13:森の隠者達
『子供が永遠に親の奴隷である道理など、世界のどこにも存在しない』
★
「ただいまだクマー。お客さんだクマー。」
クマ達に連れられて歩くこと、たぶん十五分ぐらい。
俺は森の中にひっそりと建てられた家に案内された。
元の世界で言えば一戸建てだ。
「お邪魔しまーす。」
俺は二匹に続いて中に入る。
入ってすぐのところがダイニングキッチンのようになっていた。
「帰って来たクマ?」
もう一匹、別のクマが椅子に座っていた。
フォルムはまったく同じ。
だが俺をここまで案内してくれたクマが茶色なのに対して、このクマは灰色だ。
「アルドー、茶色達が迷子連れて来たクマー」
灰色のクマが奥に向かって叫ぶ。
他にもこの家の住人がいるらしい。
(……でもアルドなんて動物いたっけ?)
ガチャリと奥の扉を開けて出てきたのは、室内なのに黒いシルクハットとコートを身に着けた美少女だった。
てっきりまたぬいぐるみみたいな動物が出てくると思っていた俺は面食らう。
「おかえり。迷子かい?」
男装の麗人なんて言葉は今まで使ったことはなかったが、たぶんここで使うのが適切なんだろう。
黒い服装に加えて髪の色も黒。
そのせいか、綺麗な白い肌とカラーコンタクトを付けたように赤い光彩が一層際立って見える。
女の子としては髪は短め。
髪型には詳しくないが、確かショートカットとかショートボブとかいう名前がついていたはずだ。
ボーイッシュな感じは俺の好みじゃないが、それでも客観的には間違いなく最高レベルの美少女と断言していい。
百人に聞いたら全員が躊躇わず美人だというはずだ。
「ユウは森の中でウルフのエサに立候補してたクマー。一緒にご飯食べるクマー。」
「コイツはアルド、俺たちの飼い主だ。こっちはユウ、クマが言った通りウルフの餌になろうとしてたんで拾ってきた」
カエルが右手でアルドさんを、左手で俺をそれぞれ紹介してくれた。
「ふふ、よろしく。ウルフの餌になりたがるなんて変わった趣味だね」
「すいません、お世話になりますアルドさん。ちなみにウルフの餌には立候補してないです。」
「ボクのことなら呼び捨てで構わないよ? もうすぐ食事時だしユウの分も用意しようか。大したモノは出せないけどね」
こちらに柔らかく微笑んでから、アルドがキッチンの所へ向かう。
(ボクっ娘かぁ……。)
俺はそんなに好きじゃないけど、ボクっ娘属性の人の気持ちは理解できるようなった。
「……ちなみにアルドは男だぞ?」
カエルがぼそりととんでもないことを呟いた。
「なん……だと……?」
あれで男……?
何を言っているんだお前は。
俺は驚愕の目線で料理中のアルドを見る。
どう見たって女の子にしか見えない。
あれが男だったら世の中の女達が女の子を名乗る権利が無くなってしまう。
それこそステラやリアぐらいの美少女でなんとか女の子であることを許されるレベルだ。
「ユウはノンケでも構わず食っちまうクマー。怖いクマー」
「いや、違うし! 俺ホモじゃないし!」
灰色のクマに掛けられた濡れ衣を俺は全力で否定した。
「そ、そうだクマ、ユウはホモじゃないクマ。」
「文句あるクマ?」
「ないですクマ……。」
茶色の方のクマが俺をかばってくれたが灰色に睨まれてあっさり撃沈した。
……弱い。
アルドを見て男の娘もありかもしれないと少しだけ思ったのは内緒にしておいたほうが良さそうだ。
「ふふ、ボクも相手は女の子の方がいいな」
料理をしているアルドは動じることなく微笑んだ。
「ユウがアルドに振られたクマ。腐った女の子達がみんながっかりクマ」
腐った女の子……、腐女子のことか?
そう言った灰色自身も心なしか残念そうに見える。
コイツ、もしかしてメスか?
