俺の勝負はこれから始まる
言われてないが自然に正座になってしまった。これほど金森先輩を怖く感じたことは今だかつてない。
「南くん、いくつか質問します。答えてください」
俺が拒否するわけないと言わんばかりの仁王立ちで腕を組む金森先輩。そして俺はと言うと二十パーセントくらい小さくなってると思う。
苺さんと事前に決めた段取りはガン無視され、中々の窮地にたたされているわけで、と言うより俺が悪いんだけど。
「私の事を嫌った理由はなんですか?」
「…………」
「早く答えて!」
「ねっ姉ちゃんが、もし彼女なんて作ったら全部壊すって言って、気圧されて…………また俺は抵抗できませんでした」
「つまり私たちを守るためとか思ってたんですよね。傲慢です、だから私は腹いせに嫌がらせをすることにします」
俺はいったい何をされるんだ。俺はいったいどうすれば許してもらえるのだろう。どうすれば姉ちゃんに抵抗できるのだろう。
上から突き刺さるような視線に顔をあげれず、泣き出しそうな気持ちで思考を巡らせる。しかし逃げ続けてきた俺にはもう何も対抗策なんて浮かんでこなかった。
逃げることは悪いことじゃない。むしろ戦術的にも有効な手段だ。逃げた先で見付けたものもきっと無駄なものなんかじゃない、むしろ大切で失いたくないものだから俺は諦めたのだ。
俺が姉ちゃんと闘うことから逃げて、その先で見付けたものはなんだ。自分より大切な人? いや、今でも自分が一番可愛い。欠け代えのない思いで? 俺が最も嫌っていたモノだ。
俺が見付けたものは、きっと自分でも認めたくないほど醜い自己愛と自己満足と、保身の塊だった自分自身だ。そしてそれを認めてくれる人達。漫画やアニメでしか無いと思ってた、非現実的で本物からは程遠いそれらを俺は見つけたのだろう。
なら俺は――――
「南くん」
「はっ!」
「んっ…………はぁ。私の初めてキス何ですから責任は取って貰います。絶対に逃がしませんから」
――――行き止まりまで逃げたんだ。
何か後ろめたくて顔をあげることができなかった。金森先輩は今どんな顔をしているのだろう。まだ本気でぶちギレたときの顔なのか、それとも金森先輩も照れて真っ赤になってるのか。
たぶん、どっちでもいい。はぁ。責任か、金森先輩からは何だかんだで逃げきれてないんだよな、ただの一度も。たぶん絶対に捕まる、逃げるだけ無駄と言うやつだろう。
それに戦略的な撤退を繰り返したのだから、戦略的にはそろそろ攻めに転じたいところだ、やるか。
「俺に――――」
俺の一代決心は携帯の着信音に阻まれた。そしてよく見たら苺さんとは通話中だったみたいで、今は保留になってる。そしてかけてきた人は案の定姉ちゃんだった。
やべぇよ、もう仕事から帰ってきたのか。
震える手で握る携帯を金森先輩に取り上げられた。そして何を思ったか、それを彼女は耳に当てだしたのだ。
「南夏夜君の婚約者の金森林檎です、用件なら私の方からお伝えします」
姉ちゃんの声は聞き取れないが、金森先輩は宣戦布告をした。確かに俺の婚約者と明言し名前まで言ってインファイトの体勢をとったのだ。
少しすると通話も終わり、急に金森先輩がしゃがみこんだ。うん、怖かったんですよね。その気持ちよくわかります。
「金森先輩」
「本当に怖かったんですよ!これで逃げたらコンクリに詰めますからね」
「はい逃げません」
「じゃあ取り合えず作戦会議しませんか?」
「じゃあリビングに移動しますか」
腰を抜かして立ち上がれない先輩に肩を貸してリビングのソファーに座らせる。足が痺れて少し辛いものがあるが、まぁ姉ちゃんの恐怖に比べるとな。
作戦会議はこんな風に始まった。
■□■□■□■
あれから数日が経ち、その間は苺さんの家に下宿と言う形で住まわして貰った。
そして今日、俺は金森先輩の家に来ていた。
会議の結果、俺の姉より彼女の両親の説得を優先させたのだ。まぁ難易度とかも満場一致でこっちの方が楽だし、何より俺は彼女の両親に嫌われてる、今の生活がバレると余計ややこしくなるからこっちを優先した。
相変わらずでかいマンションで、かなり緊張してる。隣に先輩がいてくれるだけでかなり心助かる。
ガチガチの体で乗ったエレベーター、マジで心臓吐き出しそう。
「南くん、頑張って下さいね」
「はっはひ!」
最上階に到着し、彼女の家に二度目の訪問をする。一度目は嘘つきに来て、二度目は娘さんをくださいって言った人もかなり少ないと思う。
「林檎、そいつを連れて話ってのはまさかだとは思うけど婚約じゃないわよね」
すでにスタンバってた金森先輩母が俺に睨みを利かせてくる。今にも吐き出しそうなのがさらに増長した。
「はい。婚約です」
「許しません」
「私が自分で選んだ人の何がいけないんですか?」
「何が目的は知らないけど、簡単に嘘をつくような人間に林檎はあげれないからよ」
うっ、返す言葉もない。
ピシャリと俺を拒否し、ズタズタにしようと言葉を続けて俺に攻撃してくる。大丈夫、これくらいなら余裕余裕。まだ耐えれる。二十年と少しの英才教育を嘗めんなクソババァ。
「貴方も何かいったらどうかしら?」
「僕は自分のついた嘘について謝る気は微塵もありません」
「話にならないわ」
「反省はしてませんが、後悔なら何度でもします。逃げて結論を出せず他人の案に乗っかりら自分の言葉を持たず、何度も後悔しました。しかし反省は、自分の経験を否定しません」
自分で思ってたよりもすらすらと喋れてかなり驚いている。
彼女の母の顔は次第に険しくなり、薙刀でも持たせたら殺られそうだ。それくらいの殺気と憎悪に晒されてなお、自分の意見を捨てない事を学んだ。
「無力な自分を嫌悪しました。浅はかな思慮は結果的に先輩を傷つけました。先輩を助ける筈が傷つけて、嫌われたと思うと何も出来ないくらい、悲しみすらも感じない程落ち込みました。先輩の優しさに触れて、俺はこの人を愛してると気づきました。絶対、一生、何があってもは無理でも、俺のできる限界より少し下くらいまで幸せにして見せます」
何とも情けない文句だった。
こんな場面でも言い切れないあたり俺らしくて誇らしいよ。そんな俺らしい事を少し理解してくれてる金森先輩は思わず吹き出した。
必死に笑いをこらえ、立っている。この人も図太い神経の持ち主だな。
「なら林檎のために死ねるの?」
「無理です」
「林檎のためならロシアンルーレットみたいなゲームできるの?」
「勝算があるかどうかによります」
「一生守る?」
「俺なんかに守れるものは少ないんで、妻くらいは守りますよ」
「…………検討するわ。今日はもう帰りなさい」
言われた通り俺はその場を退いた。
検討を勝ち取ったのだ、大金星もいいとこだ。彼女のマンションを離れ、作戦通り俺は自宅に戻った。本当の勝負はこれからだ。
そんな打ちきり最終回みたいなことを考えながら玄関を開けた。
《続く》




