14:一期一会
『弱い奴には死に方を選ぶ権利もない』
★
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。」
昼過ぎ。
俺は再びアルトバの街に到着した。
ステラに会いたい一心でずっと走りっぱなしだったので思ったよりも早い到着だ。
休んだのはアルドに貰った携帯食を食べる時だけだったので流石に疲れた。
体中から汗が噴き出してくるし、呼吸が苦しい。
俺はアルドに貰った魔法袋に手を突っ込み、中に入っている水を取り出して飲み干す。
「……ふう。」
ステラと遭遇できるのは今日の夕方。
まだ時間には余裕がある。
(モフモフしたい……。)
剣と魔法袋はアルドに貰ったからいいとして、エニグマをモフモフしたい。
この時間だと前回は一緒にデブウサギを狩ってたはずだから、俺と出会ってない場合のダーザイン達がどこで何をしているかはわからない。
とりあえずダーザイン達の泊まっている宿屋に向かうことにした。
冒険者ギルドの前を通る。
ついでに中を少し覗いてみたがダーザイン達はいなかった。
防具屋を覗いてもステラ達はいない。
内心で少しがっかりしながら宿屋へ向かう。
「すいませーん。」
「いらっしゃい」
「ここにダーザインって人が泊まってませんか?」
「ダーザイン? ……ああ、それなら朝早くに出発していったよ」
「え?! 出発した? どこに?!」
「さあねぇ。他の国に行くって言ってたけど」
「他の国……。」
まさかの事態に俺は狼狽する。
それと同時に理解した。
前回と今回の違いは俺がいるかどうかだ。
ということはつまり、ダーザイン達は俺のためにわざわざこの街に留まってくれていたということになる。
「なんてこったい。」
俺は頭を抱えた。
もうエニグマをモフモフできないのかと落ち込みながら宿屋を出る。
(仕方ない、防具屋の前でステラを待つか……。)
俺はさっき通ったばかりの道を戻った。
まだ空が赤く染まる時間には程遠い。
防具屋の前に到着すると、見えやすい位置に立ってステラ達が来るのを待つことにした。
目の前を歩いていく人々を観察しながら時間を潰す。
屋根の上には金色の蝶が暇そうに止まっている。
森からこの街まで走ってきたこともあって足が痛い。
俺は少し楽になろうとしてしゃがみこんだ。
壁に背を預けて体勢を安定させてからおもむろに顔を上げると、ちょうど視線の先にいたステラと目が合った。
思っていたよりも早いタイミングでの遭遇。
足を止めたステラの目が大きく見開かれる。
何か呟いたみたいだがここからじゃ聞こえない。
その呟きを聞いたリアとラプラスが足を止めてステラを見るのと、彼女が俺に向かって走り始めるのはほぼ同時だった。
「あっ、あのっ!」
「はい?」
「えっと、その……、おおお、お茶しませんか?!」
前回同様、苦し紛れに突然の逆ナンだ。
ステラは顔を真っ赤にしている。
……これはあれか?
もしかしてこの世界のセンス的レベルだと俺はすごいイケメンだったりするのか?
たまにあるよな、そういうラノベ――、もとい小説。
「いいですけど……。でも俺お金持ってませんよ?」
初対面の体裁は崩さないように注意しながら答える。
ステラの後ろからリアとラプラスが追い付いてきた。
「待て、ステラ」
リアが俺とステラの間に割って入る。
「私の友人が急に失礼した。少し話したいんだが、その店でどうだ? 私がおごろう」
どうやら俺が金を持っていないと言ったのは彼女にも聞こえていたらしい。
リアが近くの店を指差す。
前回とは違って軽食メインの店みたいだ。
「おごってもらえるなら喜んで。」
本当はおごってもらえなくても喜んでだけどな。
だってステラいるし。
「では行こう」
俺は立ち上がって三人の後ろをついていく。
ラプラスがこちらに一瞬だけ視線を送ると、先に店に入っていった。
そういえばラプラスは従者だったと思い出す。
店の中は思っていた通り喫茶店とかそんな感じだった。
案内された丸いテーブルに四人で座る。
俺の正面にリア、左側にステラ、右側にラプラスが座った。
「何か頼むか?」
リアがメニュー表を俺に差し出す。
「じゃあチョコレートケーキで。あとコーヒーも。」
甘いものが食べたかったのでデザートを頼むことにした。
「じゃあ私は苺ショートと紅茶」
「私はモンブランとコーヒーにしよう。ラプラスはどうする?」
「僕もリア様と同じものをお願いします」
注文が決まるとラプラスが店員に全員分の注文を伝えた。
その間、ステラはチラチラとこちらを見ている。
やっぱりかわいい。
ストライクゾーンど真ん中もいいところだ。
「さて、と。」
リアがわざとらしく咳をした。
仕切り直しということだ。
「まずは急に声かけたことを詫びよう。私はリア=レッドノート、こちらは私の友人のステラ、こっちが従者のラプラスだ」
「ス、ステラ=ハートです、よろしく!」
「ラプラスです」
やっぱりステラはあれか? 俺にホの字な感じなのか?