「とりあえず座ろうぜ」
「ユウも好きなところに座るクマー。」
「うん、ありがとう。」
促されて俺も丸いテーブルに着くことにした。
カエルは魔法でイスの上に水の塊を出し、ちょうど目線がテーブルの位置に来るように調節してその上に乗った。
灰色クマの隣に茶色クマ、その隣にカエル、そしてその横に俺も座る。
「口に合うかわからないけど」
そう言ってアルドが肉料理の乗った大皿を持ってきてテーブルの上に置いた。
出来立てであることを証明するように湯気が立っている。
「はやっ。」
「ふふ、ちょうどいい時に来たね」
俺がここに来てからまだ数分しか経っていない。
どうやら食事時に絶好のタイミングだったらしい。
アルドが再びキッチンに戻って食器とライス、それにお茶も持ってきた。
大皿から俺の分を取り分けてくれる。
これで女だったら完璧だったのにと、俺は内心で少し気を落とした。
「なんか急に来たのにすみません。」
「構わないさ、ここには来客も滅多にないからね。クマ達も喜んでるよ」
アルドの視線に釣られるようにして俺もクマ達の方を見た。
「早く食べるクマ。茶色、クマの分を早く取るクマ」
「はいですクマ。」
喜んでる……、んだろうか?
茶色クマはお腹のポケットから大きなフォークを取り出して大皿から料理を取り始めた。
灰色も既に同じものを手に持っている。
フォークの大きさを考えると本当に四次元ポケットなのかと思ったが、よくよく考えたらこの世界には魔法袋があるんだった。
きっとクマ達のお腹のポケットもそうなんだろう。
俺の見ている前で茶色クマが灰色クマの分をせっせと小皿に乗せていく。
(尻に敷かれてる……。)
そう見える、というかそうとしか見えない。
「こいつらはいつもこうなんだ。気にしないで食おうぜ。腹減ってるんだろ?」
カエルの問いに答えるように俺の腹が鳴った。
いつの間にか全員の皿に料理が乗っている。
「よし、食べるクマ。いただきますクマー」
「いただきまーす。」
★
「なんでもよければ一本あげようか?」
夕食が終わった後、俺は自分が森の中でクマ達に発見されるまでのことを話していた。
熊達から逃げる時に重い剣を投げ捨てて来たことへのアルドの反応がこれだ。
剣を買ってくれたダーザインといい、この世界の人は入門者に結構やさしいらしい。
ちなみに何回か死んでループしていることは話していない。
「いいの? 結構高そうだけど。」
ダーザイン達に連れて行ってもらった武器屋で見た武器の値段を思い出す。
安いものではないはずだ。
「どうせ誰も使わないからね。手ぶらでユウに何かあっても困るし」
アルドが食後のお茶を飲みながら答える。
最初は洒落た紅茶でも出てくるかと思って身構えたのだが、出てきたのは予想外にも緑茶だった。
洒落てるのはティーカップだけだ。
白いカップに鮮やかな緑が映えている。
カエルとクマ達はバケツみたいにでかい容器にストローを差してゴクゴク飲んでいた。
既に陽は落ちて外は暗い。
ランプの白い光が家の中を包んでいた。
「試しに振ってみてから決めたらいいクマ。ユウはもやしだから重くて振れないかもしれないクマ」
この灰色、なかなか毒舌だ。
だがあながち外れてもいないので反論できない。
「クマー、きっとユウなら大丈夫クマー。」
茶色は逆に俺の味方だ。
これはあれか? 敵の敵は味方、灰色に虐げられている者同士のシンパシーか?
「ふふ、じゃあ試してみようか」
アルドが左側の何もない空間に右腕を伸ばした。
手首辺りまでが何もないはずの空間に吸い込まれるように消える。
(……え?!)
