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31:ロリは犯罪だがロリババアは違う

『英雄は色を好むというが、何色を好むかは人それぞれだ』



 遠武優が失踪してから二週間後。

 彼が元々いた世界はそろそろ正月ムードが終わろうかという時期になっていた。 

 天気は良いが気温は低く、冷たく乾いた空気が時折吹き付ける昼下がり。

 とある小さな雑貨屋で二人の男女が話していた。

 今日は平日だというのに、店の扉には閉店の札がぶら下っている。

 もっとも、仮に店が開いていたとしても客が来るのかどうかは怪しいところではあるが。


「それで? どうだった?」


 男の一人が落ち着かない様子で話を切り出した。

 彼の名前は遠武透(トオタケトオル)

 遠武優の父親である。

 

「気持ちはわからんでもないが慌てるな透。ほれ、茶でも飲んで落ち着けい」


 果たして十代に達しているのかすら怪しい容姿の少女が、年寄り臭い言葉遣いで透をなだめながらハーブティーを差し出す。

 透はそれに口を付けながら、彼は小洒落た店内に視線を泳がせた。


 優がいなくなったと気が付いて警察に捜索願を出した後、何か手掛かりはないかと息子の部屋を整理していた彼は食べかけのグミを見つけた。

 何の変哲も無さそうな試供品のグミ。

 小さな袋に二つ入りで、その内の一つだけが残っていた。

 何かを感じた透は義理の姉、つまりは優の伯母であるリフル=スノーに調査を依頼した。

 そして調査が終わったと言うのでこうして結果を聞きに来たというわけである。


「それで例の物じゃが……」


 どうみても小学生ぐらいにしか見えないリフルが本題を切り出した。

 これでもう数百年は生きているというのだから驚きである。


「当たりじゃな。これが優のやつを異世界に連れ去ったと見て間違いない」


「やっぱりそうだったか」


 四十歳手前にしては若作りの優によく似た父親が頷いた。

 元々身寄りが無かった上に妻を早くに亡くした彼にとって、優は残された唯一の肉親だ。


「俺がテマータに行ったのは十七の時。まさか同じ年であいつも行くことになるとはな……」


「いや、優が行ったのはおそらくテマータではないぞ、透」


「え?」


 どういうことかと透は目を白黒させた。


「このグミが指しているのはテマータではない別の異世界じゃ」


「別の異世界……、そんなのがあるのか?」


「もちろんじゃとも。私とナギが生まれたテマータ、お主と優が生まれ育ったこのディシート、それ以外にも世界は星の数ほどある。込められた魔力から見るに、どうやら相当遠い異世界に飛ばされたようじゃの」


「なんてこった……」

 

