9:油断が命取り
『明日が来るのは当たり前じゃない』
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ユウ達が苦戦している様子を見ながら、ホーリーウインド部隊の指揮官である少女アナスタシアは杖を構えた。
女神教内でもトップエリートである彼女は戦わせてもかなりのものではあるのだが、本職はあくまでも癒し手、つまり回復職である。
襲撃を受けて倒れた隊員達を前に自分の身長よりも長い杖を振り回す。
その先端は丸い鉄球がついたような形状になっていた。
「いっきますよー! パワーヒール!」
アナスタシアの言葉に呼応して杖の先端が青い光を帯びる。
そのまま振り回した杖を仰向けに倒れている男の腹部に向けて勢い良く振り下ろした。
ドゴッ!
「グホァ!」
倒れていた男は腹部を直撃した衝撃に悶絶するも、直後に彼女の魔法の効果で受けた全身の傷がみるみるうちに治っていく。
「……ふう、助かった」
倒れていた男は腹部を押さえながら起き上がる。
「ドンドンいっきますよー!」
ドゴッ!
「グワァ!」
ボゴッ!
「グヘァ!」
アナスタシアが最初の男と同じように他の男達にも次々と一撃を叩き込んでいく。
ソフィア達の魔法で傷つき倒れていた男達が『撲殺シスター』アナスタシアの一撃を食らって悶絶の声と共に復活した。
「とりゃああ!」
「フゴォ!」
「……あら?」
四人目に回復の一撃を叩き込んだ直後、アナスタシアは自分が何かの影に下にいることに気がついた。
たった今回復してもらったばかりの男はまだ気がついていない。
(これは――!)
アナスタシアはその正体を確認することなく咄嗟に横に飛んだ。
ドンッ!!
「グァッ!」
アナスタシアが杖を叩き込んだばかりの男の腹部に、今度は全体重の乗った斧が振り降ろされた。
小振りな刃が内蔵どころか脊髄まで切断して返り血を飛び散らせる。
「ちっ!」
舌打ちをしたのは斧を振り下ろした張本人。
褐色の肌に銀髪のツインテール、ナルヴィだった。
脊髄まで損傷して意識を失いながら体を痙攣させている男から斧を引き抜くと、最初に狙ったアナスタシアに向けて再び斧を振り回しながら突撃する。
その目は完全に狩人のそれだ。
間違っても以前のループでユウにワッフルをねだった時の目ではない。
(機動性重視の軽戦士! 勢いをつけていたとはいえあの体格であの威力……、斧に何か攻撃系の付加効果が付いてますねぇ?)
バックステップで下がりながらナルヴィの戦力を分析するアナスタシア。
彼女の推測の通り、ナルヴィのロングアックスは付加効果が起動中であることを示す光を纏っていた。
「逃がすか!」
アナスタシアを仕留めようとナルヴィが迫る。
ここまで距離を詰められてしまうとアナスタシアには非常に不利だ。
「アナスタシア様!」
隊長を狙う冷酷な視線から守るかのように僧兵が二人の間に割り込む。
左手のバックラーを構えてナルヴィを迎撃する構えだ。
盾で受けてから剣で反撃するつもりだろう。
「ちっ!」
邪魔が入ったのを見たナルヴィが再び舌打ちした。
彼女の使う斧は長い棒の先端に小さめの刃がついているが、斧の刃の反対側はハンマーとして使える形状になっている。
ナルヴィはその場で体をスピンさせると、体重を乗せて相手のバックラーに勢い良くハンマーを叩き込んだ。
ヒュンッ! バキッ!
「――!」
身軽さを重視して木を金属で補強した構造のバックラーはナルヴィの一撃であっさりと砕かれた。
ヒュン! ガシュ!
怯んだところに、今度は斧の刃になっている方を相手の首に振り下ろす。
動脈を切断された男は為す術もなく倒れる。
時間にして数秒もない。
しかし彼が稼いだその時間でアナスタシアは杖を構えて迎撃の構えに入ることが出来た。
「ウォーターショット!」
「――!」
水の散弾がナルヴィに殺到する。
気がついた彼女は即座に横へと跳躍。
バンッ!!
ついさっきまで立っていた地面が勢い良く耕された。
「まだです!」
「させない! ファイアアロー!」
「――!」
さらに追撃しようとしたアナスタシアに対し、別の方向から炎の矢が飛んできた。
声の主はステラだ。
アナスタシアは体を捻って慌ててそれを避ける。
ジュッ!