部屋が少し暗いせいで見間違えたのかと思ったがそんなことはなかった。
たぶん魔法袋と同じことをやったんだと思う。
アルドが腕を戻した時、手にはランプの光を反射して金属特有の輝きを放つ剣が握られていた。
「はい」
あっけに取られる俺に気が付いているのかいないのか、アルドが取り出した剣を差しだす。
俺は慌ててそれを両手で受け取った。
「軽い……。」
受け取った最初の感想はそれだ。
持っていることが辛うじてわかる程度。
これまで手に取ってきた武器とは桁違いに軽い。
鞘も柄も銀一色の剣。
唯一の例外は柄頭に埋め込まれた青い石だけだ。
鞘には複雑な装飾が施され、この剣が決して安物ではないことを主張している。
(これ……、どうみても高いだろ……。)
自分の顔が引きつっているのがわかった。
ダーザイン達に連れて行って貰った武器屋のラインナップを思い出す。
あれよりも価格のレンジが高いのは明らかだ。
むしろダーザインが腰に差していた何億とかするような武器の仲間に見える。
だとすると家宝レベルの超高級品ということか……。
(落としたらどうしよう……。)
ブルブルブル……。
ビビリ過ぎて手が震える……。
「あの……、アルドさん?」
「アルドでいいよ?」
俺の懸念はガン無視で満面の微笑みが返って来た。
……こいつ、もしかしてわかっててとぼけてないか?
「どうせ埃被ってたのは事実なんだ、試しに抜いて見ろよ」
カエルに促されて、俺はビビリながらゆっくりと剣を抜いた。
「……。」
みんなが黙って俺の様子を伺う中、鞘に隠されていた刀身が姿を現す。
「すげぇ……。」
まるでガラスのように透き通った刃に、俺は一瞬で魅入られた。
材質は明らかに金属じゃない。
どこかにぶつければあっけなく割れてしまいそうだ。
「気に入って貰えたみたいだね」
アルドが微笑む。
まるで新しいおもちゃに目を輝かせた子供を見る保護者みたいだ。
「でもこれ、使えるの?」
「その剣は液体を固めて刃に出来るんだ。密度を上げればその分固くなるよ? 本体の自動修復機能もついてるから手入れも楽だしね」
「まさか……、魔法剣……、だと?」
この剣がファンタジーでしかお目にかかれない代物であったことを理解した俺の心臓が高鳴る。
「傷がついても水に突っ込んでしばらくしたら全部元通りクマ。ユウみたいな貧乏性でも安心クマ」
やはり灰色は安定して毒を吐くスタイルのようだ。
しかも図星だからタチが悪い。
「逆に言えばそれだけなんだけどな。別にすごい魔法が使えたり使い手の身体能力が強化されたりするわけじゃない。せいぜいが刃の部分を制御できるぐらいで用途はあくまでも剣の域を出ない。単にメンテが楽で自分の使い方に合わせた調整がしやすい軽い剣でしかないんだよ。……結局はビギナー向けってことさ」
カエルの説明で何となく理解できた。
ランクは高いがそれに見合った有用な能力を持っていない。
ネトゲ――、もといオンラインゲームなんかでも結構ある話だ。
戦闘用の能力がほとんど付加されていないから価値があまり高くないということなんだろう。
「気に入ったクマ? じゃあ使うといいクマー。」
「うん。ありがたく使わせてもらうよ。」
だが腐っても鯛。
今の俺にとっては十分すぎる代物だ、ありがたく貰うことにした。
ちなみにこの剣には名前が無いらしい。
水に入れたら復活するんだから水の剣でいいだろう。
刃も水だし。
それにしても灰色と違って茶色は俺にやさしい。
好きな色を聞かれたら今度から茶色って答えることにしよう。
★
深夜。
俺は用意してもらった部屋のベッドで目を覚ました。
体中をぐっしょりと汗の感触が包んでいる。
疲れている時はいつもこうだ。
ぐっすりと眠って数時間で目を覚ます。
(喉、乾いた。)
地下にあるこの部屋の中は真っ暗だ。
ベッドから起き上がって手探りで部屋を出る。
(明かりがついてる……。)
一階への階段に光が差して明るくなっていた。
この上は夕食を取ったダイニングになっている。
誰かがまだ起きているのか、あるいは灯りを付けたままなんだろうか?