 透は両手で顔を覆った。

 溜息でハーブティーの湯気が揺れる。


「これこれ、仮にも勇者と恐れられた男がそんな情けない顔をするでない」


「それは昔の話だろう? ここはテマータじゃないし、今はもうただのシングルファザーのおっさんだよ」


 透は自嘲気味に呟いた。

 今から二十年以上前、ちょうど今の優と同じ年の時に彼もまた異世界へと召喚されている。

 その時に訪れた異世界がテマータだ。

 透はそこでリフルとその妹、のちに妻となるナギに出会った。


「どうなっても過去は変わらんよ。そうじゃ、何か食べるか? 腹が膨れれば少しは元気も出るかもしれんぞ?」


「ああ。……サンドイッチ以外で頼む」


「なんじゃ、サンドイッチ恐怖症はまだ治っておらんかったのか」


「当たり前だ。結婚してからは一年三百六十五日、朝昼晩と全部サンドイッチだったんだぞ? 今でもコンビニでサンドイッチを見るたびに体が震えるよ」


「そこまでいくと、もはやナギの呪いじゃな。確かに他のパンがあってもサンドイッチしか選ばんかったからのう、あやつは……」


 リフルは一度奥に引っ込むと、籠にパンを入れて持ってきた。

 もちろんサンドイッチは入っていない。

 透はその内の一つを無造作に掴むとちぎって口に放り込んだ。


「それで、優はこっちに戻せそうか?」


「正直言って無理じゃな。なにせ今どこにいるかさえ正確にはわからんからの」


「お前でも無理なのか?」


「最低でもどの世界にいるかの正確な情報と、あとは優をこちらに引っ張ってくるだけの魔力が必要じゃ。魔力はこのグミを使うとしても情報が足りぬ」


 彼女の話を聞いた透は肩を落とした。

 異世界テマータにおいて史上最高の天才魔導士と謳われたリフル。

 彼女ならなんとかなるかもしれないという期待はあっさり外れてしまった。


「それじゃあ……」


「ん?」


 透は俯きながら言葉を吐き出した。


「俺が優のいる異世界に行くことは可能か?」


「透……」


 リフルはハーブティーを一口飲んでから溜息をついた。

 

「可能性はある。 残されたこのグミを使えば良い。……が、あくまでも可能性の話じゃ。優が使った物がこれと同じという保証はないからの。もしも二つのグミの飛び先が違う異世界だった場合は……、おそらくもうお前が優と会うことは叶うまい。さっきも言ったが、これに込められている魔力は膨大じゃ。ゆえに相当遠くまで飛ばされることになる。そうなればこちらでお前達を見つけ出して呼び寄せることなど不可能に近い」

 

「そうか……。これはどうやって使えばいい? 普通に食えばいいのか?」


 透がテーブルに置かれたグミに手を伸ばした直後、リフルがそれを遮るようにしてグミを手で覆った。


「透。残念じゃが……、これをお前に渡すわけにはいかん」


 リフルはグミを掴み取ると、そのまま異空間に放り込んでしまった。


「おい!」


 透は思わず立ち上がった。


「冷静になれ透。 本当に優のいる場所に辿り着ける保証はないんじゃ。仮に行ったとしてどうなる? テマータ以外では何もできないと言ったのはお前じゃろうに」


「それは……」


 優と合流出来たところで無力。

 痛いところを突かれて透は押し黙った。


「それでも……、優は俺の息子だ。俺とナギの子供はアイツだけなんだ!」


「わかっとるわい! 私にとっても一人しかいない甥っ子じゃ! 誰かさんのおかげでさっぱり会わせてもらえんかったがのう!」 


 叫ぶ透に対して、リフルも負けじと立ち上がって叫び返した。


「そ、それは……、優になんと紹介すればいいか……」


 透は優に異世界テマータのことを話していない。 

 自分が異世界で勇者をしていたことも、そこで出会ったナギが母親だと言うことも、そして幼女体型の伯母のことも。

 仮にリフルが優と会ったとして、知らない者が見ればただの兄妹にしか見えないだろう。

 どう見ても小学生にしか見えない彼女を伯母だと優に紹介するなら、異世界のことも含めて話さなければならないかもしれないと二の足を踏んでいたのは事実だ。


「今となっては悪いと思ってるよ……。まさかこんなことになるとは正直思ってなかった」

 

「それについては私も同じじゃ」  

 

 ふん、と鼻を鳴らしたリフルが勢いよく椅子に座って腕を組む。


「だったら! だったら……、頼むよリフル……」

 

 透は縋るような目で彼女を見た。


「……まったく、仕方が無いのう」


「リフル……」


「ただし、二つ条件があるぞ?」


「……なんだ?」


 透はいったい彼女が何を言い出すのかと身構えた。


「まずはしっかりと支度をしていくことじゃ。勇者の力もなければ魔法も使えないとなれば足手まといが増えるだけ。せめて武具や食料、魔道具の類ぐらいはちゃんと揃えていけい」


「ああ……、確かにそうだな」


「それからもう一つ」


「なんだ?」


 透は何故か非常に嫌な予感がした。

 彼女が二段構えで条件を出してくる時は後半に注意しなければならないと体が思い出す。


「行く前に私を孕ませていけ」


「……は?」


 透は目が点になった。

 数秒後に再起動すると、無言でリフルの額に手を当てる。


「……なんの真似じゃ?」


「いや、熱があるのかと思って」


「ないわ!」


「ふごぉ!」


 無防備な鳩尾に容赦無い右ストレートが叩き込まれた。


「まったく、相変わらず鈍いのう……。良いか? 使えるグミは一人分、つまりお前が行くのであれば私はここに残ることになる。ナギを亡くし、さらに優とお前までいなくなってしまえば私はこのディシートに一人になってしまうではないか。別にテマータに戻っても構わんが、それでも一人なのは変わらぬ。じゃから私のために血縁を一人増やしてから行け」 


