12:いい夢見ようぜ
『せめて朝まで祈りましょう』
★
ホーリーウインドと戦いリリィと話した翌日の朝。
ユウはレッドノート邸の自分の部屋でベッドに転がるようにして寝ていた。
この別邸にも召使はいるので、滞在中にユウとラプラスがその辺の仕事をする必要はない。
つまり二人の仕事はリアの護衛とエル・グリーゼへの参加ぐらいしかないわけだ。
今日はリアが出かける予定もなく、ユウも昨日の疲れがまだ残っていたのでラプラスに護衛を任せてゆっくりさせてもらえることになった。
つまり今日は休日だ。
(ステラどうしてるかなぁ……。)
ユウは天井を仰ぎながら意中の少女のことを考えた。
ステラやエル・グリーゼの面々はサブサジトで生活することになっている。
だがリアはレッドノート邸で生活するのでユウとラプラスも当然こちらで生活することになる。
となるとどうしてもステラと接触する機会が減ってしまう。
(会いたいなぁ……。)
何かステラと会うための口実はないものかと考えるも良案が浮かんでこない。
そういえば昨日の別れ際にステラが『胸騒ぎがする』と言っていたのでそれを口実にできないだろうか?
(ダメだ、それじゃあ少し様子を見ただけで終わりだ。昨日回復してもらった時みたいにもっとこう、長く一緒にいられる理由じゃないと。)
ベッドの上でゴロゴロしながら考える。
しばらく頭を悩ませていると昨日話したリリィのことが思い浮かんだ。
彼女なら相談に乗ってくれそうな気がする。
時計の指す時間はもうそろそろ昼前。
(……今日もいるかな?)
思い立ったが吉日とばかりに急いで着替えて屋敷を出る。
途中でラプラスに会ったので外で食べてくるとだけ言っておいた。
自分から彼女に会いに行ったと知ればステラの顔が再び険しくなるのは必然なのだが、ステラ一筋のユウはその可能性にまったく気が付かない。
昨日よりも軽くなった足で市場の方向へ向かっていく。
レッドノート邸は街の南西にあるので方角として北上することになる。
時々色素の薄い人とすれ違いながら昨日リリィと会ったカフェを目指して歩く。
(……うわぁお。)
目的のカフェに到着したユウは、声を上げたい衝動を辛うじて我慢した。
付近を見渡してもリリィは見当たらない。
だが代わりに彼女が昨日座っていた場所に別の少女がいた。
リリィ同様に綺麗な金髪。
だが身につけている衣服は白地に青と金。
それは女神教のエリート部隊であるホーリーウインドに所属している証。
――アナスタシア。
昨日、ユウ達と戦った部隊の指揮官がそこに座っていた。
(どうしよう……。)
このまま歩くと彼女の目の前を通る事になる。
かといってここで急に方向を変えるのも怪しまれそうだ。
ユウは少し悩んだ後、無関係な通行人の振りをして取りすぎることにした。
ドキドキしながら彼女に視線を向けないように歩く。
幸いにも周囲に彼女以外の僧兵はいないみたいだ。
「あらぁ?」
「――!!」
ちょうどユウが前を通ろうとした時、アナスタシアが声を上げた。
ユウはビビる。
マジでビビりまくる。
これだけで心臓が止まるのではないかと思った。
「ちょっと待って下さーい」
アナスタシアが立ち上がってユウに駆け寄る。
「え、えっと……。」
どうしたものかと固まるユウの手をアナスタシアが取って眺めた。
だが特に攻撃を仕掛けてくるような様子はない。
「やっぱりー、大きな傷が出来てますぅ」
アナスタシアが昨日彼女達との戦闘で腕に出来た傷を見つけてまったりした声を上げる。
「ああ、まあ、……冒険者なんで。」
(もしかして気づいてないのか?)
