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18:痛いものは痛い

『今日は死ぬのにいい日だ。……もちろんお前がな』



 認識阻害。

 自分の部屋で再び目覚めたユウの頭に最初に浮かんだのがそれだ。


(俺は自分が致命傷を食らうまでモンドの存在に気がつけなかった。……それも毎回だ。)


 毎回、どういうわけかモンドに気が付かずに一撃貰って終わっている。

 布一枚だろうが、鎧を着ていようが、問答無用で致命傷を貰っている。


(最低でも二つ。魔法か何かの効果が働いているのはもう間違いない。)


 ユウは考えながら時間を確認した。

 死に戻りのループで復帰した時間はこれまでと同じ、二十時過ぎだ。


(一つ目はモンドの存在を認識できないようにする魔法だ。窓が開いたことすらわからなかった。俺と違ってラプラスは気が付いていたから対象は複数取れないのかもしれない。だとしたら今回もあいつは必須だな。)


 ユウは考えを纏めながら服に着替え始めた。

 もちろん再びリアの所へ行くためだ。


(二つ目は防具を貫く魔法。もしかするとこっちは武器の効果かもしれない。だとしたら食らった時点で多分アウトか。何とかして回避するしかない。)


 ユウは鎧を着終えると、そのままリアの部屋に向かった。

 歩きながらモンド対策を考えていく。


(待てよ? そういえばラプラスだけだとモンドに勝てないぞ?)


 前回、自分が死ぬ直後にラプラスがモンドに斬られたのを思い出す。


(ラプラス以外にも戦力は必須か……。候補はあのワルダ-っていうおっさん?)


 そう、戦力はラプラス以外にも必要だ。

 純粋にモンドに対抗できる戦力を確保しないと今日の夜は突破できない。


 コンコンコン。ガチャ。


 リアの部屋のドアをノックしてから返事を待たずにドアノブを回す。

 鍵はかかっていなかったのでそのままドアを開けた。


「入るよ?」


「なんだユウか。誰かと思ったぞ?」


「少し話があるんだ、いい?」


 そう言うとユウは迷うことなくソファに腰掛けた。

 リアは少し戸惑いながらユウの向かい側に座る。


「最初に聞いておきたいんだけど、離れた場所にいる人間を追跡する魔法っていうのは存在するのか?」


「なんだ藪から棒に。その類の魔法はもちろん存在するが、事前にマーキングが必須だな。……まさか、ここに来る前に何かされたのか?」


「わからない。俺は魔法がわからないから判断できないんだ。だから確認する方法があるなら早い方がいいと思って来た。」


 もちろん実際は何もされてはいないのだが、前回のループで自分に勇者の余韻があることは既にわかっている。


(あいつもきっと俺の勇者の余韻を辿ってここまで来たんだ。)


 リアは組んだ足を組み替えた。

 彼女の綺麗な黒髪が揺れる。

 髪の輝きが仄かにしっとりとしている気がした。

 風呂上がりだろうか?


「それならば魔法鑑定をしよう」


 そう言ってリアがテーブルの上のボタンを押す。

 ユウは黙ってそれを見ていた。


(……そうだ。)