「なんでそうなる」


「いいではないか最後ぐらい……。だいだいなんで私がわざわざこっちに来たと……」

 

 リフルは小声でぶつぶつ言っていたが、透には後半が聞き取れなかった。

 とはいえ彼も男だ。

 妻のナギを亡くして以降は女を一切絶っていたが、それでもまだ性欲の類が完全に無くなったわけではない。

 ついそういう目で彼女のことを見てしまった。


「なんじゃ、その気になったようじゃのう?」


「う……、それは……」


 透の視線に気がついたリフルは意地悪そうな笑みを浮かべた。

 目が心底嬉しそうだ。


「よいよい、男が女の体を求めるのは健全なことよ、ふふふふふ」


 その日、透はリフルの家に泊まった。

 夜食はおよそ二十年越しの姉妹丼である。



 二日後の朝。

 リフルの家で朝食を取った透は出発の準備を整えていた。

 本当は昨日の朝に出発するつもりだったのだが、リフルに徹夜で”種”を搾り取られていたので一日休んでからにせざるを得なかった。

 当初の話で言えば冷凍保存用の”種”が確保できた時点で約束は果たしたはずなのだが、会えるのはこれが最後になるから直接自分の中に欲しいとせがまれて断れ切れなかった。

 女の涙に弱いところは優の父親らしいといえばらしい。

 もっとも、彼にとってもこれが女の肌を楽しめる最後のチャンスかもしれないというのもあったのだが。

 ロリババアというのも中々に良いものだというのが透の出した結論だ。


(大丈夫、ロリとロリババァは違う。ロリは違法だがロリババアは合法だ)


 透は自分に言い聞かせた。

 だがそもそも幼女体型に本気になってしまった時点でロリコン扱いは覚悟しなければならないだろう。

 肉体年齢だけなら、彼女は完全に小学生だ。

 

「さて、いよいよお別れじゃの」


「ああ……。リフル、もしも俺がいない間に優が戻って来たら……」


「わかっておる。その時は新しい兄弟も紹介してやろう」


 リフルは満足そうに腹を撫でた。

 

「……一発でできるとは限らないぞ?」


「その時は保存してある分を使うまでよ」


「はぁ……」 


 透は溜息をついた。

 リフルはなんとしてでも自分と透の子供を作るつもりらしい。


(戻ってきてもロリコンで逮捕されるかもな……)


 事情を知らない人から見れば、透は小学生に手を出した変態だ。

 問答無用で刑務所行きかもしれない。

 無事に優を連れてこの世界に帰還できた場合のことを考えると、透は少し頭が痛くなった。 

 彼女の体に興奮してしまった時点で素養があるのは事実だろうが、やはりロリとロリババアは別物だと透は改めて自分に言い聞かせる。


「じゃあリフル、そろそろグミを」


「……うむ」


 リフルは異空間に手を突っ込むと、例のグミを取り出した。

 だがそれを受取ろうとした透に対して、彼女はなかなか渡そうとしない。

 その手の平に握りしめたままだ。


「透……」


 リフルは自分よりも数段身長の高い透に抱き着くと、何かをねだるような眼差しで彼を見上げた。

 察した透は少し腰を落として顔を近づけると、右手で彼女の顔を引き寄せるようにして口づけをした。

 

「んっ……」

 

 無事に帰って来れる保証はない。

 となればこれが今生の別れだと考えておくべきだろう。

 透はリフルと舌を絡めながら、左手でゆっくりとグミを受け取った。

 しばらくしてからゆっくりと口を話す。


「それじゃあ……、行って来るよ」


「……うむ」


 行くのではない。

 行って来るのだ。

 例え帰還できる可能性がどれだけ小さくとも。

 ここに帰ってくるのがあるべき姿だ。

 

 そして透はグミを口に入れた。

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俺の本物を殺しに行く

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