7:シスコン
『喜怒哀楽の激しさは、その感情とともに実力までも滅ぼす』
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買出しに行く振りをしてアジトを出た後、ユウ達はアジトから少し離れたところにある空き家の中に集まって息を潜めていた。
「いたよ。見張りは三人。それ以外はみんなアジトのひとつ手前の道に集まってる。そっちの数は二十五。他には見当たらない」
偵察から帰ってきたロトからの報告だ。
それはユウの言い分の正しさを裏付けていた。
「全部で二十八か、多いな」
ブレッドが報告を聞いて唸る。
対するこちらの戦力は全部で十三。
もちろんこれはユウも含めての数字だ。
つまり二倍以上の敵を相手にすることになる。
「危なかったわね。何もしなかったらみんなやられてたわ」
ソフィアがほっと胸を撫で下ろした。
「どうする? なんならこのまま逃げちゃう?」
横のナルヴィは露骨に面倒そうだ。
確かに厄介な相手であるのは事実だが。
「そう言うな。ここで動かなければ次に持ち越すだけだ。むしろこちらに有利な条件で叩けると喜んだほうがいい」
「わかってるよ」
ジュリエッタの発言が真面目なだけにナルヴィの不真面目そうな態度が際立つ。
もっとも、彼女もいざという時にはしっかり働く人間だということはみんな知っているのでそれに関しては何も言わない。
ユウも以前のループでそれを確認していたので特に咎めようとは思わなかった。
……元々そんなつもりもなかったというのはあくまでも別の話だ。
「最初の奇襲でどこまで減らせるかで勝負が決まるな。見張りは本隊からわかる位置にいたのか?」
「いや、三人とも結構離れてたよ。先に見張りを倒しても少し間ならばれないんじゃないかな」
ロトに対するリアの質問で作戦会議の流れは本筋に引き戻された。
ソフィアが紙に手書きで書いた周辺の地図、その一点をロトが指差す。
「本隊がいたのはココ。見張りはココとココと、それにココだ」
最初に指差した箇所の周囲三箇所をトントントンを指で叩いていく。
それを見てたブレッドが困ったように顎をなでた。
「この配置だとロトだけで見張り三人は厳しいな」
「魔法は間違いなく本隊に気づかれるわね」
この中で弓を使えるのはロトだけだ。
単純な遠距離攻撃力なら魔法の方が上だが、音や視覚効果が派手な分だけ暗殺には向いていない。
かと言ってロトだけで三人の見張りを倒していくのは流石に時間が掛かりすぎる。
その間に敵に感づかれてしまえば元も子もない。
「仕方ない、必要な分だけ倒して残りは本隊の後にするか」
「魔法使いとそれ以外で別れて挟み撃ちにしましょう。ロトが見張りを倒したら魔法組が本隊に魔法を一斉に叩き込む。相手が魔法組に気を取られた隙に背後から前衛組が襲い掛かる。……それでどう?」
ブレッドの意図を汲んでソフィアが作戦を提案した。
ユウ以外の全員が頷く。
「俺は魔法組でいいのか?」
ロトが手を上げた。
魔法使いではないが遠距離攻撃ができるという意味では弓も同じだ。
「そうね、魔法組でお願い。敵が集まってきたらちゃんとみんなを守ってね?」
「わかってるよ」
「私は?」
今度はナルヴィが手を上げた。
魔法戦士の彼女も一応魔法は使えるのだが、近接戦闘の補助が主目的なので魔法使いほど強力な砲台にはなれない。
「ナルヴィは前衛組ね。ステラも」
(俺、やっぱり前衛組かな? ……ん? 待てよ……)
ユウはステラと一緒の組になることに一瞬喜んだものの、目の前に迫った脅威に顔を青くした。
今の話を聞く限りだと前衛組は敵の本隊と乱戦になる可能性が高い。
自分がここまでまともに戦えたことのないことを思い出すと体が勝手に冷や汗を流し始めた。
これまで何度も死んできた経験が警鐘を鳴らす。
(やばいよねコレ。どう見ても死亡コースだよねコレ。またループでやり直しになるパターンだよねコレ! むしろパターンっていうかパティーンって感じだよねコレぇぇええ!)
ラプラスが冷や汗ダラダラで思考停止しているユウに気がついて首を傾げた。
(……どうしたんだコイツ?)
ユウの様子を見ながら数秒間首を捻って考える。
(……ああ、そういうことか)
ラプラスはポンと手を叩いた。
どうやらトンチの得意な某お坊さん並みの観察力と思考力でユウの状況を理解したらしい。
かしこい。
ラプラスくんはたいへんかしこい。
「なあ、俺とユウはリア様の護衛をさせてもらっていいか? みんなの護衛もちゃんとするから」
「ん? ああ、いいぜ?」
ラプラスも少しだけ魔法が使えるとはいえ、あくまでも剣士なので魔法使いのリアとは別の組になる。
ブレッドはラプラスがスポンサーの立場にあるリアの護衛ということでほぼ反射的に了承した。
魔法組はユウ、リア、ラプラス、ソフィア、パウロ、ロト、それにダリアという女の子の七人で決まりだ。
総数が十五人なのでほぼ半分に分かれたことになる。
(そういえば、この子って髪の色がロトと一緒だな。)
顔もがなんとなく似ている気がする、などと思ってダリアを見ているとそれに気が付いた彼女から笑顔が返ってきた。
ナルヴィのような下心全開の営業スマイルではなくナチュラルな癒し系スマイルだ。
女の子の平均レベルが高いこの世界で彼女が美少女に分類されるのかどうかはわからなかったが、ユウがドキリとするには十分かわいかった。
(……いやいや、俺はステラ一筋だし。)
邪念を振り解くために首を振ろうとしたところで、いつのまにか背後にロトがいることに気が付く。
どういうわけかユウをすごい睨んでいる。
その目には怨念が宿っているとすら言えそうだ。
「えー……っと?」
「ダリアに変な真似したら殺すからな」
「え……?」
目がマジだ。
本気と書いてマジだ。
「ダリアに近づく男がいたら殺す。俺が殺す」
(これはあれか? 好きな子に近づく奴は許さん的なやつか? そうなのか? そうなんだな?)