俺は怪訝に思いながら階段を恐る恐る昇って行った。
「ああ、おはよう」
階段を昇り終えた直後に声を掛けられた。
アルドの声だ。
声のした方向を見ると、アルドと茶色クマが二人でお茶を飲んでいる。
「クマー。ユウもこっちに来るクマー。夜更かしは男の特権だクマー。」
「なんで男の特権?」
「睡眠不足は美容の大敵クマー。女の子はさっさと寝るクマー。」
納得した。
灰色がいないせいか茶色が生き生きしている気がする。
「何か飲むかい? 緑茶か烏龍茶しかないけど」
「むしろ烏龍茶あるんだ……。じゃあ烏龍茶で。」
アルドが烏龍茶を入れてくれている間に俺は茶色の隣に座った。
「あのさ。」
「なんだクマ?」
「触ってもいい?」
「いいクマ、って返事する前にもう触ってるクマ。」
触った感触はフカフカモチモチしていて気持ちいい。
俺は思わず抱き着いた。
「クマー。男に襲われたクマー。ユウはやっぱりノンケでも構わず食っちまう奴だったんだクマー。」
ジタバタするクマを逃がさないように抱きしめる。
ホモ扱いされるのは心外だが、そんなことを気にしていられないぐらいこいつの抱き心地は素晴らしい。
フカフカのモフモフでモチモチのブヨブヨだ。
「疲れが滲み出るぅぅぅぅぅうううう。」
全身の疲れがクマに吸い込まれていくみたいだ。
俺はクマに上半身の体重を預けた。
ちょうどそのときクマの背中に回した左手に固いものが触れた。
そういえばと気になっていたことを思い出す。
「クマが気に入ったみたいだね?」
アルドが柔和な笑みを浮かべながら烏龍茶を差し出した。
だからどうしてこれが男なんだ。
(今なら聞いても大丈夫かな……?)
「あのさ、ずっと気になってたんだけど……。」
「なんだい?」
「なんだクマ?」
「クマの背中のファスナーって何?」
「……」
「……。」
――静寂。
二人とも黙ったまま何も答えない。
「……そうだ、なにかお茶請けになりそうなものでも出そうか」
「夜食は男の特権だクマー。女の子は太るクマー。」
(スルー?!)
今さっきの俺の発言は無かったかのように二人が空気をゴリ押した。
「まあこんなのしかないけど、よかったら」
アルドが陶器をテーブルの上に持ってきて蓋を開ける。
俺とクマは一緒に中を覗き込んだ。
中には半透明の青い粒がたくさん入っていた。
「……なにこれ?」
「グミ」
アルドが笑顔で答える。
だからなんでこれで女じゃないんだ。
「お茶とグミって組み合わせ的にどうなんだクマ?」
「ダメかな? グミおいしいと思うんだけど」
「まあグミ単体なら俺もうまいと思うよ?」
取りあえず一個つまんで口に放り込んだ。
奥歯で噛みしめると口の中に甘味がゆっくりと広がっていく。
……うまい。
そういえばこっちの世界に来る直前にもこんな感じのグミを食べた気がする。
すごい美人のお姉さんがサンタコスで配ってたんだっけ。
(……あのお姉さんも実は男だったとかないよな?)
クマも俺の後を追うようにしてグミに手を出した。
いつの間にか取り出していたマドラースプーンで器用にグミを口へ放り込んでいく。
「歯ごたえがあってうまいクマ。」
モグモグと口を動かしながらクマが月並みな感想を吐く。
そのままズズズッとストローでお茶を飲んだ。
「お茶とグミも案外悪くないクマー。」
「ふふ、クマがそれ以外の感想を言うの聞いたことないよ?」
「雑食は好き嫌いしないんだクマー。」
その後はグミを食べながら俺のいた世界のことなんかを話した。
アルド達は元の世界でいうところのニートに相当するという結論になった。
「ニートか……。彼と一緒にされるのは心外かな」
「あの人が働いてるの見たことないクマ。」
どうやらアルド達にはガチニートの知り合いがいるらしい。
★
次の日の朝、俺は茶色とカエルに森の出口まで案内してもらった。
「ありがとう助かったよ。」
「気を付けてな」
「もう迷子にならないように気を付けるクマ。……言っても無駄クマ?」
「まあこっちに来たばかりだからな。アルトバはこの道をまっすぐだ。……迷うなよ?」
「大丈夫大丈夫。」
森の中と違って霧で視界が塞がれているわけでも迷宮化しているわけでもない。
これで迷ったら真正だって。
「じゃあな! もう会わないと思うけど!」
「……フラグか?」
「フラグだクマ。」
「うるさい! じゃあな!」
俺は二匹に背を向けて道なりに走り出した。
目標はアルトバの街でステラと再会すること。
夕方までに街に辿り着ければ大丈夫なはずだ。