安心してくれ、俺もだ。
「ユウ=トオタケです。それで、一体俺に何の用です?」
何の用かなんてわかりきってる。
知らないふりをするのも大変だ。
「そうだな……。短刀直入に言おう。うちで働く気はないか?」
「うちって言われても、どこで何をするのかすらわからないとなんとも……。」
リアが貴族の娘だということは知らない振りをしておく。
何回かループしたおかげで多少はわかるとはいえ、俺の知識は未だこの世界の平均的水準に届いていない。
下手にわかる振りをしてボロを出すよりも知らないということにしておく方がリスクが低いと判断した。
そもそもなんで俺に声を掛けたのかを最初に怪しむのが自然な振る舞いだったかもしれないと直後になって思ったが、……既に後の祭りだ。
「そうだな……」
そんな俺に気が付いているのかいないのか、リアが顎に手を当てた。
ちらりと横のラプラスを見る。
「とりあえずラプラスと同じぐらいでどうだ?」
そう言って親指でラプラスを指差した。
リアはステラと違って女の子らしい仕草が少ない。
……女傑街道まっしぐらだなこれは。
「待遇いいの?」
「それなりには」
「仕事きつくない?」
「人間扱いはしてもらえてますよ」
ラプラスからそこまで聞いて、前回のことを思い出した。
確かあの時は客分扱いという条件もついていたはずだ。
リアが今回それを言わなかったのはダーザイン達がいなかったからか?
ということは……。
(もう少し押しても大丈夫かな?)
ここでの交渉次第で俺の今後の生活が決まる。
できれば少しでもいい条件を引き出しておきたい。
「具体的にいくらぐらい貰えます?」
俺はリアの方を向いて尋ねた。
ラプラスに今いくらもらえているのかを聞いたわけじゃない。
いくら出す気なのかとリアに聞いた。
「……ラプラスは今どれくらいだ?」
「月に十九万、住み込みで家賃は無し。食事と服も普段の分はタダですよ」
ラプラスが俺の知りたかった情報をすらすらと並べてくれた。
俺は頭の中で冒険者の時の収入と比較する。
前回エニグマの補助付きだったときは一日で三万ジンだった。
ダーザイン達の話だと普通はもっと少ないらしいから仮に一日一万だったとして、一か月フルに働くと三十万。
宿代と食費に最低一日五千は必要とすると手元に残るのは月一五万ぐらいか。
装備の消耗も激しいだろうからその分のメンテ費用も考えると、実際に残るのはもっと少ないはずだ。
(……悪くないかもな。)
衣食住がタダで月に安定して二十万弱。
ダーザイン達が言う通り、並みの冒険者よりも待遇は良さそうだ。
俺は考えるふりをしてチラリをステラを見た。
そもそもステラがいる以上は積極的に断る理由はない。
「それじゃあ条件をひとつだけ。」
「なんだ?」
リアの顔に警戒の色が浮かぶ。
視界の両端にいるステラとラプラスも俺が何を言い出すのかと様子を伺っている。
「俺、勇者じゃない異世界人らしくて、最近この世界に来たばっかりなんですよ。だからこの世界のことを色々と教えて欲しいんです。あるいは自分で調べものをする時間を確保できるようにして欲しい。」
「そうか、てっきり勇者の家系かと思って声を掛けたのだが違ったか。……逆に聞くが、ここで私の話を断った場合に他に行く当てはあるのか?」
前回ほどでないがリアが若干黒い笑みを浮かべた。
(藪蛇だったか……?)