咄嗟に冒険者だと偽っておいたが、ユウは彼女の様子に違和感を覚えた。
とてもじゃないが敵に対する対応ではない。
昨日の戦闘では直接彼女と戦ったわけではないし、かなり距離も開いていた。
もしかするとユウが昨日の戦闘に参加していたことを認識していないのかもしれない。
「あ、体中にも傷がいっぱい。座ってください、治しますからぁ」
そう言ってユウはアナスタシアに一方的に背中を押された。
何かの罠かと思いつつも、相手が美少女ということでなすがままにされるユウ。
(落ち着け、落ち着くんだ俺。そうだ! 円周率を数えるんだ! 3.141592……。あ、これ以上わかんねーや。)
アナスタシアはユウをイスに座らせると、さっきまで自分が座っていたイスに立てかけてあった杖を持った。
ちなみに座らされたのは昨日リリィと話した時に座ったのと同じ場所だ。
「キュアオーラー」
呑気そうなアナスタシアの声と共に青白い光がユウの全身を包み込む。
ほのかに温かい。
「これは……。」
ステラの魔法で既に治りかかっていた傷がみるみるうちに完治していく。
これが本物の回復職の実力といったところか。
「はいっ、治りましたぁー」
光が収まった後、ユウの体の傷は全て消え去っていた。
「あ、ありがとう。」
アナスタシアの意図が読めずに困惑しながらも、ユウは一応お礼を言った。
これだけだとすごくいい子に見える。
「お礼には及びませんよぉー。女神様に仕える者として傷ついている人を助けるのは当然のことですからぁー。あ、よかったらお昼ご一緒にどうですかぁー?」
ユウは間延びした声に毒気を抜かれながらもどうしたら良いものかと思案した。
(何かの罠か? でも逆に相手の情報を探っておくのも悪くないかもな。)
結局、ユウはアナスタシアの提案に乗ることにした。
決してアナスタシアがかわいかったからではない、ということにしておこう。
流石に昼食代まで出してもらうのは気が引けたので、ユウは自分でホットドッグとサラダ、それにお茶も買ってから彼女の正面に座った。
アナスタシアの前にはサンドイッチとミルクティーがほとんど手付かずの状態で置かれている。
まだ食事を始めたばかりのところだったらしい。
ユウが来るのを待ってくれていたようだ。
「俺はユウ=トオタケって言うんだ。冒険者やってる。さっきは治してもらってありがとう。」
本当はアナスタシアのことを知っているのだが、知らない振りをして自己紹介から入った。
「私はアナスタシア=ティラミスですぅ。ノワルア教会の神官をしてますぅ。ユウさんは勇者の家系なんですかぁー?」
アナスタシアは美少女だからこそ許されるウザいしゃべりで勇者について触れた。
これが美少女以外の口から出た言葉ならば、ユウは即刻斬りかかっていただろう。
(勇者だったら今頃は人生ベリーイージーモードなんだろうなぁ……。)
ユウは自分が勇者ではないことに改めて肩を落とす。
「どうしたんですかぁ~?」
「いや、勇者じゃないだ俺……。勇者じゃない異世界人らしいんだけど、この世界に来たばっかりでまだ何もわからない状態でさ。」
(――しまった!)
ユウは自分の発言が迂闊だったと言った直後に気がついた。
仮にもアナスタシアはモンドと同じ組織に所属している。
、ここまで言ってしまったらユウが彼女にとって攻撃対象だと気付かれる可能性が高い。
背中から嫌な汗が溢れ出す。
だがユウのそれは杞憂に終わった。
「そうなんですかぁ。大変なんですねぇー。」
どうやら気が付かなかったらしい。
若干肩透かしを食らった気分になりながらもユウは安堵した。
「困ったことがあったら教会まで来てくださいねぇ? できるだけの助けにはなりますからぁ」
「教会に行ったらアナスタシアさんに会えるの?」
ステラが聞いたら眉間に皺を寄せそうな聞き方だ。
大丈夫、ユウはステラ一筋だもの。
「そうですよぉー? 普段は王都の教会にいるんですけどぉ、今は邪教徒を倒すためにこの街の教会にいるんですぅー」
「……邪教徒?」
「そうですぅ。今月に入って四人が謎の儀式の生贄にされて殺されてるんですぅ。私たちはそれを止めるために来たんですぅー」
(謎の儀式……?)
もぐもぐとアナスタシアがサンドイッチを口にする。
……おいしそうだ。
それに合わせてユウもホットドッグを頬張った。
彼女の言葉に何か引っかかるものを感じる。
(これじゃあまるで……。)
彼女達が狙っているのはエル・グリーゼではないように聞こえる。
単に連続殺人犯を追って捜査線上に有力候補として浮かび上がったエル・グリーゼを襲撃した?
