14:鞭で打たれて喜ぶ人の感覚が理解できない
『全てが失われようとも、まだ未来が残っている』
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死に戻りの後、ユウは前回と同じようにメインアジトを襲撃しようとしていたホーリーウインドを退けてサブアジトに移動したところまで状況を進めていた。
ステラを文字通り血祭りに上げたあの暴動の首謀者がホーリーウインドであったことに関しては疑いようがなく、ユウは彼らとの戦いではステラを殺された鬱憤を晴らそうとしたが、それには流石に実力が足りなかった。
「ここに居たい?」
「ああ。何かあった場合の連絡役がいた方がいいだろ? 俺はどうせ他に仕事もないし。」
買い出しを終えてリアがレッドノート邸に戻ろうとした時、ユウは彼女に対してサブアジトに滞在したいと申し出た。
表向きはレッドノートとエル・グリーゼをつなぐ連絡役として。
「だが、なあ……」
リアが横目でブレッドを見る。
協力関係にあるとはいえ、リア達はあくまでもエル・グリーゼにとってゲストメンバーだ。
もちろんこのサブアジトを確保する資金もレッドノート家が出してはいるが、やはり実際の運用面ではエル・グリーゼのテリトリーだという印象を彼女は持っていた。
今この場にいるのはユウを含めて七人。
レッドノート側はユウとリアにラプラス、エル・グリーゼ側はブレッドとソフィアの他にステラとナルヴィだ。
(ステラ……。)
ユウはステラを見た。
剣で串刺しにされた彼女の姿が脳裏に蘇り、静かに拳を握りしめたる。
もうあんな光景を見るのは二度とゴメンだ。
(……)
そんなユウの様子にナルヴィだけが気がついた。
だが無言でそれをスルーし、取り上げるような素振りはない。
「いいんじゃない?」
代わりにリアやブレッドが反応するよりも先に口を挟む。
ナルヴィの視線はステラの方向を向いていた。
意味が分からず彼女が首を傾げる。
「確かステラの隣の部屋がまだ空いてるはずだし、そこを使えばいいでしょ?」
「ああ、そういえばあそこはまだ空いてたな」
ブレッドは予備として意図的に空けておいた部屋の一つがあそこだったと思い出す。
ちなみにその部屋の反対隣はナルヴィの部屋だ。
つまり、ステラの部屋とナルヴィの部屋の間の部屋が空いているのでそこをユウに使わせろ、と彼女は言っている。
それを聞いたブレッドとリアはナルヴィの言外の意図を理解した。
ユウとステラはまだ気が付かない。
(あれ? 今回はワッフル奢ってないはずだぞ?)
ユウはナルヴィがやけにユウ寄りの発言をしてくれることに疑問を持った。
ステラの隣の部屋になるなんて最高の環境だ。
以前のループの時はワッフルを奢る代わりに協力してくれると言っていたが、あれはもうループによってリセットされている。
ナルヴィの視点ではその話はもう存在しないことになっているはずだ。
(まさか、記憶があるのか?)
ユウは彼女がループ前の記憶を持ち越している可能性に考えが至る。
だが直後のナルヴィの発言がそれを否定した。
「パシリは多いほうがいいしね」
「なん……、だと。」
ナルヴィの口角がにやりと吊り上がる。
……未来予知をして見せよう。
ユウは後でナルヴィに何か奢らされる、間違いない。
(うわぁ……)
二人以外の全員が尻に敷かれるユウの姿を想像して引いた。
「い、いいんじゃないかな。世の中には蔑んだ目で見られて興奮する人とかもいるわけだし……?」
「ソフィアさんフォローになってないですそれ。」
「ユウくんにそんな趣味が……」
「ステラ、違うんだ。」
ユウはソフィアの言葉を真に受けたステラに待ったをかける。
……慌てていたせいか、事実を暴かれて言い訳しようとしているような感じにも見えなくもない。
その後、とりあえず許可は出たもののユウはちょっとアレな性癖持ち扱いされることになった。
積まれた荷箱の上に止まっていた金色の蝶も呆れたように羽を開く。
「解せぬ……。」
ユウは自分に与えられた部屋に移動した後、ステラの部屋に行きたい衝動を抑えて椅子に座って計画を考え始めた。
リアとラプラスは既に帰ってしまっている。
ユウの視線の先、壁の向こう側にはステラがいるはずだ。
そう思うとなんとなく力が沸きあがってくる気がした。
繰り返される死に戻りで疲労の色を見せ始めた精神に活力が蘇る。
この部屋にも二人分のベッドとイスがあるが同居人はいない。
使うのはユウだけだ。
ちなみにステラも今は二人部屋に一人らしい。
ナルヴィはダリアと一緒だ。
なんとなくだが彼女はあの兄妹と仲がいいように見える。
(ステラが一人部屋なのは良いとこのお嬢様だからか? でもラプラスみたいなのはいないんだな。)
ナルヴィの話だと、確かステラもかなり高い身分だったはずだ。
リアはラプラスを連れているのにステラが誰も連れていないのは単純に文化の差だろうか?
(実はいたけどもう殺されたとか? それだと聞きにくいな。)
セバスチャン的な名前の執事的存在がいて、『お逃げくださいお嬢様』的な展開になったのかもしれない。
ステラ達の世界はこの世界と比べてもかなり物騒なことになっているらしいからあり得る話だ。
もっともユウの感覚ではこの世界も十分物騒だとは思うが。
(とにかく、今はアレの対策だ。)
明日の晩に起こる群衆の襲撃、今度はあれをなんとかしなければならない。
(……なんとかなるもんなのか?)
そもそもあれはなんなんだ?
あの現象をとりあえずフェラルホードと命名するとして、あれは何が原因で発生する?
(やっぱり魔法か? ていうかそれぐらいしかないよな? 実は俺達にすごい懸賞金が掛けられたとか? ……いや、そんな感じじゃなかった。)
ユウに斬られても尚、人々はサブアジトの方向を向いて熱狂し続けていた。
とても普通の精神状態だったとは思えない。
何かやばい薬でもキメていたという方がよほど納得がいく。
魔法の存在するこの世界ならそういう薬が存在しても不思議ではないだろう。
(薬物? 街の飲み水に混ぜたとかか?)
某ゾンビゲームで感染が広がった理由は確かそれだったはずだ。
だがそれではステラ達をピンポイントで襲撃した理由が説明できない。
(魔法の線が濃厚としても、まずは情報をもっと集めないとわからないな。ステラの近くにいたってあんな人数相手じゃ助けるのは無理だ。)
最悪の場合は今回を捨て石にしなければならないかもしれない、そう思った瞬間にボロボロになったステラの姿が再び脳裏に浮かぶ。
(ダメだ。ダメだダメだダメだ。)
ユウは慌てて今の考えを振り払おうとした。
下を向いて横に頭を振る。
『なんでダメなんだ?』
「――え?」
目の前から誰かの声がした。
どこかで聞いたことのあるような、だけど知らない声だ。
ギョッとして声のした正面を見ると、緩やかに人の形をした白い煙がユウを見ていた。