話を受けてから言うべきだったかもしれないと若干後悔する。
前回も言っていた気がするが、やはりリア達は勇者の家系の人間を集めているらしい。
ステラが俺に慌てて声を掛けた理由もそれかもしれないと今頃になって気が付いた。
勇者の家系はいい身分らしいから中々確保できない、そんなとき道端で行く当てがなさそうにしている俺発見、慌てて勧誘した、と。
(俺にホの字じゃなかったのか……?)
俺は勝手に一人で納得して落ち込んだ。
とにかく今は目の前の交渉だ。
ステラと一緒に暮らせばその内チャンスもあるさ、きっと。
「冒険者でもやりますよ。安定はしてないけど生活に必要な分は稼げるみたいですし。」
そう言って俺は拳で腰の剣を軽く叩いた。
「すごそうな剣……」
俺の剣を確認できる位置にいたステラが声を漏らす。
ここに来るまでに確認しようと思えばできたはずだが、たぶんそこまで見てなかったんだろう。
……ちなみにこの剣、見掛け倒しらしいけどな。
むしろこういう使い方こそが本来の用途な気がしてきた。
リアに俺の剣を見ようとする仕草はない。ので、もしかしたらもう確認済みなのかもしれない。
少し表情が固くなったのは気のせいか?
俺は自分の狙いがうまくいったと判断した。
「というわけで生活費は最悪自力で何とかなるとして、俺が今必要としてるのはこの世界に関する情報なんです。そこを用意して貰えるなら話を受けますよ?」
「ふむ……」
リアが腕を組み直して考える素振りをする。
俺に釣られてステラとラプラスもリアを見た。
「わっ、わたしで良かったら手伝うから。ねっ?」
ステラが懇願するような視線をリアに投げる。
「手伝うと言っても、お前だってこの世界に来たばかりじゃないか」
(……ん?)
「そ、それは……。でっ、でもユウよりはこっちに来て長いし、わたしでも教えられることもあると思うの」
ステラが食い下がる。
彼女がこの世界に来たばかりというのが引っかかるが、俺は空気を読んで黙っていることにした。
ステラと話す口実が増えるなら好都合だ。
(……あれ?今ステラが俺のこと『ユウ』って言わなかったか?)
「……いいだろう。とはいえこちらも異世界人に一から教えたことはない。手探りになるのでスムーズにはいかないと思うが、それで構わないか?」
「まあそれぐらいは仕方ないかな。話を受けましょう。これからはリア様って呼んだらいいですか?」
ステラが小声で『やった!』と歓声を上げた。
……かわいい。
構わないも何も俺の答えは最初から決まってるが、それは表に出ないように注意する。
それよりもステラが俺のことをなんて呼ぶのか気になって仕方がない。
「リアでいいぞ? 堅苦しいのは外の目があるときだけでいい」
「それじゃあよろしくリア。」
丁度話が纏まったタイミングで全員分のケーキと飲み物が運ばれてきた。
ラプラスが『いきなり呼び捨てだと……。くそ、俺だっていつか……』とか呟いていたのは無視して俺はケーキに手を伸ばす。
前回も似たようなこと言ってた気がするな。
そういえばコイツも結構顔がいい。
ざまあみろイケメン。
その後は穏やかな雰囲気で会話が進んだ。
内容は主にこの街のことついてだ。
ステラもこの世界に来たばかりというのはどういうことかと聞いてみたら、ここでは話しにくいので屋敷に戻ってからにしようと言われてしまった。
食べ終わった後、俺達は防具屋へ立ち寄ってからリアの屋敷へと移動する。
「ユウ、くん。何かわからないことがあったらわたしにも聞いていいからね?」
「うん。よろしく。えーっとステラさんって呼んだらいい?」
「ステラでいいよ?」
「そっか、じゃあよろしくステラ。俺も呼び捨てでいいよ?」
「それは……。ちょっと恥ずかしいよ」
ステラがはにかんだ。
うん、かわいい。
この笑顔で迫られたら全部許してしまいそうだ。
呼び捨てにしてもらえないのは残念だけど、君付けはそれはそれで悪くない。
なんかこう、甘酸っぱい感じの距離感だ。
