5:事実に嘘を混ぜるのが詐欺師の手口らしい
『殺す相手を威嚇するのは不合理な行動だと理解してもらえるだろうか?』
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「これからみんなで買出しに行こうとしてたんだ。ステラ達はどうする? 移動で疲れてるだろうし、別に休んでてもいいぞ?」
「わたしも手伝う」
「ステラが行くなら私達も行こう。荷物持ちは多いほうがいいからな」
再びユウの目の前にアジト内の光景が広がる。
直後に覚えのある会話がユウの目の前で繰り広げられた。
買い物に行く直前の会話だ。
ユウは自分が再び死んだのだということを確信する。
(何が起こったんだ?)
アジトである倉庫を背に警戒していたユウには爆発物の類は確認できなかった。
一緒に警戒していたジュリエッタも気が付かなかったのだから、少なくともユウの視界の範囲に限って言えばそれで間違いないはずだ。
(またモンドみたいな奴じゃないだろうな? ……いや、ジュリエッタがいたからそれはないか。)
モンドに襲撃された時のことを思い出す。
あの時はモンドの存在をまったく認識することができなかった。
だが前回はラプラスがモンドを認識できていたのに対して、今回はジュリエッタを始めとしてユウ以外の三人も爆発物の飛来は確認していない。
(だとすると後ろで何かあったのか? くっそ、見とけば良かった。)
ユウは自分の背後に注意を向けていなかったことを後悔した。
わかったことといえば爆発源が自分の背後に存在していたということぐらいか。
頭の中に妙案は浮かんでこない。
「ちょっと待ってくれ、武器屋に行きたいから別行動してもいいかな?」
本当は前回とまったく同じ行動を取りたかったが、ユウはあまり詳細まで覚えていなかったので武器屋に行きたいという部分を強調した。
これでまたブレッド達の組に入れるはずだ。
「なんだ、それなら俺達と一緒に来いよ。武器屋にも寄る予定だから」
ユウは狙い通り再びブレッド達と同じ組に入った。
――それ以降の流れは前回のループと同じだ。
防具屋、魔法具屋、最後に武器屋と回ってから再びユウ達はアジトの前まで来た。
ただし『再び』の意味はユウと他の三人で少し違うのだが。
ユウは自分の鼓動が大きくなるのを感じていた。
背中からも嫌な汗が沸いてきた気がする。
(どうする? どうしたらいい?)
この段階になってもユウにはいい考えは浮かんで来ていなかった。
そもそも自分の背後で何が起こったのかすら未だはっきりしていない。
これといった行動指針も見いだせず、アジトの周辺を警戒することなく入口の様子を最後尾から見ていた。
トントントン、トントン、トントントントン。
ブレッドがアジトのドアをノックする。
だがしばらく待っても反応がない。
パウロに目で合図を送ってから音を立てないように剣を抜いた。
その様子を見たパウロも杖を、ジュリエッタが剣を静かに抜く。
ユウも空気を読んで同じように剣を抜いた。
三人の準備が整ったのを確認してから、ブレッドがドアノブに手を伸ばす。
(……そうか!)
その様子を見てユウは閃いた。
「ブレッド待った!」
ユウは慌ててブレッドのところまで走り込み、間一髪で腕を掴んだ。
ドアノブを掴む直前で彼の手が止まる。
「なんだ?」
ブレッドが何事かとユウを見た。
アジトの中に集中していたのか、ユウの行動は完全に予想外だったようだ。
他の二人もそれに関しては同じらしい。
「罠だ。たぶんそこに罠が仕掛けられてる。」
どうして今までその可能性に気がつかなかったのかとユウは悔やむ。
思い返してみれば、前回の爆発の直前にユウの背後で争いは起こったりはしていなかった。
つまり、ブレッド達が敵に直接遭遇したわけではない。
きっと爆発が起こる何かの条件を満たしたのだとユウは直感した。
「どうしてわかるんだ?」
「それは……。」
ブレッドを止めたユウに三人の視線が集中する。
問題はここからだ。
とりあえずブレッドの行動を止めたとはいえ、それはあくまでも一時的なもの。
目の前に迫っている爆発を完全に回避するためには、ここで三人にもっともらしい理由を示さなければならない。
説得できなければ、改めて爆発に巻き込まれるか、そうでなければ再びホーリーウインドに殺されるだけだ。
(どうする? どうする? どうする?!)