「くっ!」
「アナスタシア様!」
避けきれずにアナスタシアの右手に火傷ができた。
気がつけばいつの間にか他の前衛組も到着して彼女と一緒にいた僧兵達に攻撃を始めている。
「ブレッド! パウロ達がマズい! 私が行くぞ!」
「任せた!」
ジュリエッタの叫びにブレッドが敵を斬り伏せながら叫び返す。
彼らの目論見通り、戦いは乱戦の模様を呈していた。
アナスタシアの周りをまだ動ける僧兵が数人集まって守りを固める。
それを攻めるナルヴィとステラ。
(これは……、困りましたねぇ……)
ユウ達の救援に向かうジュリエッタを止めることもできず、アナスタシアはどう動けばいいかと思案した。
彼女が回復した僧兵達なら応戦することは可能だが、不意を突かれたこともあり勢いは完全に相手側だ。
(まさか先に仕掛けられるなんて、油断したなもう。この状況じゃ『マーダークイーン』も効果薄そうだし、どうしよう……)
ユウ達の方はホーリーウインド側が押している様子だが、それ以上にブレッド達と戦っているアナスタシア達の方が押されている。
このままでは彼女達が全滅する可能性の方が高い。
「仕方ありません! 一時退却します! ホワイトフォッグ!」
ボフン!
アナスタシアは退却を決断すると、杖の先端に生成した白い魔法雲を地面に叩きつけた。
白い煙が瞬時に広がり周囲を視界不良に陥らせる。
「退却! 退却!」
「このっ!」
ナルヴィが敵を逃すまいとアナスタシア達のいた場所を斧で横薙ぎにした。
だが彼女の勢いも虚しく空を切る。
他のエル・グリーゼのメンバー達も奇襲を警戒して迂闊に動けない。
風の魔法が使えればすぐに煙を吹き飛ばして追撃できるのだが、前衛組の中にそれだけの魔法を使える者はいない。
「ステラ! 煙の外に出るよ!」
「うん!」
ナルヴィとステラは白煙の外側へと走り出した。
飛び出した直後の奇襲を警戒しながら進むと、数秒で視界が開けた。
即座に視線の先にいるのであろうソフィア達を探す。
煙の外に出たステラとナルヴィが見つけたのは、ちょうど崩れ落ちるユウの姿だった。
★
ガンガン! キィン! ドゴッ!
ユウはホーリーウインド部隊の副官アイザックの猛攻に晒されていた。
武器は二人共に剣一本だけではあったが、技量や経験には大きな開きがある。
一方的にやられているとは言え、ユウがここまで致命傷を受けていないだけでも奇跡に近い。
(コイツ、しぶとい!)
ユウが守りに専念しているせいでアイザックは攻めきれない。
おまけに隙を見つけたと思えば周囲の誰かが援護に入って邪魔してくる。
押しているのは彼らホーリーウインド側で間違いはないのだが、ユウ達エル・グリーゼ側の連携のせいで今ひとつ決めきれないでいた。
攻めるホーリーウインド、守るエル・グリーゼ。
状況は膠着状態に近い。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。」
ユウが肩で息をする。
いつ終わるかもわからない戦いに心を折られそうになりながら、必死に青髪を揺らすアイザックの攻撃を防いでいた。
致命傷こそ受けていないとはいえ、剣が何度も掠って出血しているし蹴られた箇所も痛む。
本来のユウの役目はパウロの護衛なのだがそんなことを考える余裕は全く無かった。
アイザックを押さえているので最低限の仕事はしているとも言えるが。
(ステラ達はまだなのか?!)
その時、視界の奥で白煙が広がった。
「退却! 退却!」
白煙の奥から男たちの声が響く。
「なんだと?!」
アイザックはその声を聞いて慌てた。
目の前のユウ達に気を取られてアナスタシア達の状況を確認していなかったからだ。
彼女達の方がかなり追い込まれていると知って、自分たちの方が不利であることを悟る。
「まさかここまで追い込まれるとはな……。仕方ない、こっちも下がるぞ!」
副官である彼の言葉で他の僧兵達が一斉に退却に転じた。
アイザック自身も一歩後ろに引く。
それを見たユウは胸を撫で下ろした。
(やっと終わった……。)
――が、気を抜くには早すぎた。
ドシュッ!
「――!!」
「ユウ!」
ラプラスが叫ぶ。
――油断。
一気に距離を詰めたアイザックがユウの首に剣を突き刺した。
勢い良く血飛沫が飛び散る。
乱暴に剣が抜かれると、一層勢い良く血が宙に舞った。
(そんな……。ここまで……、来たのに……。)
ユウは体の平衡感覚を失って崩れ落ちる。
同時に視界が暗くなっていく。
ドサッ!
倒れ込んだユウが地面に到達するのと意識を失うのはほぼ同時だった。
昼間の天頂には白い月が佇んでいる。
★
「これからみんなで買出しに行こうとしてたんだ。ステラ達はどうする? 移動で疲れてるだろうし、別に休んでてもいいぞ?」
「わたしも手伝う」
「ステラが行くなら私達も行こう。荷物持ちは多いほうがいいからな」
ユウは再び意識を取り戻した。
目の前ではすでに何回か見た光景が繰り返され、ユウの身にまた死に戻りが起こったことを証明していた。




