3:体を鍛えておくのって大事
『程度の差こそあれ、誰もが初めは弱かった』
★
ユウとナルヴィが合流地点である市場の南に到着すると、一足先にロトとステラが到着して二人を待っていた。
「ロト、さっきの爆発聞いた?」
「聞いた。念のために干し肉を買ったら急いで戻ろう」
ナルヴィはロトに先程の爆発音のことを確認した。
会話した勢いのままに近くで干し肉を買ってせっせと自分達の魔法袋に入れ始める。
「ユウくん、大丈夫?」
「はぁ、はぁ、だ、大丈夫……。」
ここまで走ってきたせいでユウは座り込み肩で息をしていた。
一緒に走ってきたはずのナルヴィが平然としているのを見て、自分は女の子よりも体力がないのかとショックを受ける。
ステラが背中を擦ってくれるのだけが救いだ。
(これからは体鍛えよう……。)
そう思った時、日光で鈍く光る腰の剣がちょうど視界に入る。
「この剣で助かった。もっと重い剣だったら終わってたよ。」
「剣?」
ユウの言葉に気が付いたようにステラがユウの剣を見た。
おもむろに細くて綺麗な手を伸ばす。
ユウは自分が直接触れられるわけでもないのにドキリとした。
「あ、軽い」
ステラが剣の軽さに驚く。
彼女の知っている剣の重さでは無かったからだ。
軽量化を図った剣なら世の中にいくらでもあるが、それにしてもこの軽さは規格外だ。
(付加効果なのかな? それとも元々の材質?)
「ほら、二人とも行くよ?」
干し肉の購入を終えたナルヴィの声でステラの疑問は中断された。
急ぎなのはわかっているのでユウと一緒に文句も言わずに立ち上がる。
「大丈夫? 二人にだけ先行ってもらおうか?」
ステラがまだ疲れたままのユウを気遣う。
(こいつら……)
目の前で二人の中を見せつけられたナルヴィは半笑いしながら視線を斜め上に向けた。
この状況でこれということは相当な天然具合ということだろう。
「大丈夫、行こう。」
良いところを見せたくなったのかどうかはわからないが、疲れの割にはユウはスムーズに立ち上がった。
言った直後にステラと二人になるチャンスを棒に振ったことにユウは気が付いたが、もしかしたら非常事態かもしれないのだと割り切った。
★
「これは……」
「嘘でしょ……」
ロトとナルヴィが絶句する。
後ろにいたユウとステラも遅れて息を飲んだ。
漂う黒煙。
ユウ達がアジトに到着した時、エル・グリーゼがアジトとして使用していた倉庫は激しい炎に包まれていた。
アジトの扉は跡形もなく吹き飛んでおり、付近に散らばる破片はそこが爆発の中心であることを示している。
周辺には数人が文字通り黒焦げになって転がっていた。
ロトが恐る恐る近づいてそれを確認する。
「ブレッド……」
わざわざ確認するまでも無く、既に息が無いことは明白だった。
ロトは腰の剣を見て死体がリーダーのブレッドだと判断した。
他の死体は彼と一緒に買い物に出ていた魔法使いのパウロと戦士のジュリエッタで間違いないだろう。
「危ない!」
ステラが叫ぶ。
キィン!
間一髪。
三人の死体に気を取られていたロトに放たれた矢をナルヴィが斧で叩き落した。
それを合図に一斉に武装した兵達が姿を現してユウ達を取り囲む。
その数は二十人以上。
ユウにも見覚えがある服装をしていた。
「まさかこいつら……、女神教かっ?!」
白地に青と金。
二週間ほど前にユウを何度も殺してくれたモンドと同系統の格好だ。
「しかも金のライン入り。女神教の過激派実働部隊、ホーリーウインドだ」
ロトが弓を構えながらユウの叫びに答える。
ユウは横にいたステラもいつの間にか剣を抜いていることに気が付いた。
「エンチャントライトニング……」
彼女は抜いた剣をもう一度引き抜く動作をした。
ただし今度は鞘の代わりに左手が添えてある。
バチバチと音を立てて剣が紫色の雷を纏う。
(綺麗だ……。)
一瞬だけその美しさに見とれてしまったユウは自分が無防備であることに気がつくと、慌てて自分の剣を抜いた。
水で構成された透明な刃が姿を見せる。
この二週間弱で剣の持ち方と振り方ぐらいは覚えたが、それでも初心者に毛が生えた程度であることは変わらない。
しかも後半の一週間は移動時間が多く、練習の時間をあまり取れなかった。
ユウは高鳴る心臓をできるだけ意識しないようにして、敵のリーダー格と見られる少年と少女を睨みつけた。
「降伏する気は……、無いみたいですねぇ」
ユウの視線を確認した少女が場違いな呑気さで呟く。
彼女の長い綺麗な金髪が揺れて日光で輝く。
左手には彼女の身長と同じくらいの長さを杖が握られていた。
「そうみたいだな。それじゃあまた悪魔狩りと行くとするか。なに、全員殺してしまえば儀式を止めるのと同じことさ」
もう一人の青髪の少年が呼応するように剣を抜いた。
その口には笑みが浮かんでいる。
(儀式? 何のことだ?)
