12:自分自身を馬鹿にするのは確かに勇気が必要だった
『運命は貴方の魂を最もふさわしい場所へと運んでくれるだろう』
★
(まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ。)
洞窟を出た後、俺はひたすらにまっすぐ進んでいた。
重い剣を引きずるついでに地面に跡をつけながら歩く。
これなら方向の修正もできるし迷ったときに後戻りもできる。
(まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ。)
俺はただひたすらにまっすぐ歩くことだけを考えていた。
「グルル……」
(まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ。)
「グルルルルル……」
(まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ……ん?)
唸り声がする。
左斜め後ろ、俺は足を止めて声のする方向を見た。
「……。」
大きな熊と目線が合う。
目が血走っている。
口からよだれを垂らしてやる気満々、いや、俺を食う気満々だ。
すぐに襲い掛かってこないのが不思議に思えてくる。
「グルルルル」
俺の右側、つまり元々の進行方向に対して左前方からクマさんがもう一匹出現……。
(あ、これ普通に食われるパターンだ……。)
ついに俺も某携帯小説のように『オレは死んだ』って言う時が来たのかもしれない。
そんなことを考えながら、二匹の熊を刺激しないようにゆっくりと後ろに下がった。
肩に乗せていた剣をゆっくりと抜いて牽制で構えておく。
「グルル……」
俺が剣を構えたことに警戒したのか、相手もゆっくりと一歩近づきながらこちらの様子を伺っている。
(……。)
「グルルル……」
二匹が俺をどうするか相談でもするかのように視線を合わせた。
(今だ!)
ダッ!
俺は剣を熊たちの方に放り投げて後ろに全力で走り出す。
「……! ガゥッ!」
虚を突かれた熊達が一瞬遅れて追いかけてきた。
後ろからドスドスと大きな足音が聞こえる。
「うぉおおおおおお!」
霧は深い、この視界なら逃げ切れる。
そう信じて俺は大きく右に進路を変更した。
上手くいけば熊たちは別の方向に向かってくれるはずだ。
そのまま急いで木の後ろに隠れる。
ドスドスドスドス!
熊たちの足音が遠くなっていく。
どうやらあっさりと俺を見失ってくれたらしい。
この霧に初めて感謝した。
(でも熊って鼻が利くんだっけ? 早くここから逃げた方がいいな。)
そう思って俺は元の方向に向けて歩き始めた。
もちろんさっきよりも早足で。
(……さっきよりも霧が深くなってきた気がする。)
体感時間で十分ぐらい。
俺の体内時計はそんなに正確じゃないので実際のところはわからないが、少なくとも熊達から逃げる時に走った分よりは歩いたはずだ。
だが俺が地面に剣を引きずって描いた線には未だ辿り着けない。
焦りと共にアルフレッドの言葉を思い出す。
(迷宮化した森……。)
アルフレッドさんは確か後戻りすると出られなくなると言っていたはずだ。
(元来た道を戻ると別の場所に出る、とかじゃないだろうな?)
嫌な仮説が頭をよぎる。
ゲームでいう片方向へのワープゾーン的なやつだ。
もしそうだったとすると、この森を独力で脱出するのは困難だろう。
あの洞窟に戻れればもう一度同じルートを歩き直して森から出られる。
地面に書いた線を見つけることができればどちらかの方向に進めば半分の確率で森から出られる。
どちらも見つけられなかったら――。
(やっぱり今度の死因は遭難かな……。)
あるいはさっきの熊みたいな猛獣に食われるか。
……どちらも勘弁してほしい。
ぎゅるるる。
腹が鳴った。
「はあ……。」
早くも空腹だ。
食料は無いし、自決に使える剣もさっき逃げる時に捨ててきた。
「もうダメだ……。」
俺は木を背もたれにして座り込んだ。
いつの間にか空を覆う霧が僅かにオレンジ色を帯びている。
きっと夕焼けの光だろう。
もうすぐ夜になるに違いない。
俺はそっと目を閉じてそのまま横になった。
(このまま朽ち果てよう……。)
「クマッ、クマッ、クマー♪」
遠くで熊が歌っているのが聞こえる。
さっきの熊達だろうか?
