27 あきらめない男
七尾城を出て六日目の昼過ぎ魚津城に入った。
軽傷とはいえ怪我人が多く、日に四里(約十六キロ)ほど進むのが精々なのだ。
景虎についた揚北衆の新発田長敦の動向が気になり、負傷兵を預かり上杉勢を先行させたが、二日も前に魚津城を発っていた。
「秋山、高坂隊を先に進ませ、二日ほど魚津城に留まりませ」
山県の言葉に僕は頷いた。
ゆっくりとした進行ではあるが、遅れる者が目立つようになってきたのだ。
休息は誰の目にも必要に見えた。
正直に言えば、焦りはある。
武田軍が北陸で展開できるのは、あとふた月ほどだからだ。
雪で越後に閉じ込められる前に兵を帰さなければならないが、まだ、この遠征の最大の目的が終っていないのだ。
ふた月でことが成せるのか。
先がわからない僕は、焦る気持ちを抑えるのに苦労している。
「わかりましたぞ」
寝間に山県が透破頭の出浦主水を伴って訪れた。
「織田の撤退か」
山県が部屋を見回し頷いた。他聞をはばかる話なのだろう。
「撤退の主な原因は徳川三河守、いや、いまは三郎四郎と名乗っているのでしたな」
「家康? 徳川は、なのか」
「そのようです」
出浦が膝をにじり、山県の横に並んだ。
「徳川殿、尾張に攻め込み、名古屋、清州城を奪い獲りました」
「なっ・・・にっ」
信長、信忠の加賀出馬の隙をついたとしても手際が良すぎる。
高々西三河三郡の小領主にできる芸当ではない。
「と、徳川だけで攻め落としたのか?」
「いえ、東三河の国人衆、奥三河の三方衆と小笠原殿が加担致しました。それに・・・」
「それに?」
「徳川殿と繋がりがあるかどうかは、まだ分かりませぬが、東美濃の小里、妻木、遠山殿らが、岐阜城攻撃に打って出て、一時は安土を窺がう勢いであったそうです」
間違いなく家康が裏にいる。岐阜城は信忠、安土城は信長の居城だ。
信長が慌てて加賀より引っ返して来ても、尾張救援までには時間がかかる。
家康は東美濃衆を陽動として使ったのだ。
おそらく調略は昨年の越後攻めの頃から始めていたはずだ。
遠駿三筆頭の土屋が出陣したので行動に移したのだ。
「東美濃衆は?」
「さすがに留守居とはいえ岐阜城は堅固。囲んだだけで引き上げております」
「家康か」
尾張切り取り次第と申し渡したが、領地、重臣を失った家康にできるとは思えなかった。
表舞台から消えた。これが、僕の正直な感想だった。
西三河三郡の小領主に落ちても、まだ這い上がろうとしている。
畏怖を覚える不屈の闘志だ。天下を取ったのは伊達ではない。
しかし、 ──
「それだけで、柴田ら北陸軍が退いたとは思えない」
「はい。柴田らの留守をついて、浅井、朝倉の残党が越前府中を襲撃したのです」
「残党? 残党なのか」
碌を失った残党では高が知れている。残党は武士だが兵士ではない。
「それが、鉄砲百挺を有し、兵は一糸乱れぬ統率があったそうです」
「残党の寄せ集まりで百の鉄砲!」
ただの残党ではない。一隊を担う兵士らだ。どこの兵だ。
「前田の府中城、不破の龍門寺城に火をかけ、散々暴れ回ったあと南に退いたそうです」
南に向かったとなると、信長の敵対勢力は限られてくる。
「毛利勢か? しかし、それは」
「さよう。なんの得もない襲撃を毛利がやるはずがありませぬ」
山県が話しを引き継いだ。
「どう見る」
「浅井、朝倉の残党でしょうな。毛利領に逃げ込んだのでしょう。京の豪商茶屋四郎次郎を使えば毛利も嫌とは言いますまい」
「それも、家康がやらせたと、見るのか」
「茶屋なる商人をご存知でしたか。さようです」
山県は僕が茶屋と聞いただけで、家康を言い当てたことに驚いたようだ。
史実では、茶屋四郎次郎は家康の家臣のような商人だ。
京の情勢を家康に報せるほか、兵糧手配、運搬まで行い、三方ヶ原、長篠、小牧長久手、小田原攻めなどの数々の戦陣に御供した徳川の御用商人なのだ。
本能寺の変でも堺にいた家康に報せたのは茶屋だと言われている。
「よく旧臣を集められたものだな。浅井、朝倉が滅亡して五年も経っているのだぞ」
