1:第一印象ってやっぱり大切
『やれ白だの黒だの黄色だのと、大衆はくだらないことばかり気に掛ける』
★
モンドの襲撃から一週間後。
ユウ達は馬車に乗ってアルトバの街の外へと移動していた。
馬車にはユウの他にステラ、リア、ラプラスが乗っている。
「どこに向かってんの?」
「隣国のノワルア王国だ。王都の隣の街アスクへ行く」
「何しに?」
「そこにエル・グリーゼのアジトがある。……私達が向かうのはレッドノートの別邸だがな」
黒髪の美少女はそう言いながら足を組んだ。
いつもの通り、短いスカートの中は見えそうで見えない。
正面に座っていたラプラスが静かに睨んできたので、ユウは彼女のスカートから視線を外した。
ステラが少し不機嫌そうに見える気がするのは気のせいだろうか?
ユウは話を変えなければならないプレッシャーに負け、直前に耳に入った知らない単語に飛びついた。
「エル・グリーゼって何さ?」
「私の世界のレジスタンスだよ。この世界と私達の世界を救うために活動してるの。ちなみに私もその一員なんだよ?」
ユウの隣に座ったステラが口を挟む。
ちなみに、彼女の言う『私達の世界』というのはもちろんステラの世界のことである。
彼女はこことは違う異世界の出身だ。
(レジスタンス……。)
ユウの印象ではあまりファンタジーにはそぐわない単語だ。
「世界を救うためか。……いきなりスケールが大きくなったな。」
異世界ファンタジー的にはいいとしても、つい先日まで自分自身の生死で手一杯だったユウにとっては『はあ、そうなんですか』というのが正直な感想だ。
そのあたりは生まれ育った環境の違いなのか、他の三人に気づかれることはなかった。
「そう。この世界と私たちの世界は、あるアーティファクトの影響で両方とも滅びようとしてるの」
「ホントに話が大きくなった……。」
アーティファクトという単語を聞いてユウは自分の剣を見る。
先日のモンドとの戦いで刃のほとんどが割れて無くなってしまったが、水に浸してみたら瞬時に元通りになった。
(これはアーティファクト? マジックアイテム?)
話を聞いている限りでは、どうやら効果が強力なマジックアイテムをアーティファクトと呼んでいる節がある。
そうするとコレはマジックアイテムだろうとユウは判断した。
「そのアーティファクトの名前はゴーストロッド。それが本来別々であるはずの二つの世界を無理矢理引き付けていて、このままにしておくと両方の世界が衝突して滅んじゃうの。白死病って知ってる? あれもその影響」
ユウは、前にダーザイン達に連れられてギルドに行った時のことを思い出す。
(そういえばいたな、全身真っ白になってる人。エニグマは原因不明って言ってたけど。)
「私たちはゴーストロッドがこっちの世界にあるって知って、それを壊しに来たの。でも私たちはこの世界で活動する基盤がないからリアたちに協力してもらってるんだ」
「ふーん。」
「私達もステラ達からこの話を聞いてな。世界の崩壊の話までは流石に信じられなかったが、白死病の原因だということを知ってレッドノート家でも密かに協力することを決めたんだ」
「……密かに?」
ユウはリアのその単語に引っかかった。
彼の記憶が確かなら、白死病の被害はこの世界でも深刻だったはずだ。
エニグマがそう言っていた気がする。
「別にこそこそ隠れて支援しなくてもいいんじゃ……?」
ユウは首を捻った。
「それは少し厄介な話になる。ゴーストロッドは王都のノワルア中央教会の地下にあるんだが、そこは女神教の総本山だ」
「そう。そしてどういうわけか女神教の人たちはゴーストロッドの破壊を阻止しようとしているみたいなの」
リアの説明にステラが続いた。
「ノワルア王国の国教として強い力をもつ女神教に対してニアクスの貴族であるレッドノートが迂闊なことをすれば国際問題になるのは目に見えている。……最悪の場合は戦争だ」
「そういうことか……、ってちょっと待て。そしたらモンドがリアの家を襲ってきた時点でマズイだろ。」
モンドも女神教の人間だ。