ユウは予想外の展開に冷や汗をかいた。
「お兄ちゃん!」
バコ!
ユウが色々と妄想を広げている間にダリアがロトの頭に自分の杖を振り下ろした。
なかなかに容赦ない一撃だ。
「お兄ちゃん? ああ、そういう……。」
「ごめんなさい。お兄ちゃんってば私のことになるといつもこうで……。私も困ってるんです」
ダリアが本当に困っていそうな様子で溜息をついた。
「困ってるとはなんだ。俺はお前のことを考えてだな――」
「ホントのことでしょ?! これで私がお嫁に行けなかったらどうするのよ!」
「そ、そのときは俺が責任を持って――」
バコ!
再び容赦ない一撃。
この兄は妹にかなり粗末な扱いを受けているみたいだ。
(……シスコンじゃしょうがないか。)
ユウはとりあえず納得した。
シスコンじゃしょうがない。
「ほらほら、時間が無いんだから喧嘩しないの。いくわよ?」
ソフィアに促されて隠れていた静かに家を出ていく。
ここから先は全員の命が掛かっているので馬鹿な行動に出る奴はいない。
シスコ――、ロトが真剣な表情で先頭を行く。
その後ろをブレッド、ソフィアと順番に続いていった。
ユウはナルヴィと一緒に最後尾だ。
(そういえば今回はまだナルヴィと話してないんだっけ。)
以前のループではワッフルを奢らされるぐらいの仲になったが、彼女はそのときのことをもう覚えてはいまい。
ということはユウとナルヴィの関係は初対面で火花を散らした間柄というだけだ。
(あん? 何だコイツ?)
視線に気が付いたナルヴィが不機嫌にユウを睨む。
ユウは慌てて目を逸らした。
(これが終わったらまたワッフル買いに行かないとな。)
初対面で殴られたりワッフルを奢らされたりとシスコンを笑えない程度の扱いを受けているにも関わらず、ユウは彼女に対してあまり悪い印象を持っていなかった。
根はいい奴、そんな感じだ。
(て言っても、まずはここを切り抜けてからか。)
元々人の少ないエリアのためか、ユウ達が通行人とすれ違うことはない。
少し歩いたところでロトが立ち止まって後ろに続くメンバー達を手で制す。
慎重に建物の影から周囲を確認してからブレッドに顔を寄せた。
「いた。見張りは動いて無い。あっちとあっちだ。本隊はここをまっすぐ行ったところにいる。……どうする?」
ロトが小声で見張りと本隊の位置をブレッドに伝えて判断を仰ぐ。
決めるのはあくまでもリーダーである彼だ。
「三人目の位置はわかるか?」
「動いてなければちょうど本隊の奥」
「ここから本隊までの距離はどれぐらいだ?」
「直線距離で三百メイルぐらい。走れば一分前後」
「よし、三人目の見張りは後にしよう。他の二人をここから狙えるか?」
ブレッドの言葉にロトは小さく頷いた。
それを確認してからブレッドが両手でみんなに集まるように指示を出す。
小声でも聞こえるように十五人全員が顔を寄せる。
ここに通行人が来たら怪しまれることは間違いないだろう。
「いいか? 声は出さないで聞いてくれ。まずはここから見張り二人をロトが始末する。そうしたら二手に分かれてそれぞれの見張りがいた方向から本隊を奇襲する。魔法組は左から、先導はロトに任せる。ソフィアの判断で仕掛けてくれ」
ロトが再び頷いた。
「俺たち前衛組は右からだ。俺についてきてくれ。魔法組が仕掛けて敵の注意が向いたところで背後を突く。仕掛ける合図は俺がする。いいな? 質問がある奴は手を挙げろ」
誰も手を挙げないまま数秒が過ぎる。
「無いな? よし、ロトが見張りを始末したら出発だ。健闘を祈る」
ブレッドの言葉にみんなが頷く。
ユウも空気を読んで一緒に頷いておいた。
作戦会議が終わるとすぐにロトが矢を取り出す。
弓を引いて、まずは左側にいる見張りに狙いを付けた。
……バシュ!
矢が見張りに吸い込まれる。
直後に見張りが倒れたのを確認すると、さらにもう一本の矢を取り出して今度は右側の見張りを狙う。
……バシュ!
こちらの見張りも倒れたのを確認すると、 ロトはみんなに向かって大きく頷いた。
それを確認したブレッドが無言で腕を振って出発を促しながら走り出す。
(ステラ……。やっぱり俺もステラと一緒に行った方が良かったかも……。)
ステラの後ろ姿を見送りながら、そういえば彼女も前衛組だったのだということにユウは今頃気が付いた。
自分が魔法組に入ったことを少しだけ惜しむ。
グッ!
走っていく前衛組に気を取られているとラプラスに腕を引かれた。
顎で『行くぞ』と促している。
ユウは後ろ髪を引かれる思いでラプラス達の後ろを走り出した。