(いやいや待て。敵の言うことだ、騙されるな。)
あるいは謎の儀式をしていたのがエル・グリーゼという可能性もある。
……何のために?
良くない考えがユウの頭の中をグルグルと回る。
「どうしたんですかぁ?」
「あ、いや、物騒な話だと思ってさ。昨日この街に来たばっかりで初めて聞いたから、その話。」
「四人とも女の子だから大丈夫だとは思いますけどぉ、ユウさんも気を付けてくださいねぇー?」
「うん、ありがとう。気を付けるよ。」
その後は女神教についてアナスタシアに色々と教えてもらった。
彼女と別れた後は予定を変更してサブアジトに向かう。
尾行を警戒して念のために遠回りした。
(これでダメなら仕方ない。)
トントントン、トントン、トン。
サブアジトのドアをノックする。
のぞき穴からラルフが顔を出した。
拠点をこちらに移してからはバーノン、クリスティの三交代制らしい。
「ユウか。一人なのか?」
「ああ、少し聞きたいことがあって来たんだ。」
扉が開いたのですぐに中に入る。
「この街の情報に一番詳しいのは誰になる?」
「街の情報収集は交代でやってるから特に誰ってこともないと思うけど……。敢えて言うならロトだろうな」
「今いるか?」
「ああ、いるぞ」
「わかった、聞いてみるよ。」
ここでステラの名前が出てくれれば最高だったのだが、現実はそう都合よくはいかない。
ユウはロトの部屋に向かった。
部屋の数が少ないのでバーノンと二人部屋らしい。
本人は妹のダリアと一緒の部屋を切実に希望したらしいが、彼女の方が断固拒否したそうだ。
……まあ、気持ちはよくわかる。
(そういえばバーノンとは全然話したこと無かったな。)
バーノンは青髪の剣士だ。
なかなかのイケメンだが無口なので話しているところをほとんど見たことがない。
(……ほとんどっていうか、まったく見たこと無い気がする。)
ユウが知っている範囲でバーノンが喋ったところといえば、最初にこのアジトに来た時に出迎えて貰った時だけだ。
あの時も軽く自己紹介しただけで終わっている。
トントントン。
部屋のドアをノックする。
ノックは三回。
この世界のマナーを知らないのでユウはそれで通すことにした。
「誰だ?」
ドアが開いて中からロトが顔を出した。
「なんだユウか。どうした? 何か用か?」
「少し聞きたいことがあるんだ、今いいか?」
「ああ。とりあえず入れよ」
シスコン野郎の部屋の中には簡易ベッドが二つ。
片方ではバーノンが寝っ転がって本を読んでいた。
粗末なテーブルに椅子が二つあったので、ユウはそれに腰かけた。
「最近街で起こってる生贄の儀式のことなんだけどさ。」
「生贄の儀式? ……ああ、女が殺されたやつか」
「そうそう、何か知ってたら教えて欲しいんだ。」
「何かって言われてもなあ……」
ロトがコップにお茶を注いで出してくれた。
数は三つ。
一つを持ってベッドに腰かける。
「今月に入ってからだけど、見たことない魔法陣を使った儀式の跡が立て続けに見つかったらしいんだ。生贄は毎回若い女が一人、犯人はまだ捕まってない。最初は女神教の連中が何か企んでるのかと思ったけど、どうも様子を見る限りそうでもないらしい。魔法陣は確かもう四回ぐらい見つかってるけど、今のところはそれで何かが起こった形跡もない。俺達の中じゃ、単に儀式に見立てて殺してるだけの快楽殺人だろうって話になってそれ以降は放置してるよ」
「ふーん。」
「もしかすると……」
「ん?」
この件にエル・グリーゼは本当に関係ないのかもしれない、ユウがそう思いかけた時バーノンが口を開いた。
「もしかすると、あの魔法陣はまだ未完成なだけなのかもしれないな」
「未完成?」
「何か知ってるのか?」
ユウは彼の未完成という言葉に、ロトはバーノンに何か心当たりがありそうだというところに反応した。
バーノンが体を起こして読んでいた本を置く。
「俺も確信があるわけじゃない。ただ、昔の古い魔法陣の中には前提条件として特定の魔法陣を先に発動する必要のある魔法陣というのがあるらしい」
「特定の魔法陣を先に……、なんだって?」