旧臣の子息の多くが信長の家臣に仕えている。主君の敵を取ると言っても容易に集められるとは思えない。
「どうやら五年前から、取り込んで野においていたようですな」
「なんのために」
「わかりかねますが、信長との一戦を睨んでいたとも読めますかな」
「‥‥‥」
使えるかどうかも分からない策を同盟者相手に張り巡らして置く。律義者の評判など後から作ったものなのだろう。
「いずれにしても家康に助けられたということか」
「結果的にはですが。しかし危のうござるぞ。また、信長と組むやもしれませぬ」
尾張を掠め取った家康でも、利があると思えば信長は許すかもしれない。見捨てた負い目もある。また 同盟を結ぶかもしれないのだ。
「家康には使い道がある。全てが片付いたらそれをやらせよう」
使い道があるから家康を引き込んだのだ。
茶屋四郎次郎も利用できるとなれば、僕にとっては悪いことではない。
魚津城を出発して七日目、ようやく春日山城についた。
大手門前には重臣らが迎えに出ていた。
「御戦勝、大慶至極に存じまする」
土屋と上杉憲政が進み出て祝辞を述べた。
戦勝と呼ぶにはあまりにも多くの犠牲を払っている。
僕は頷くことしかできなかった。
「馬場美濃守様。見事なる御働きと聞きました。武田の武士として誇りに思います」
土屋の言葉に改めて思い知った。戦場での死は武士の本懐なのだ。
史実でも土屋昌次は、織田の鉄砲隊の一斉射撃に壊滅状態となった武田軍の劣勢挽回を狙い、馬防柵を引き倒そうとして撃たれて死んだのだ。
武士は死を悔やむのではなく、死に様を悔やむのだろう。
馬場の死に方は、土屋にとって憧憬なのだ。
命を惜しまず、名を惜しめ。──
勝頼の身体を失わないために足掻いている僕には耳の痛い言葉だ。
二の丸に入り土屋の報告を受けた。
揚北衆の反景虎派は、新発田長敦が制圧していた。
山浦、山吉、中条が滅び、色部、本庄が憲政を通じて降伏したのだ。
景虎は僕を見習って、降伏した色部、本庄に半地安堵を許すようだが、口を出す気はなかった。
越後は景虎の国だ。
謙信の分国全てを与えるわけにはいかないが、名ばかりとはいえ関東管領として越後を治めてもらいたい。
そして武田と上杉は同盟を結ぶ。この方法でなければならない。
景虎、憲政を招き重臣らと簡素な宴を開いた。
「御館にお住まいになると伺い、楽しみで仕方がありませぬ」
酔った憲政が瓶子を差し出し言った。
焼失した御館は、三倍に拡張して憲政の屋敷や広い政庁をつくるのだ。
表向きは上杉の政庁だが僕が使う予定だ。
「見たいな」
「おお、では、明日ご案内致します」
次の日、騎馬侍三騎が護衛について城をでた。
景勝が焼き払った町も八分どころ復旧していた。
春日山城の蔵にあった金や米を町名主を通してばら撒いていている。復旧を早くするためだ。
館の再建もすでに屋根まで完成し壁塗りの途中であった。これなら年内には入れる。
ならば、早速取り掛かろう。
「五郎殿、佐渡の情勢をご存知か」
「はい。本間一族二十一地頭の支配地ですが、一族の仲極めて悪く争ってばかりいます」
「上杉に臣下しているのではないのですか」
「従属しておりますが、離れた島のことで弾正少弼も放ったままでした。本間本家など呼びつければ、尻尾を振って駆けつけてきますぞ」
大袈裟なことではないだろう。上杉と力が違い過ぎるのだ。
小さな領地で一族同士が争っているのも外部から大軍に攻込まれる心配がないからだろう。
「三郎殿の名で本間一族の転封を命じて頂きたい。能登一国を与えると」
「お、お待ち下され! 佐渡など西三川、鶴子に小さな金、銀山があるのみ。能登一国を与えるほどの価値はありませぬぞ」
憲政が白目を剝いた。
確かに今の佐度ならそうだろう。
謙信ほどの武将でも海を渡って攻めるだけの価値はないと手を出さなかったのだ。
だが、後世では常識である。佐渡島には莫大な金銀が眠っているのだ。
「いずれわかります。早々に願います」
憲政は口を開いたまま頷いた。
先が分からなくなった戦とは違い、鉱山の場所は変わらない。
僕は、まだ神託が聞こえるようだ。