ということは女神教は既にリア達を敵として認識しているはずだ。
「それについてはもう今更だ。既に色々とやってしまっているからな。今は堂々と動くための大義名分を互いに探している状況だ。というわけで、私がレッドノートの人間であることは向こうで一切口にするなよ?」
「わかったよ。……で? なんで俺も連れてこられてるの?」
「そ、それは……」
ステラは明らかに困って言葉に詰まり、ラプラスは視線を逸らした。
ユウは消去法でリアを見つめる。
「そんな顔でこっちを見るな……。私の独断で動かせる従者の中で連れて来れそう者となると、ラプラス以外にはお前ぐらいしかいなかったんだ。向こうに対するこちらの体面もあるし、流石にラプラス一人だけというのもな」
(厄介になってる身だし、あんまり贅沢は言えないか)
雇い主に困った顔をされると仕方が無い気もしてくる。
……もちろんリアが美少女だからというのもあるが。
「じゃあ仕方ないな。ちなみに危険手当とかは……、出るよね?」
「危険、テアテ? ……なんだそれは?」
リア達は三人揃って頭の上に疑問符を浮かべた。
危険手当、つまりは危ない仕事をする場合の割り増し料金のことだが、この世界にはそういった類のものは一般的ではないらしい。
コレに関してはどちらの世界が優れているかというよりも単純に文化やシステムの違いのほうが大きいかもしれない。
物騒なのが日常ならば、わざわざそんなものが別枠で付いてきたりはしないだろう。
ユウは半分諦めつつも危険手当について説明するだけ説明しておいた。
「そんなものがあるのか……。ユウの世界は相当に平和なんだな。まあとにかく、私達の目的は女神教の隙をついてゴーストロッドを破壊することだ。三週間前に一度失敗して向こうも警戒しているから、今は隙を窺っているところだな」
「もう色々やってるってそういうことかよ。結構最近じゃねぇか……。」
(三週間前ってことは俺がこの世界に来る前か。……じゃあもう手遅れだな)
死に戻りで改変は出来ないと判断したユウは早々に諦めると、ステラから差し出されたビスケットを口に放り込んだ。
好きな子から貰ったお菓子は数割増しでうまい気がするから不思議なものだ。
★
アルトバを出発してから五日後。
ユウ達はノワルア王国の街アスクへと到着していた。
王都の最寄街というだけあってかなり大規模な街だ。
「……はっ!」
馬車が段差を乗り越えた衝撃でユウは目を覚ました。
「ユウくん、おはよ」
横でステラが微笑む。
「……寝てた。」
「お前、馬車に乗ってる間はほとんど寝てたな……」
ラプラスも呆れ声だ。
どう言い訳しようかと思ってユウは外を見た。
馬車は既にアスクの街の中に入っている。
「すげー。完全に西洋ファンタジーじゃん。」
ユウは馬車の窓から見える光景に声を上げた。
「セイヨー? 何だそれ? 何かのジャンルか?」
珍しくラプラスがユウの話に食いついた。
ファンタジーという単語の方は通じたらしい。
「ジャンルっていうか地域、かな? 俺の世界でココと同じような文化を持ってる地域がその辺なんだ。」
「ふーん。お前の地域は違うのか?」
「俺のいたところは東洋だからかなり違うよ。服とかは西洋の文化がかなり入ったから同じ感じだけど、街は結構違うかな。」
ユウとラプラスが盛り上がっている間に馬車はレッドノート邸に到着した。
レッドノート家がノワルア王国内で活動するときに使っているらしい。
「荷物を置いたら早速アジトにいくぞ? 出入りは目立たないように裏口からだ」
リアは顔の上半分を覆う白い仮面をつけた。
「何だよその仮面……。」
「私がレッドノートの人間だとばれないようにするためだ。顔が割れるとまずいからな。それから、ここでの私の名前はリア=レッドノートではなくリア=ステイシスだ、いいな?」
(怪しすぎる……。普通にバレるだろ、それ……。)
声にならないつっこみをスルーして、三人はアジトへと歩き出した。
ユウもその後ろについていく
時間としては徒歩で十五分ほど。
時計を持っていないユウは体感でもう少し長く感じた。
(……倉庫、だよな?)
