俺の姉ちゃんと最終決戦~後編
足がすくんで恐怖で声がでない、大魔王的な圧力の姉ちゃんが大復活を遂げた。それはどういう事かと言うと、ますます俺の形勢が悪くなったと言うことだ。なれてない威圧感もすごいが、なれた威圧感はもっとすごい。俺の中にはこの威圧にたいして降伏すると言う反射が出来上がってるからだ。
話を続ければ姉ちゃんが危なく、話が戻れば俺が危ない。まるで漫画に出てくる正義と悪の関係のようだ。どっちも悪くはないけど。
「って言いたいところだけど、この話はその子を連れてきてからにするわ」
「おっおう」
「お姉ちゃん、絶対に夏夜君を助けるから信じててね」
俺にとってマイナスに意気込むと姉ちゃんは台所に向かった。時計を見るといつの間にか夕食時を迎えていて、この時間から作るときっと、かなり遅くなる。
いや今はそんなことどうでもいい。先輩を危険にさらさないために一人でやると決めたのに、これでは意味がない。一人で、何とかしないと。今の姉ちゃんに会わせるのは厳しいだろ。
ソファーに座ると、どっと疲れが出てきた。胃酸が遡ってくるようなプレッシャーにさらされ続けて、ここに至るのだから無理もない話だろ。
取り敢えず連絡してみるか。
そう思い俺は家の近くの公園に向かった。その公園で進まない気持ちを押し通し先輩に電話をする。
『どうしたんですか?』
「えっと、ですね。その――」
『私を連れてこいと、お姉さんに言われましたね』
お見通しですか。
「はい。本当に何も出来ないですみません」
『予想の範疇ですから大丈夫ですよ』
「その言い方だと、俺が失敗するの前提に聞こえるんですけど……」
『お姉さん、いつなら家にいますか?』
「……ちょうど来週がオフと買ってました」
『なら取り敢えずそれまで作戦会議ですね』
「本当にすみません」
『ふふっ、構いませんよ。じゃああんまり長く出掛けてても不信がられるでしょうし切りますね』
俺が家出てきてんのもお見通しですか。さすが苺さんと長い間を共にしてきただけあって、分析力もお高い。
それから幾度かの作戦会議を重ねた。その間姉ちゃんとこの話題が出ることはなく、それでも俺も姉ちゃんも意識せざるを得なかった。
そんな風に迎えた延長戦当日。季節はいつの間にか夏を迎えていて蝉が世話しなく鳴いていた。俺は落ち着かない気持ちでソファーに腰かけてその時を待つ。姉ちゃんはというと、台本を読んだり予定表を見たりであんまりいつもと変わらない様子だ。
「ねっ、姉ちゃん」
「どうしたの?」
「万が一にも姉ちゃんが折れてくれる事ってないの?」
「……どうだろう。夏夜くんに本当に幸せになって欲しいなら、きっとお姉ちゃんは弟離れしなきゃななんだろうけど、夏夜くんの幸せな生活が始まると私は捨てられるのかなって思うと、やっぱり怖いよ」
普段となにも変わらない様子でも、姉ちゃんは姉ちゃんなりに悩み考えている。
すぐに忘れそうになってしまう。こうして頭のなかで自問自答したり、悪態をついたり、自己嫌悪したりしてるのは俺だけじゃないのだ。聞こえないから、見えないから、感じれはするけど確証はないから。だから直ぐにその事を忘れそうになる。
姉ちゃんが先輩を連れてこいと言ったのも、弟離れできないのもきっと俺が思ってる理由以外にも沢山あるはずだ。先輩にしたって、秋菜や他の知り合いたちもそう。俺の知り合いに理由無くても動けるほど頭の悪いやつは居ないのだから。