少年の発した『儀式』という言葉にユウは引っかかった。
「ユウ、考え事は後。この狂信者どもを何とかしてから」
が、ナルヴィの一言でユウの思考は中断された。
確かに彼女の言うとおりだ。
先日のモンド達の行動を見ても、目の前の連中が穏やかでないのは明白。
指揮官らしき少女が杖を振ってユウ達に突きつける。
「みなさん、悪魔退治の時間です! やってしまいしょう!」
「おぉっ!! 女神様万歳!!」
彼女の声を合図に二十名以上の武装した僧兵達がユウ達に殺到した。
バシュ、バシュ!
ロトが牽制として先頭の敵二人に一本ずつ矢を放つ。
かなりの早撃ちだ。
弓が仄かに青白い光を纏っているところを見ると、武器自身に何かしらの補助効果があるのかもしれない。
放たれた矢の内、一本はバトルアックスを持った男の肩に、もう一本は両手に剣を持った男の腕に命中したが、どちらも意に介さず突っ込んできた。
「クソッ! 狂信者め!」
バシュシュシュ!
ロトは悪態をつきながら、さらに三本の矢を放つ。
この少年の弓の腕は中々のものらしく、今度は先ほどの二人の後ろにいた三人の足に当たった。
三人とも足の動きが彼ら自身の意思に追従できずに勢い余って転倒した。
突出した先頭の二人に今度はナルヴィとステラが襲い掛かる。
ナルヴィが勢いよく振り下ろしたロングアックスを、男はバトルアックスで受け止めた。
「ちっ!」
体重を乗せた一撃を止められたナルヴィは力比べでは不利と見るとすぐに距離を取る。
反撃しようとする男に今度はロトの矢が襲い掛かった。
その横では両手に一本ずつ剣を構えた男が、振り下ろされるステラの剣を受け止めようと左手の剣を構えた。
バチッ!
「……!」
ステラが剣に纏わせた雷で男の左手が痙攣する。
力の入らなくなった手から剣が弾き飛ばされた。
男は慌ててバックステップでステラから距離を取り、彼女の追撃は空を切る。
(す……。)
「すげぇ……。」
ユウは思わず声を漏らした。
一歩も動くことができずに目の前で繰り広げられる戦闘に魅入っていた。
戦おうにも恐怖と緊張で足が震えて言うことを聞かない。
他の三人の動きを見る限り、動けたとしてもどこまで戦えるかは怪しいところではあるが。
(こんなの、一週間素振りしたぐらいじゃ無理だろ……。)
アルトバの街を出発するまでの一週間、それがユウが剣の鍛錬に使った時間の大半だ。
それ以降は馬車での移動のせいであまり時間が取れなかった。
本人としては多少はマシなレベルになったつもりでいたのだが、当然現実はそんなに甘くはない。
ユウは予想外のレベルの高さに完全にビビッていた。
もうこのまま三人に任せておけばいいんじゃないか、そうも考えたが現実は無常だ。
三人で食い止めるには人数が多すぎた。
フリーになっているユウに向かって一気に三人の敵が迫る。
「うわぁあああああ!」
敵が自分を狙っていることに気がついたユウは声を上げた。
「ユウ!」
「ユウくん!」
恐怖に駆られたユウの叫びにナルヴィとステラが気づく。
バシュ!