 ユウはまた一つ思いついた。


「リア、これって持ち運びできるの?」


「ん? ああ、呼出機か? もちろんできるぞ。魔法が届く範囲内ならどこでも使える。これは執事室に受信側があるから、この屋敷の中ならどこでも大丈夫だ」


「予備はないか? あったらしばらく貸して欲しいんだ。」


 リアはユウの意図を図りかねて眉を寄せた。


「おそらくあるとは思うが……、何に使うつもりだ?」


 その時、ノックがしてラプラスが入って来た。


「お呼びでしょうか?」


 ラプラスはユウがいることに若干驚いたが、それを表情には出さなかった。


「ユウの魔法鑑定をする。すぐにワルダーを呼んでくれ」


「かしこまりました」


 内心でユウがなぜここにいるのかを考えながらも、それを表に出すことなくラプラスは部屋を出ていく。

 話を戻そうとリアは再びユウに視線を戻した。


「それで、何に使うんだ?」


「防犯対策さ。あいつらに襲われたときにすぐに人を呼べるようにしておきたいんだ。」


「あいつら?」


「女神教。」


「女神教? ……どういうことだ?」


 女神教の単語を聞いたリアの顔が途端に険しくなる。

 やはり彼らに対しては彼女もいい印象は持っていないのは間違いない。


「理由はわからないけど、俺はあいつらに命を狙われてる。だから俺を追跡できるなら間違いなくここにも来るはずなんだ。」


「ふむ……、そういうことか」


 かなり強引だったが、目の前の少女を納得させるにはこれで十分だった。

 貴族の娘とはいえ、彼女自身の未熟さに助けられたところが大きいか。


 トントントントン。


 今度はラプラスがワルダーを連れて入ってきた。

 どうやらリアとユウを二人きりにしておきたくなかったラプラスが急いだらしい。

 ノックは四回だ。


「お嬢様、私に何か?」


「ユウを雇うことになったので魔法鑑定をしたい。特に追跡用の魔法が掛けられていないかどうかを確認してくれ」


 リアが親指でユウを指し示す。

 やることは前回と同じだ。

 ユウは立った状態でワルダーに魔法鑑定を実施してもらった。

 ユウとリアが男女の意味で親しくなったわけではないとわかって内心で安堵したラプラス。


 ……気持ちはよくわかるぞ。


「特に魔法は付加されておりませんな。ただ、勇者の余韻が残っておりますのでこれで追跡は可能です」


「そうか……。ユウをすぐにここまで連れてきたのは迂闊だったな」


リアは苦い表情を浮かべた。


「リア。」


「ああ、わかっている。警護の中から一人張り付かせよう。……ラプラス、今日はお前も夜の見張りだったな? 今夜はお前がユウについてくれ」


「かしこまりました」


「それから呼出機をユウに一つ渡しておいてくれ」


「呼出機を……、ですか?」


 ラプラスはそこまでする必要があるのかと首を傾げた。


「ああ、非常時用にな」


 リアにそう言われてしまっては彼はそうするしかない。

 主従の意味でも、それ以外の意味でもだ。



 ユウの部屋。

 ユウとラプラスは再び暗い部屋の隅に窓からの月明かりを挟んで座っていた。

 前回との違いはユウがいつもの皮鎧を着ていることと、手元に呼出機があることだ。


(ラプラスが動いたらすぐに押そう。)


 右手に剣、左手に呼出機、床に鞘を置いた状態でユウはモンドが来るのを待っていた。


「なあラプラス?」


「なんだ?」


「……いや、なんでもない。」


「なんだよそれ」


 前回のようにラプラスがリアを好きなことに関して話をすることは無い。

 ラプラスとした約束はもう存在しないのだと思うと、ユウは少し寂しくなった。


(……。)


(……)


 会話もなく、時間が過ぎていくのをただじっと待つ。

 時間の感覚が薄れていくような感覚にユウは身を任せた。

 遠くでフクロウの鳴く声が聞こえる。


 そして再びその時は来た。

 ラプラスが視線を窓に向け、息を殺して剣を抜く。

 それに気が付いたユウは呼出機のボタンに親指を掛けた。


(ラプラスが仕掛けたら押す!)


 ラプラスは壁の陰に隠れてタイミングを見計らう。


(まさか本当に来るなんてな……。外の警備の奴らは何やってるんだ!)


 ラプラスは内心で毒づく。

 ユウがループする前の記憶は引き継がれていないから、彼の視点ではこれが初めての襲撃だ。

 これから戦うのは自分が既に一度敗北している相手だということを彼は知らない。


 カチャリ……。


 内側にある窓の錠が外された。


(手も触れずに……?! 魔法使いか!)


 ラプラスも多少は魔法の心得があるものの、リアとの接点を少しでも増やしたいという下心から独学で少しかじった程度だ。

 魔法学校で学んだような本職の魔法使いや、実戦レベルの魔法を使える魔法戦士とは比べるまでもない。

 思ったよりも遥かに厄介な相手が来たことに内心で焦る。


(距離を取れば不利だな。不意打ちで仕留めるしかない……!)


 窓が静かに開く。

 息を殺して敵が部屋に入るのを待った。

 できればユウが敵の気を引いてくれると助かるのだが、今からではそれを伝えることもできない。

 部屋の中の静けさを確認した敵が窓を超えて静かに部屋に飛び込んできた。


(今だ!)


 ラプラスは相手が着地する瞬間に合わせて上段で力一杯切りかかった。

 狙いは敵の首筋、一撃で首を落としにかかる。

 敵が剣を持っているのは左手。

 相手の右側から斬りかかれば圧倒的に有利だ。


(やれる!)


 ラプラスは一瞬での決着を確信する。

 だが剣が敵の首筋に当たると思った瞬間、敵の目がラプラスの方向を向いた。


 ギィン!


「――!!」


 モンドは左手の剣で易々とラプラスの剣を受け止めて見せた。

 ニヤリと怪しい笑みをラプラスに向ける。


「くそっ!」


 ここで殺らなければ自分が殺られる。

 ラプラスは侵入者への猛攻を開始した。


 ギィン! キン! キィン!


 自分の呼吸よりも優先して繰り出した攻撃はモンドの剣でことごとく防がれる。

 視界の隅ではユウが呼出機を押し込むのが見えた。

 ピッ、と動作音がしたのを確認すると呼出機を投げ捨てて床に置いておいた鞘を手に取ろうとしている。


 ラプラスはユウがそのままに援護に入ってくれるものと期待したが、

 彼の予想を裏切ってユウはそのまま部屋のドアに向かって走り出した。


 バン!