家というよりは倉庫のような建物の裏口の方に連れて行かれる。
ステラが扉を叩いた。
トントントン、トントン、トントントントン。
(ノックの回数……。)
何かの法則性がありそうだ、ユウがそう思った直後に覗き穴が開いて向こう側に男の目が姿を現した。
「ステラか、早かったな。他には?」
「リアとラプラスもいるよ。あと、新しくユウくんって子を連れてきたから」
「……。今開ける」
扉を開けてユウ達を迎えたのは青髪の少年だった。
背はユウよりも高い。
「バーノンだ。はじめまして、でいいか?」
「はじめまして。ユウ=トオタケです、よろしく。」
ユウ達が入った後、扉に鍵をかけたバーノンを最後尾にしてアジトである倉庫の奥へと全員で進んでいく。
先頭はステラだ。
なんとなく後ろ姿が嬉しそうに見える。
まるで故郷にでも帰ってきたかのような……?
(そういえばステラもここの一員なんだっけ?)
通路を少し進むと倉庫としてメインになる、開けた空間があった。
殺伐とした空間を区分けするように箱が積まれている。
脇の壁には個室と思われる扉が並んでいた。
開いている扉の奥に見える窓には鉄格子がついている。
「みんな、ただいま!」
「ステラ?! 早かったじゃないか!」
ちょうどそこで話していた六人の男女がステラの声で振り返る。
弓を背負った紫髪の少年が驚きの声を上げた。
「ステラ、話はもう終わったの?」
「うん。今まで通り、チャンスがあればまた侵入してロッドを破壊する方針で決まったよ」
「それはよかったな」
少年達がステラを囲んで再会を喜ぶ。
ユウはその輪に一人だけ加わらなかった少女が気になった。
褐色の肌に綺麗な銀髪をツインテールにして、背中に斧を背負っている。
柄の長さに対して刃が小さい。
顔はユウの好みでは無いとはいえ、かわいいかどうかと聞かれれば十人が全員かわいいと答えるぐらいにはかわいい。
つまりかわいいということだ。
少女もユウの視線に気がつく。
「黒――。」
「――! あぁん?」
黒い。
ユウがそう呟こうとした瞬間、少女の顔が露骨に不機嫌になる。
ダンッ!
「おらぁ!」
「ふごぉぅぉぉ!」
少女は電光石火の速度でユウに詰め寄ると、ユウのみぞおちに容赦無く前蹴りを叩きこんだ。
ユウは悶絶して崩れ落ちる。
「な、何を……。」
「お前、いま私のこと黒いって言おうとしただろ? 黒じゃねーし、褐色だし!」
うずくまって動けないユウをさらにゲシゲシと足蹴にする少女。
これが『業界の人にとってはご褒美』というやつなのだろうか?
ちなみにユウにはそれ系の性癖はない。
「ナルヴィ! ストップ! ストップ!」
ステラが慌てて少女を止めに入る。
どうやら褐色の少女の名前はナルヴィというらしい。
彼女に集まっていた五人はそこで初めてユウの存在に気がついたらしく、何事かと様子を見ている。
……いや、訂正しよう。
彼らは『いつものことか』と様子を見ている。
リアとラプラスがユウに駆け寄った。
「だ、大丈夫か?」
「ぉぅ……。」
ユウは気遣うラプラスに返事をするのがやっとだ。
「なあステラ、もしかして新入り、だったりとか?」
「……うん。最近リアの従者になったユウくん」
六人の中で最初にステラに気がついた紫髪の少年がユウを指差しながら恐る恐る尋ねた。
ユウに一撃をお見舞いしたナルヴィを後ろから羽交い絞めにしていたステラは弱々しく頷く。
(うわぁ……)
自己紹介すらまだの新人になんと声を掛けたらいいのか、五人は素で躊躇った。
その間に復活したユウが立ち上がる。
まだ蹴られたところが痛い。
「……ふう。いきなり何するんだよ。」
「ちょっと新入り君に先輩への礼儀を教えてあげようかと思って」
「それはどうも。後輩に礼儀を教えてくれる優しい先輩の名前は確か……、黒子さんで良かったかな?」
「あぁん?」
お互いに声を低くして唸るように言葉を吐きながら、バチバチと視線をぶつけて火花を散らす。
「私の名前はナルヴィ=シルエだ。よく覚えておきなよ、新、入、君」
「ユウ=トオタケです。これからよろしくお願いしますよ、先、輩。」
至近距離で睨みあう二人を見て金髪ロングの美人がため息をつく。
年齢は二十台前半。
六人の中ではおそらく一番年上だろう。
「はあ……。なんで二人とも初対面でいきなり火花散らしてるのよ……」
金髪美人の心労の種がまた一つ増えた瞬間だった。