「クマッ、クマッ、クマー♪」
歌声と共にドスドスと足音が近づいてくる。
俺はきっとあいつらに食われて死ぬんだ。
さっきは逃げたけど、今度は大人しく食われよう。
そして生き返ったら速攻でダーザイン達の所へ走るんだ、そうしよう。
「クマッ、クマッ、クマクマー♪」
ドスッ、ドスッ、ドスッ。
すぐそこまで歌声と足音が来た。
ドスッ、ドスッ、ドスッ……。
「……クマ?」
俺のすぐ目の前で歌声と足音が止まった。
きっと寝ている俺を見つけたに違いない。
(さあ、さっさと息の根を止めてく……、れ……?)
薄目を開けた瞬間、視界に入ってきた生物を見て固まった。
俺の腰ぐらいの身長、くびれが辛うじて確認できる程度の真ん丸ボディ。
足はあっても脚がないと言えるぐらいの短足、腕も同様に小さい。
体毛は茶色。
口の周りと耳の内側、それに腹の部分だけが白く、お腹には某青い猫型ロボットみたいなポケットがついている。
……こいつ、熊なのか?
どう見ても先ほどの熊と同じ生物とは思えない。
ていうか当たり前のように二足歩行してるぞコイツ。
体型的に四足歩行する気配すらない。
「……クマ?」
俺はあっけに取られてつい普通に声を出した。
「なんだクマー?」
自称クマさんも呑気な声で普通に答えてくれた。
「どうした? こんなところで昼寝か?」
俺は声のした方向、つまりクマさんの上の方に視線を向けた。
(カエルが乗ってる……。)
クマさんの頭の上にでかいカエルが乗っていた。
腹をクマさんの頭部に乗せて両手をだらんとぶら下げている。
場違い感全開だ。
「いや、熊から逃げてたら道に迷って……。」
「クマ? クマは追いかけてないクマ。」
(お前じゃねぇよ。そしてどう見てもお前は熊じゃねえよ。)
俺は心の中で突っ込む。
もちろん全力でだ。
「迷子? 迷子なのかクマ?」
「迷子というか、なんというか。」
自分自身を馬鹿にするのは勇気がいる、そう言ったのは確かチャップリンだったか?
ここで自分が迷子だと認めるのを俺は少し躊躇った。
ぎゅるるるる。
俺の腹が再び鳴る。
「なんだ、腹減ってるのか。じゃあ迷子っていうより遭難だな」
「そうなんです。」
「……」
「……。」
俺の予期せぬダジャレで周囲一帯が静まり返った。
「今日は珍しく冷えるクマ。」
「そうだな、両生類にはつらいぜ」
「まて、違う! わざとじゃない! 違うんだ!」
「やる前は笑いが取れると期待するものクマ。次は頑張るんだクマ。」
二匹が俺を滑った可哀そうな奴扱いし始めた。
心外だ、今のはあくまでも偶然の産物に過ぎない。
「歩けるか? 俺達の所に泊めてやるよ。どうせ夜も空腹も凌ぐ当てはないんだろ?」
「クマー。誰かさんのせいで今日の夜は寒いクマー。」
「だから違うんだって。」
歩き出すクマ達に釣られるように、俺も立ち上がって二匹の後をついていく。
「俺はカエル、こいつはクマだ。色が茶色いんで茶色って呼ぶときもある。お前は?」
「ユウです。」
(カエルとクマってそのまんまかよ……。)
「敬語はいらないぞ」
「敬語は難しいクマー。」
ドスドスと足音を立てながらクマが飛び跳ねるように歩いていく。
クマの上に乗ったカエルに後ろ脚が無いことに気が付いた。
元々だろうか?
それに二匹の背中のことも気になったが、それには言及せずについていくことにした。