 ドアを勢いよく開けて廊下に出る。

 ユウは高鳴る心臓と荒い息を我慢して大きく息を吸い込み叫んだ。


「敵だ! ラプラスが戦ってる! 早く来てくれ!」


 その声に呼び出されるようにしてちょうど近くを巡回していた兵達がユウの部屋に向けて叫びながら走ってくる。


「どこだ!?」


「こっちだ!」


 ユウは叫びながらラプラスの方を確認した。

 ユウの目には未だ彼が一人で剣を振り回しているようにしか見えていない。

 だがそれでも既にラプラスの劣勢になっていることはすぐにわかった。

 脳裏に前回のループでモンドに斬られた彼の姿が過る。


 ユウは一瞬考えた。

 このまま部屋の外にいれば自分は助かるかもしれない。

 だが……。


(見捨てるわけにもいかないよな。それに……。)


 こちらに向かって走ってくる兵達の後ろにピンク色の髪が揺れていたのが見えた。


(ステラの見てる前じゃ逃げるわけにもな!)


 鞘を盾の代わりに構えて再び部屋の中に飛び込む。

 ステラの姿を見るまでは命の危険を犯してラプラスを助けに行くかどうか、ユウの気持ちは半々だった。

 そこに彼女への思いが加わって死への恐怖を完全に上回る。


「モンド!」


 ユウは敵の名を叫びながら突っ込んだ。

 一瞬だけモンドがユウに気を取られたところに、ラプラスが前蹴りを叩き込む。

 だがラプラスの足に伝わったのはモンドの固い腹筋の感触。

 内蔵までダメージが届いていないのは明らかだ。


「ちっ!」


 その様子を見たユウはモンドの位置に見当をつけて斬りかかる

 部屋はまだ暗い。

 閉じた窓から差し込む月の光を透明な刃が冷たく反射する。


 パキィィィンッ!!


 ユウの剣が刀身の中央あたりから砕け散ると同時にモンドがユウの目の前に姿を表した。

 視界の隅に見えていた窓が閉じた状態から一瞬で開いた状態へと変化する。

 地面に撒いた小麦粉にもモンドの足跡が追加されたのを見て、ユウはモンドの魔法の効果が切れたことを確信した。


(これなら!)


 割れて飛び散った刀身が固体の状態を保てずに水となって地面の小麦粉に降り注ぐ。

 ユウは残り半分になった刀身で更に斬りかかろうと振りかぶった。


 ドゴッ!


 モンドの蹴りがユウの腹部に叩き込まれる。


(――!)


 腹筋を固めていなかったユウはその衝撃の殆ど全てを内蔵で受けて後ろに吹き飛ばされた。

 モンドの意識がユウに向いた一瞬をついて今度はラプラスが斬りかかる。


 ギィン!


 モンドは右手に持った剣でそれを防いだ。

 同時に左手で腰から小さなナイフを二本取り出す。

 掴み方を見たラプラスはそれが自分を狙ったものではないと瞬時に理解した。

 つまり狙われているのは――。


「ユウ! 避けろ!」


「――!」

(……来た!)


 ラプラスの声でその時が来たのだとユウは悟る。


(今まではずっと心臓に直撃してきた。今度も心臓狙いのはずだ!!)


 バッ!


 ユウは思い切り右に飛ぼうとした。

 だが腹部のダメージが残っていて思い切り踏み切れない。

 そこにモンドの左手から二本のナイフが勢いよく投げられた。


 パキィンッ!


 二本の一本はユウの剣に当たった。

 半分だけ残っていた刃のほとんど全てが音を立てて砕ける。

 同時にナイフの方も勢いを失って宙に弾き返された。

 そしてもう一本は――。


 ドスッ!


「ぐっ!」


 ユウの腹部に突き刺さった。

 先程の蹴りによる打撃のダメージに上乗せされて鋭い痛みが腹部から駆け上がってくる。


 ドサッ!


「うっ!」


 地面に落ちた衝撃でナイフがさらに奥まで押し込まれた。

 痛みでユウは目を極限まで見開く。

 ラプラスとモンドの戦いの音が尚も聞こえてくる。

 だが腹部の激痛でそれどころではない。


(くそ! いてぇ!!)


 両手でナイフの刺さった箇所を抑えると、血が脈動に合わせて溢れてくるのがわかる。


(今度も……、ダメか?)


「ユウ! 大丈夫かっ?!」


 ラプラスの声、そしてそれとは別に複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。


「おい! ラプラスが戦ってるぞ!」


「誰か倒れてる!」


「ユウくん!」


 警備兵達がようやく到着した。

 そしてステラも。


(次は……、もっと早く呼ぼう……。)


 ステラが自分に呼びかけているにも関わらず、ユウは薄れていく意識をそれ以上維持することができなかった。


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俺の本物を殺しに行く

メインヒロイン()・・・_(  ´・-・)_
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