「複数の魔法陣を連続して起動することで初めて発動する魔法があるってことだ」
「詳しいな。……お前、魔法使えたっけ?」
ロトが当然の疑問を口にする。
エル・グリーゼのメンバーでバーノンに魔法が使えると認識している者はいない。
切り札として普段は使えない振りをしている者なら……、あるいはいるのかもしれないが。
しかしバーノンはロトの問いに対して首を横に振った。
「俺は使えない。ばあさんが古代魔法の研究をしてたんだ。子供の頃に話を聞いたことがある」
その答えを聞いたロトは安堵した。
ユウは知らなかったが、この世界リーンや彼らの世界であるストラにおいては魔法を使えるということが頭の良さや育ちの良さを暗に示すものとして意識されている。
妹ダリアからの信頼回復を目論んで密かに魔法の練習をしていたロトとしては、バーノンに先を越されたのではないかと思って少し焦ったわけだ。
『お兄ちゃんすごーい。大好き!』となるはずの華麗な計画が『バーノンさんすごーい。大好き!』となってしまうのではないかと、このシスコンは本気で心配していた。
「先に発動しておく魔法陣か……。今までの四つがどこで見つかったかは知ってる?」
「一件目は確か……。待て、地図を出す」
そんなロトの不安をよそに、ユウとバーノンはテーブルの上に広げた地図を睨みつけた。
「一件目は街の北西。二件目は北東。三件目は南西。四件目は北だ」
バーノンが地図の上を指で順番にトントンと叩いていく。
(……あれ? この順番って……。)
「今のところは儀式の場所にもタイミングにも規則性は見つかっていない。ホーリーウインドのこともあるし、これ以上首を突っ込むのは難しいな」
「そっか」
ユウはたった今気が付いた規則性を口にしなかった。
とりあえず生贄の儀式について一通りの情報が得られたところでアジトを後にする。
本当はステラにも会いたかったが、いい口実が見つからなかったので諦めた。
その日の夜。
ユウは再びレッドノート邸の自分の部屋で夜を過ごした。
レム睡眠とノンレム睡眠の狭間でステラの妄想が捗る。
『ステラ、好きだ。』
『私もだよ、ユウくん』
『ステラ……。』
夢の中でステラを抱きしめる。
柔らかい感触を両腕いっぱいに広がった。
心臓の鼓動まで伝わってきそうなぐらい近いところに彼女の存在を感じる。
『あっ……。ダメだよユウくん……。私、その……。こういうの、初めて、だから……』
ステラが両腕を二人の間に入れて少しだけ抵抗する素振りを見せながら、顔を赤らめて恥ずかしそうに目を横に逸らした。
視線の先にはベッドがあり、そこに枕が二つ並んでいることを意識した彼女の顔が余計に赤くなる。
『順番、だよ? 順番に……。ちょっとコワイけど、私、頑張るから。ユウくんのこと、ちゃんと全部受け止めてみせるから。だから順番に……、ね?』
訴えかけるかのように上目遣いでユウを見た。
言葉とは裏腹に続きを急かしているか、あるいはねだっているようにも見える。
『うん、大丈夫、大丈夫だよステラ。今日は朝まで寝かせないから。』
『ユウくん……。面と向かって言われると恥ずかしいよ……』
ユウはステラをそっと抱きしめ直してから、キスをしようとゆっくり顔を近づけた。
彼女もその意図にすぐ気がついたのか、そっと目を閉じて唇を突き出す。
先程とは違い、抵抗する素振りは一切ない。
そして残り指数本分の距離で二人が結ばれるところまで近づいた、その時――。
バンッ!
「ユウ! 起きろ!」
「――ハッ!」
ユウは勢い良くドアが開かれる音とラプラスの声で叩き起こされた。
反射的に状態を起こしてから半覚醒の表情でラプラスを見る。
「……。」
一瞬遅れて意識が夢の世界から現実へとパイ○ダーオンした。
「うわあああああ!! 何してくれてんだラプラスぅーーーーー!! いいとこだったのにぃーーーー!!」
拳を握りしめてベッドを両手で全力でバンバンと叩く。
事情を掴みきれないラプラスは今にも掴みかかってきそうなユウの勢いにたじろいだ。
「おっ、おちつけ! 街が大変なんだ!」
「せっかくステラと……、え? 街?」