ループの話が使えない以上、説得のためには何か他の理由を即興ででっち上げなければならないだろう。
先ほどまでとは違う意味でユウの背中に嫌な汗が流れる。
「とりあえず少し離れよう。どの道、中で何か起こっている可能性は高いから。」
アジトの中に自分達のことが伝わらないようにと、四人は少し離れた道角へと移動した。
その間にユウは頭をフル回転させてもっともらしい言い分を考える。
今までの人生で一番頭を使った瞬間かもしれない。
「で? どういうことなんだ?」
道角を曲がって建物の影に隠れると、ブレッドがすぐ質問した。
「先に確認だけど、普通ならこっちがドアをノックした後すぐに反応があるんだよな?」
「ああ。無ければ中で何か起こってるってことだ。もしかしたら中に敵がいるのかもしれない」
「そこだよ俺が気になってるのは。もし仮に敵が中にいたとして、わざわざ俺達を警戒させるようなことをすると思うか?」
「それは……。言われてみればそうかもしれないな」
まずパウロが頷いた。
ユウは手応えを感じて自信を持つ。
「俺が敵の立場だったら、あの場面では油断させてから中に入ったところを襲うよ。でもそれをしないってことは、つまり向こうはあの場で仕掛けるつもりの可能性が高いってことじゃないか?」
四人の周囲を一瞬の静寂が包み込む。
冷静に考えてみればユウの話が突っ込みどころ満載であることは明白なのだが、何も知らない三人は断言するユウの雰囲気に飲まれていた。
「きっとあのドアに開いたら起動する罠を仕掛けておいて、俺達が罠に掛かったところを襲うつもりだ。たぶん俺達の様子を……。」
ドスッ!
俺達の様子を外から窺っている、ユウがそう言おうとした時、パウロの頭部に矢が突き刺さった。
「え……?」
パウロがゆっくりと前に倒れこむ。
ユウにはそれがスローモーションのようにゆっくりと感じられた。
ドサリと彼が倒れこんだ音で三人は我に帰る。
「パウロ!」
パウロはピクリとも動かない。
慌てて彼に駆け寄ったジュリエッタは自分の横に謎の影があることに気が付いた。
濃度は薄く、それほど大きくはない。
立った人間が一人入れるかどうかといった程度だろう。
だが地面に映るその影は急速に大きく濃くなっていく。
(これは……!)
その正体に気が付いたジュリエッタは咄嗟に横に飛んだ。
ザクッ!
屋根の上から飛び降りてきた男の斧を間一髪で回避した。
「ホーリーウインドかっ!」
ブレッドも同様に襲い掛かってきた男の攻撃を避けながら叫んだ。
こちらの敵は長剣と盾を装備している。
服装はどちらも白地に青と金のライン。
彼の言うとおり、間違いなくホーリーウインドの服装だった。
屋根の上でも同じ格好をした男が弓を構えている。
「パウロをやったのはアイツか」
ジュリエッタが剣を構えて斧の男と対峙しつつ忌々しげに屋根の上の男を睨みつける。
周囲の屋根の上にも杖を持った僧兵が何人もいた。
(一、二、三、……五人。)
ユウに確認できたのはパウロを撃った弓の男を含めて全部で五人。
つまり屋根の上からこちらを狙っている魔法使いは四人だ。
その内の一人が腕を振り、ユウに向かって炎の矢を飛ばしてきた。
「とうっ!」
標的にされたユウは慌てて横に避ける。
突然の事態で心の準備ができていなかったせいか、いくらか精神的に余裕がある。
事前にわかっていたとしたら緊張して動けなかっただろう。
ジュッ!
炎が皮の鎧にかすって少し焦げ目がつく。
焼けた匂いがユウの鼻にも届いた。
(やっべ、あんまり余裕なかった。)
ドドドッ!