認識を改めているとインターホンが鳴った。今日の俺にとってそれは試合開始のゴングのようなものだ。
「先輩、お待ちしてました」
「おはようございます南くん。お邪魔してもいいですか?」
「……頑張りましょう」
「そんな言い方したら南さんが可愛そうですよ」
何だか顔色が悪い。先輩は姉ちゃんの圧力に直面してる人だ、きっと昨晩はなかなか眠れなかったのだろう。俺もそうだ、変な夢を見て夜中に何度も起きてしまった。
先輩をリビングに通すと姉ちゃんは台所で昼食の準備をしていた。
「おはようございます」
「うん。細かい挨拶は抜きで取り敢えずお昼ご飯食べましょ? 金森さんも食べるでしょ?」
「…………」
面食らってしまった。
「あっ、私手伝います」
「そう。ならお皿並べてくれる?」
「はい」
さらには先輩と姉ちゃんが共同作業を始めてしまったのだ。混乱は最高潮に達し、何が何だか訳がわからなくなってきた。そもそも出だしから俺の予想に反して平穏だったのだから混乱はしばらく解けそうにもない。
そんな混乱中の俺をよそに二人はパスタと盛りつけ作っていく。皿を並べ終えた先輩が麺を茹でたら炒め、姉ちゃんが野菜のサラダとそのソースを作る。二人とも手際がよく、何も言ってないのに意思疏通までこなしていた。これなら少しは希望があるかもしれない。
そうして間もなく三人分のパスタは机に並べられた皿に盛りつけられていき、怒濤の勢いで昼食が始められた。姉ちゃんの要望で先輩が姉ちゃんの正面に座り、位置関係をはっきりさせるために俺は先輩のとなりに座った。
「このソース凄く美味しいです! 作り方教えて貰えませんか?」
「いつもある調味料で適当だから作り方ないの。それより料理上手なのね」
「それほどでもないです」
そして他愛のない会話まで嗜みはじめた。もしこれが駆け引きなのだとすると、俺は蚊帳の外どころじゃない、大気圏よりも向こう側にいる。
「ところで金森さん」
「はい、何ですか?」
「夏夜くん諦めてくれない?」
「諦めれないです。南さんこそどうですか?」
「無理ね」
先程までのが腹の探りあいだとするなら、これはボクシングで言うところのジャブ的な物だろう。お互いに左で距離を測り大砲を当てる準備をしている、そんなやり取りだ。
しばらくして昼食も後片付けも終え、いよいよ本腰をいれて本題に入ろうと、その場の張りつめた空気がまだ緩いものだったと感じるものに変わっていく。
「……南さん」
「嫌よ」
「私にはどうしても南くんと結ばれたい理由があります。それに南さんの事も、弟思いの優しい姉として見れます。私の姉がそうで無かったから少し南くんが羨ましいなんてのも思いました」
いやー、苺さんもたいがいシスコンだけど。
「だから私はどんなに反対されても、それは弟が心配な姉心だと解釈します」
「ようするに、私の気持ちは本物じゃないっていいたいの?」
「本物ですよ、南さんが弟の南くんに向ける愛情は紛れもなく本物です。でも私の彼に対しての好意も本物。だから認めてください、お願いします」
「……夏夜くんは何かないの?」
言いたいことはそりゃ山ほどある。でも言い出したら切りがない、だから最重要で最善の一言を言ってやる。姉ちゃんには悪いがここは……いやここも自分優先で行かせて貰う。
「俺は姉ちゃんがどんなに反対しても諦めるつもりはないよ。先輩は俺にとって姉ちゃんより――」
「夏夜くん」
「――はい」
「決意を口にするのはいい事ですけど、言い過ぎはよくないです」
言い過ぎたのか?