(俺も、ついにリア充の仲間入りか。)
たぶん俺の表情はこの上無いぐらいに緩みまくっていたと思う。
俺とステラの目線が合うたびにステラの笑顔が返ってくる。
屋敷に着くまでの間、俺達はずっとご機嫌だった。
そんな俺達を後ろから眺めるリアとラプラス。
「リア様、今すぐあいつをぶっ殺したいです」
「奇遇だなラプラス、実を言うと私もだ」
★
「さて、と」
リアの屋敷に到着した後、俺は前回と同じようにラプラスに部屋まで案内された。
取り合えずシャワーを浴びてから用意された寝巻に着替えて独りで部屋のベッドに座る。
時計の針は二十時を過ぎたところだ。
――とりあえずここまでは来れた。
(問題はここからだな。)
前回のループはこの後眠ったところで終わっている。
つまり寝た後に起こった『何か』が原因で俺は死んだと考えていいだろう。
俺はとりあえず部屋の灯りを落とした。
風邪をひかないように布団に包まってベッドの上に胡坐をかく。
原因がわからない以上はどうしようもない。
正直心当たりもないし、とりあえずここは待ちの姿勢でいくことにした。
「……。」
部屋の明かりは窓から差し込む月明りのみ。
元の世界とは違ってこちらの月は大きく、地平線から全体の半分ほどを覗かせているだけだ。
窓の近くで羽ばたく蝶に反射した光だけが金色となって輝いている。
この部屋の中にある音源は自分の吐息と心臓の鼓動だけ、遠くで時々物音がする以外は静寂そのものだ。
これが元の世界の俺の部屋なら時計の音ぐらいはするものだが、どうやらこの世界の時計はクォーツ式じゃないらしい。
「……。」
特にすることもなく、ゆっくりと時間が過ぎていくのをただ待つ。
明日のことを考えると少し横になっておいた方がいいかもしれない、ちょうどそう考え始めて目を閉じた時だ。
ドスッ!
「……ぐっ!」
突如として左胸に衝撃、同時に後ろにふき飛ばされた。
ドン!
背後の壁に叩きつけられると同時に、衝撃のあった左胸から激痛が全身に広がる。
痛みで動けない……、だけじゃない。
同時に誰かの手が俺の首を壁に無理矢理押し付けている。
息が出来ない、すごい力だ。
相手の正体を確認しようとまぶたを開いた直後の俺の目に飛び込んできたのは見覚えのある男。
(……!? お前は……。)
月明りではっきりと顔を確認できた。
この世界に来てから知り合った数少ない人間の一人。
(モンド……。)
俺を押さえつけていたのは、あの女神教の三人組の内の一人、モンドだった。
左手で俺を壁に押さえつけながら、右手で俺の胸に剣を突き刺している。
(なんで……、こいつがここにっ!)
胸の痛みとモンドの力で体の自由がまったく聞かない。
俺は早々に自分の死を確信した。
そんな俺の心の内を見透かしているかのように、モンドは薄明りの中でニヤリと張り付いたような笑みを浮かべている。
間違いない。
前回もきっとこいつにやられたんだ。
俺は死因を確信する。
どうやって俺の居場所を突き止めたのか知らないが、やっぱりこいつらをなんとかしないと文字通りの意味で俺に明日は無い。
(……でもどうやって?)
だんだん体の力が入らなくなってきた。
薄れ始める意識の中、俺の思考は纏まりなく加速していく。
俺だけで勝てる相手じゃない。
いったいどうしたらいい?
(どうしたら……。)
すぐに頭の中にダーザイン達の姿が浮かんだ。
(そうだ、ダーザイン達がいる。)
あの二人ならこいつらにも対抗できるかもしれない。
それにこの屋敷にだって戦力はあるはずだ。
俺がリアに雇われた以上は戦力を少しは貸してもらえるはず。
(見てろよ……。次は必ず……!)
俺は宣戦布告の代わりにモンドを睨みつけた。
「……?」
モンドが無言で首を傾げる。
人形のような狂った笑い顔のモンド、そしていつの間にか開いていた窓、それを見て疑問を感じた直後に俺は意識を失った。
なぜだろうか、天頂にはいつの間にか二つ目の小さな月がその青い姿を表していたような気がした。




