。今度リア達に聞いてみよっか」
(……そういえばステラも別の世界から来たんだったっけ。)
女の子との接点が少ないユウにもわかるほどに雰囲気がギクシャクする。
無言の間ができた。
(あれ? 聞いたらまずかった?)
もしかしたらリア充的にはNGなことを言ってしまったのかとユウは不安になった。
次になんと言えばいいのか迷って、苦し紛れにハムサンドを口に運ぶ。
(どどど、どうしよう。何話したらいい? 女の子ってこういうとき何話すの? 神様、今だけでいいから俺にリア充並みのコミュ力をくれぇぇぇ!)
口の中が空になるまでは発言しなくても誤魔化せると自分に言い聞かせながら次の言葉を考える。
ステラの方も同様に困っていたのか、カップにポットのお茶を注ぎ始めた。
まだできてから時間が経っていないせいか少し湯気が立つ。
ユウはそれを見てようやく次の言葉を思いついた。
「そういえばこれって誰が作ってるの?」
他愛のない世間話程度の言葉だったが、無言で時間が過ぎるよりは遥かにマシだ。
一人でいるときは静かな空間が心地よい時もあるが、他の人といるとまず間違いなく苦痛だ。
少なくともユウはそのタイプだった。
「今日は多分パウロとジュリエッタかな? 当番制になってるの」
「そうなんだ。ジュリエッタがサンドイッチ作るのはなんか似合わないな。」
サンドイッチというのはなんとなく乙女チックな料理というイメージがある。
実際にはそんなわけもなく、単に女の子が作ったサンドイッチを求めているユウの願望が投影されただけなのだが。
「そう? でも私より上手なんだよ?」
「むしろステラって料理できるの?」
なんとなくだが、こう……、良いとこのお嬢さんは料理ができないイメージがある。
貴族に対するユウの偏見、であって欲しい……。
「あ、ひどーい。私だって料理ぐらいできるんだよ?」
「じゃあ得意料理は?」
「お皿洗い!」
「節子、それ料理ちゃう……。」
「えへへ。うそうそ、ホントはミートパイだよ。お母さんに教えてもらったの。……節子って誰?」
ステラの顔から笑顔が溢れる。
先ほどまでの場の空気がだんだん柔らかくなっていく。
彼女もユウと一緒に口をモグモグさせ始めた。
その後はどうということもない世間話で会話が弾んだ。
彼女の家族やユウの世界のことを話題にしなかったのはユウのファインプレーと言っていいだろう。
食事を終えるまで他のメンバーは誰も姿を見せなかった。
入口の番をしていた彼氏いない歴イコール年齢の十九歳クリスティが二人の会話を聞かされて血の涙を流す羽目になったぐらいだ。
彼女にはユウとステラはリア充そのものに見えたことだろう。
心中は所謂、『リア充爆発しろ』だったに違いない。
……ご愁傷さまクリスティ。
そんなこととは知らないリア充共――、もといユウとステラは他愛のない話を続けながら部屋に戻っていく。
もうクリスティのことなど眼中にない感じだ。
その様子を見てがっくりとうなだれたクリスティ。
(私も男の子と一緒に好きな食パンの厚さで盛り上がりたい……)
……しっかりしろクリスティ。