俺にはまるでわからない。誰かに媚びへつらい、嘘の言葉と表情で固めた、微妙な均衡で成り立つ環境なんてのは全ていらない、不要物だと切り捨ててきたから。自己肯定の出来ない、自分の事すら自分で出来ない人間など、何人集まっても無駄だと諦めてきたから。
そんなのが全て言い訳だとしても、間違っていたとしても、これまでの俺の中じゃそれは、問われた事に対しての解答として成り立ってしまっている。時間は戻らない、だから今更過去の過ちについてどうと言う訳じゃない。だから新しく俺は自分に問う。
「……とにかく俺は先輩の味方だよ」
「そう」
姉ちゃんは今にも泣き出しそうな声色で俺の言葉を受けとる。実際、これから認められるかどうかは話し合って決まることじゃない。特にこの家の場合、お互いの妥協点なんてのは探すまでもなく存在しないことが分かりきっていた。
だから話すことなどないのだろう。
「夏夜くん」
「何、姉ちゃん」
「お姉ちゃんは夏夜くんを失ったらどうやって生きればいいの?」
「…………」
「夏夜くんの為に私が身を引くべきなんだろうけど、そんな綺麗事で納得できなら、夜も朝もないくらいに悩んでなんかない。どんなに汚れてても構わないから、私を納得できるだけの答えをちょうだい」
相手を思うが故に自分を傷つけてしまう、姉ちゃんはヤンデレとしては束縛するタイプだと思ってたが、違ったのか。その証拠に戸惑いを隠しきれず、涙を溜める姉ちゃんがそこにいて、確かに俺に問いかけてきたのだ。
姉ちゃんが納得できる、最も誠実な答え。
姉ちゃんと先輩を秤にかけるとやはり先輩の方にわずかに傾く、俺はその事を自覚している。だから俺の最も誠実な答えとはその事だ。
「なっ――」
「納得なんてしなくてもいいです!」
「先輩…………」
「もとから説得なんてできとも思ってませんし、きっと南さんも納得できることなんてあり得ません。同じくらい……その、南くんを、その……」
話の途中で真っ赤になり、深く何度も目をつむりながら深呼吸を繰り返す。それを姉ちゃんは目を見開いて見つめ、俺は直感的に何を言われるのか察していた。
「あっ愛! してる……ので。わっ分かります」
「確かにそうね」
「無理矢理な納得はしないでください。でも私たちの事を認めてください。私と南くんが離ればなれに成るのが、少しでも惜しく感じるようになったらその時、私はまた説得しようと思います。だからそれまで、私と南くんが一緒にいても許してください」
「…………」
俺からも頼む。言われてこっ恥ずかしいが今は気にしてなんていられない。
「夏夜くんはそれまで答えを保留してもいいの?」
「構わない」
「お母さんに言われた通りになったわね。……分かったわ、保留にするわ」
姉ちゃんが何を言われてたかは知らんが、どうやら話は俺の予想の斜め上で落ち着いたらしい。
振り返ってみると先輩の力は凄くて、姉ちゃんを上回る人は母さん以外で初めて見た。先輩と姉ちゃんの力を比べると姉ちゃんの方が遥かに上だと思っていたのにだ。
時計を見ると昼食を終えて三十分ほどしか経過していなかった。それだけ濃密な時間を過ごし、何も出来なかったにも関わらず疲れがドッと出てきた。その後先輩はと言うと、疲れたから帰って休むと家を出た。
そうしてまたこの家には二人だけになったのだ。
「……夏夜くん」
「何?」
ソファーに深く座る俺に姉ちゃんが後ろから話しかけてくる。
「だいぶ前に、もし夏夜くんに彼女ができたらどうするかって聞かれて、私がどう答えたか覚えてる?」
「……うん。姉ちゃん、俺彼女出来た」
「私とその彼女、どっちの方が好き?」
「彼女だよ」
そう答えると後ろから腕を回してくる。
あの日の答えだとこのまま俺は絞め潰されるのだろうか?流石にそれはないか、状況も微妙に違うし。
「許しません。夏夜くんの一番は私のだから、彼女さんには二番になって貰う」
「俺の気持ちは今のところ変わんないよ」
「私がどんな手を使ってでも取り戻すから安心して」
姉ちゃんが楽しそうに微笑みながらそう言った。
進むと言うこと、それは変わると言うことだと思っていた。しかし進むことと変わることは似ているようでかけ離れたものだ。成長と進化でものが違うように、きっと進むと変わるは別物なのだ。
それでも、変わることは辛いし進むのはしんどい。先輩たちに出会って俺はそれをいやと言うほど知ったがそれでも変わらないことは確かにある。
「ところで夏夜くん、金森さんは許すけどその他は許さないから」
ウチの姉がヤンデレでブラコンで大変迷惑と言うことだ。
この話で『ヤンデレブラコンの姉は大変迷惑です』を、少し駆け足ですが完結します。
また機会があれば後日談や番外編を書くかもしれません、その時はよろしくお願いします。
今まで、ありがとうございました。