最初の一人を合図に他の三人も魔法を使い始めた。
氷の矢、雷撃、火球。
魔法の乱打がユウ達に殺到する。
さらに弓の男も次の矢を放ってきた。
それに対してユウ達の武器は三人とも剣。
唯一の魔法使いだったパウロはもうピクリとも動かない。
屋根の上に留まって攻撃してくる相手に反撃する手段もなく防戦一方だ。
ユウは飛んでくる魔法と矢を回避するので精一杯。
ブレッドとジュリエッタはさらに地上にいる二人も相手にしなければならなかったので身動きがとれない。
「どうするんだよこれっ!」
ユウは敵の魔法で壊れた壁から建物の中に入って身を隠しながら叫んだ。
それはユウ本人としては自分の身を守ろうとしてとった行動だったが、屋根の上の敵たちにとっては狙いやすい獲物が一つ減ったことを意味する。
つまり他の二人に飛んでいく攻撃の数が増えるということだ。
「くっ!」
ジュリエッタが氷の矢をかわしきれずに剣を持っていた右肩に被弾した。
怯んだ隙に目の前の男が斧を振り下ろす。
たまらずバックステップで距離をとるジュリエッタ。
その表情には焦りの色が浮かんでいる。
そんな彼女に対して、今度は炎の矢が雨のように殺到した。
「――!」
「ジュリエッタ!」
ドドドドドッ!
ブレッドの叫びが魔法の着弾音に掻き消された。
被弾するたびにジュリエッタの体が下手な演者の操り人形のように不自然に動く。
そこに彼女自身の意思が存在していないことは明らかだった。
攻撃が止むと、土煙の中でジュリエッタの体が力無く倒れていく。
最初にパウロが倒れてからまだ一分も経っていない。
「いたぞ!」
「あそこだ!」
今度は別の方向から威勢のいい声がいくつも飛んできた。
十人以上いる全員が白地に青と金の服を着ている。
「おいおい、ここで団体さんのご到着かよ……。」
ユウはその中にいる金髪の少女に見覚えがあった。
以前のループでステラ達と一緒に戦ったときにいた子だ。
かわいい子だったのでよく覚えている。
あの子がいるということは、あの集団が本隊で間違いないだろう。
今まで戦っていた七人に彼女達を加えれば、前回のループでステラ達と一緒に戦った時の人数と同じぐらいになるはずだ。
「みなさん、突撃です!」
「おぉ!」
「女神様万歳!」
建物の壁に隠れていたユウには気が付かなかったらしく、少女の掛け声で十人以上の集団が一斉にブレッドに向かっていく。
その代わりとばかりにユウのいる建物に向かって大量の魔法が打ち込まれた。
建材が休みなく飛び散る。
「くそっ!」
ユウは反対側の窓から逃げ出そうと走り出した。
視界の隅ではブレッドが女神教の集団に呆気なく蹂躙されていく。
仲間を見捨てる罪悪感と無力感を感じながら、ユウは窓に足を掛けた。
ドスッ!
「ぁ……。」
踏み出そうとした直後に背中に衝撃。
窓の外に押し出され、そのまま頭から落ちた。
「――!!」
地面にぶつかった衝撃と同時に背中に激痛が走る。
抗って動くことなど到底不可能な痛みの中で、ユウは自分に近づいてきた男の気配に気が付いた。
(そうだ……、忘れてた……。コイツがいたんだ……。)
視界が暗転していくユウを先ほどまでジュリエッタと交戦していた男が見下ろしていた。
ユウの背中には彼の斧が突き刺さっている。
ジュリエッタの死を確認した後、ブレッドを本隊に任せてこちらを追ってきていたわけだ。
建物に打ち込まれた魔法は直接ユウを狙ったものではなく、彼が接近するための援護射撃でしかなかった。
うつ伏せの体からまるで魂でも抜けていくかのように、ユウの意識が薄れていく。
昼間の天頂には白い月がひっそりとその姿を見せていた。