「ぐぁ!」
ロトは素早く射掛けて一人を仕留めたが残りの二人は意に介さずユウに突っ込んでいく。
一人が大型のメイスを頭上で振り回し、もう一人は両手のナイフを構えた。
ロトが矢筒から次の矢を取ろうとするが撃つのはとても間に合わない。
「来るなぁああ!」
ユウはナイフの男に向けて錯乱しながら練習したとおりにまっすぐ剣を振り下ろす。
動き自体はそこまで悪くなかったのだが、狙いが露骨過ぎた。
敵は真横に最小限動くだけであっさりとユウの剣を避けると、振り下ろされた剣が地面に刺さるのと同時にユウの腹部にナイフを突き立てた。
「あ……。」
皮の鎧のおかげで深くまでは刺さらなかったが、それでも痛みに耐性のないユウの動きを封じるには十分だった。
男はバックステップで距離を取るついでに残った方のナイフでユウの首を斬りつける。
斬られたのは頚動脈。
大量の血が勢い良く溢れだした。
――致命傷だ。
ダメ押しとばかりにもう一人の男がメイスを力一杯にユウの頭に振り下ろす。
グシャリという音が脳内に響くと同時にユウの意識は暗転した。
天頂にはまだ昼間だというのに白い月がその姿を見せていた。
★
「はっ」
ユウは意識を取り戻した。
慌てて周囲を確認する。
どうやらアジトの中らしい。
(また死んだんだな、俺……。)
「これからみんなで買出しに行こうとしてたんだ。ステラ達はどうする? 移動で疲れてるだろうし、別に休んでてもいいぞ?」
「わたしも手伝う」
「ステラが行くなら私達も行こう。荷物持ちは多いほうがいいからな」
どうやら、ちょうどこれから買出しに行こうとしているところまで戻ってきたらしい。
ということは女神教の襲撃まであまり時間が無い。
(まずい! 止めないと!)
「ちょっと待ってくれ!」
「ん? どうした?」
「かっ、買出しって今じゃないと駄目なのかな?」
「まあ、そろそろ心許なくなってきてるからな。……何かあるのか?」
「いや、その……。」
リーダーのブレッドを筆頭に全員が怪訝な顔でユウを見た。
(どうする? なんて言ったらいい?)
ループが口実として使えないのはリアの時に判明している。
確かこの世界の魔法理論では実現不可能であることが証明されているとかいう話だった。
――実際にユウはループしてしまっているのだが。
(駄目だ、思いつかない!)
心の準備すら出来ていなかったユウは説得力のある言い訳を思いつかなかった。
「無いのか? それじゃあソフィア達のところとロト達のところに二人ずつ入ってくれ」
「ちょっと待った! さ、先に武器屋に行かせて貰ってもいいかな? 気になってることがあって早めに確認しておきたいんだ。」
そう言ってユウは腰の剣を指差した。
(仕方ない。とりあえず単独行動で情報を集めよう。)
「なんだそういうことか。それなら俺達と一緒に来いよ。途中で武器屋にもよる予定だからな」
「ああ……、うん。」
(マジかい……。)
ブレッドは合点がいったと言わんばかりだ。
前回のナルヴィもそうだったが、生死を分けるかもしれないだけに武具に気を使うのはそれほど不思議なことでもないらしい。
ステラだけは何か言いたそうにしている。
ユウは単独行動の芽が早くも摘まれたことにしまったと思ったが、すぐに考え直した。
(そういえばアジトの前で死んでたのはブレッド達だったよな?)
爆発が起こった時に何があったのかを確認するためにはむしろ一番いいかもしれない。
「リア。」
一応はユウもリアの従者なのでご主人様に伺いを立てる。
「そういうことなら別にいいだろう」
あっさり決まった。
彼女がユウのことを連絡役などのパシリ的な役割として考えていた影響が大きい。
護衛としての戦力はあくまでもラプラスというわけだ。
「というわけでよろしく。」
こうしてユウはリーダーのブレッド、魔法使いのパウロ、戦士のジュリエッタと共に武具の管理に必要な消耗品を買出しに一番最初にアジトを出発した。
ステラは少し不満そうな様子でユウ達を見送ったが、最後まで文句は一言も発しなかった。
だがなんとなく表情が暗い。
「どうしたんだステラ?」
「……なんでもない。私達もいこう?」
ステラの様子に首を傾げるロト。
そんなロトを見てナルヴィは溜息をついた。
(ニブい……)




